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本当に潮目が変わったのかウクライナへの侵略戦争

ロシア・ウクライナ戦争(露宇戦争)の戦況は明らかに変化し、ロシアはこれからは苦境に立たされると分析されてもいます。

そのきっかけは米国のウクライナへの高機動ロケット砲システムHIMARS(ハイマース)供与であり、これによりウクライナ軍の反攻は近いと思われています。
ウクライナ軍は5月中旬から7月中旬にかけて、ウクライナ東部ドンバス地方の戦闘において苦戦していました。
理由は、ロシア軍のロケット砲や榴弾砲の圧倒的な火力により大きな被害(1日100人から200人の死者)が出たからです。
しかし、ウクライナ軍はHIMARSを入手してから、ロシア軍の重要な燃料庫・弾薬庫などを数十箇所破壊する作戦を開始し、ロシアの兵站施設とくに弾薬集積所、司令部、砲兵戦力などを破壊しています。
その後、ウクライナ軍はロシア軍が支配する飛行場、橋、輸送拠点に対してHIMARSを使用するようになりました。
さらに、ロシアの防空網を直接攻撃し、前線のはるか後方にある高価な高性能レーダーを破壊し、ロシア軍の航空優勢を拒否しています。
これは画期的なことだそうです。
ロシア軍の直近1カ月間のHIMARSへの対策を観察すると、これへの有効な対抗手段を見出せていないそうです。
HIMARSは今後ともロシア軍にとって最大の脅威となると言われています。
そしてウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、次のように述べてHIMARSの登場により戦況が大きく変化しつつあることを明らかにしました。
「HIMARSなどのお陰で、ウクライナ側の死傷者数が減少している」
「戦闘が最も激しかった5月と6月の時期には、1日当たり100~200人の兵士が死亡していたものの、今は30人ほどに減り、負傷者は250人前後だ」
また、7月24日付のワシントンポスト紙*1によると、ウクライナ第2の都市ハルキウの南東に位置するイジウムの敵弾薬庫を最近HIMARSで攻撃して以来、ロシアの砲撃は以前の10の1に激減し、死傷者の数も劇的に減少しているそうです。
一方、ロシア軍ですが、米国防省高官の7月22日の発言によると、ロシア軍が毎日数百人の死傷者を出しており、これまでに数千人の将校を失っているために指揮系統が混乱しているそうです。
ウイリアム・バーンズ米中央情報局(CIA)長官は7月20日、露宇戦争でこれまでにロシア側の死者が約1万5000人、負傷者は4万5000人に達し、人員不足の原因になっているという見方を示しています。
ゼレンスキー大統領は7月22日、次のように述べてこの戦争の継続を明らかにしました。
「ロシアが2月の侵攻後に占領したウクライナ領土を支配し続ける形での停戦はさらなる紛争拡大を招き、ロシアに次の作戦に向けて軍の立て直しを図る絶好の機会を与えることになる」
「ロシアとの戦闘をやめることは、ロシアに一息つくための休止を与えるということだ」
「2つの地域を飲み込んだマッコウクジラ(ロシア)が、今になって戦闘をやめろと言っている」
「クジラは一休みして、2年後か3年後にさらに2つの地域を占領し、またこう言う、戦闘をやめろと。それが何度も何度も繰り返されることになる」
以上のことでも明らかなように、ウクライナ軍がHIMARSを供与されたことにより、戦況が明らかに好転し、ゼレンスキー大統領の戦争継続意思も固く、ウクライナ軍の反攻は近いと思われています。
ドニプロ川を抜きにしてウクライナの歴史・政治・経済・文化などを語ることはできませんが、軍事についても同じことが言えます。

ドニプロ川はウクライナを北から南に流れ黒海に至り、ウクライナを東西に分断しています。
ロシア軍がドニプロ川を越えて東から西に攻撃しようとすると川が大きな障害となり、既存の橋は非常に価値の高い作戦上の要点になります。
現在、ウクライナが作戦上の焦点にしているのがヘルソン州の州都であるヘルソン市です。
ヘルソン市は、ドニプロ川の西岸に位置し、黒海近くの戦略的に重要な都市です。
ヘルソン市は、戦争の初期に抵抗らしい抵抗をすることなくロシア軍に占領され、露宇戦争でロシアが占領した最初の主要都市となってしまいました。
英国の秘密情報部(MI6)のリチャード・ムーア長官は7月21日、米コロラド州で開かれたアスペン安全保障フォーラムで講演を行いました。
その際に、ウクライナに侵攻を続けるロシア軍について次のように発言しました。
「そろそろ力が尽きようとしている」
「我々の評価では、ロシアは今後数週間、ますます人員と物資の確保が困難になるだろう」
「彼らは何らかの方法で一時停止しなければならず、それがウクライナ人に反撃の機会を与えることになる」

また、次のようにも述べて引き続き西側諸国によるウクライナ支援の必要性を強調しました。
「戦場で何らかの成功を収めれば、欧州の他の国々に、これは勝てる作戦だということを思い出させる重要なものとなる。特に、ガスの供給が逼迫する冬を前にしてだ」
「ウクライナ側が勝利するため、少なくとも相当な強さをもって交渉するためにウクライナへの支援を維持しなければいけない」
「もう一つの理由は、中国の習近平が鷹のように見張っているからだ」
ドンバス地方での戦いはまだ終わっていませんが、ゼレンスキー大統領は、ヘルソン市のようなロシアに占領されている都市を包囲・封鎖し、ロシアの守備隊への物資や援軍を遮断し、ロシアが降伏するまで封鎖を続ける意向だと思われます。
ウクライナがロシアに大勝利を収め、戦局を好転させるためには、ヘルソン奪還が最も現実的な方法だというのが政府の立場です。
そして、ヘルソン市民に対して、ウクライナ軍の反攻が開始される前に一刻も早く避難するよう促しています。
ドニプロ川の地形障害やロシア軍の配備が薄い弱点もあり、ウクライナの計画は実際、現実的かもしれません。
ゼレンスキー大統領はすでに軍に、ウクライナ南部の海辺の地域は国家経済にとって不可欠であるとして、奪還作戦を行う計画を確立するよう命令しています。
ゼレンスキー大統領は、ヘルソン市に向けて軍が「一歩一歩」前進していると述べています。
ウクライナ軍の前進は、ドニプロ川の西に存在するロシアの補給線の道路が「ますます危険にさらされる」ことを意味します。
ウクライナ軍は、ロシアの補給線に打撃を与えるために、この地域の河川に架かる橋を標的にしています。
7月19日には、ロシア軍が支配する2つの橋のうちの1つであるインヒュレット(Inhulets)川に架かるダリブスキー(Darivka)橋をHIMARSで攻撃し、大型車両が通過できないほどの大きな損害を与えました。
ここでもHIMARSが活躍しています。
橋が完全に破壊されてしまいますと、ドニプロ川西岸に存在するロシア軍が完全に孤立することを意味します。
反対に、ウクライナ軍がドニプロ川の東側に攻撃する際には障害となります。
ウクライナはすでにヘルソン州で作戦の一部を開始しています。
その結果、ウクライナのヘルソン州地方軍民管理局によれば、合計44の村や町を解放したと言われています。

驚くべきニュースが入っています。
ゼレンスキー大統領の国防上級顧問は、ヘルソン市北東部のヴィソコピリヤ(Vysokopillya)に駐屯する約1000人のロシア軍がウクライナ軍に包囲されたと主張していますし、それを裏付ける報道もあります。
1000人ということは規模的には1個大隊戦術群(BTG)が増強されたレベルです。
現時点での情報では、1000人のロシア軍が包囲されたというのは「完全に包囲された」という状況ではなく、ウクライナ軍が包囲の体制を作ったという段階だそうです。
今後、その包囲網を狭くし圧力を強化して、ロシア軍の投降を強いることになると思われています。
ロシアは現在、ヘルソン州全体で10個以上のBTGを配備している可能性があります。
ちなみに、ロシアはドンバス地方での作戦を最優先しており、イジウムとバフムートの間の最も重要な地帯に約50個のBTGを配備しているため、ヘルソンがロシアにとって最も手薄な正面になっています。
ロシア占領下のドンバスで動員されヘルソンに配備された訓練不足の部隊が増加していることも指摘されていて、人手不足が続いていることを示唆しています。
彼らは塹壕の完全なラインを構築することができません。
せいぜい人口密集地や道路の交差点を守備するくらいでしょう。
多くの場合、彼らは行動を調整することができません。
そしてウクライナは、彼らを一人ずつ掃討することになります。
また、ロシアはドンバスでの攻勢を大幅に減らすか放棄しなければならないため、南部地域に迅速な援軍を送ることはできない状態です。
キーウ・インディペンデントの有名な記者イリア・ポノマレンコは、ヘルソン奪還作戦図を提示しています。
その作戦図では、ウクライナがヘルソンでロシア軍を包囲し、降伏させるために満たすべき重要な留意事項を3つ示しています。
①ウクライナ南部ヘルソン州にあるロシアの重要拠点の一つで、最近新たに納入された西側兵器によってロシアの弾薬庫が攻撃されたノーバ・カホフカとヘルソンの東を走る高速道路をウクライナがしっかりコントロールすること。
②ヘルソン郊外のアントニフカという町の近くにある、ドニプロ川にかかる2つのアントニフスキー橋(車両用と鉄道用)を破壊する必要があり、この2つの橋は現在、ロシアが対岸の占領地からヘルソンの守備隊を強化するために使われています。
③ヘルソンの東55キロにあるノーバ・カホフカのカホフスカ水力発電所も確保すること。このダムは、高速道路が通る橋の役割も果たしています。
ウクライナによって高速道路が遮断されれば、ロシア軍はドニプロ川を渡ることができなくなります。
アントニフスキー橋が破壊されると、ドニプロ川東岸に渡るには、ヘルソンから200キロ以上離れたウクライナ支配下のザポリージャーに行くしかありません。
ロシア軍が包囲され、補給と援軍から遮断されて初めて成功といえます。
もし成功すれば、ヘルソンのロシア軍は巨大な自然の障害物(ドニプロ川)に移動を拒否されることになります。
ウクライナがロシア軍をヘルソンにおいて包囲した場合、ウクライナは迅速かつ確実に領土を確保する必要があります。
現地の地形は、ウクライナにとって好都合となります。
州内に道路がなく、ドニプロ川を渡る橋もほとんどないため、ヘルソンではロシアの兵站が滞っています。
また、輸送のボトルネックにより、ロシア軍は物資を鉄道駅周辺の数カ所に集中させなければいけません。

このような飽和状態の地域は、最近米国がウクライナに供与したHIMARSの格好のターゲットとなります。
7月11日にノーバ・カホフカの巨大な軍需品貯蔵所が攻撃されたのはその一例です。
ヘルソン州は、ここ数週間、ロシア軍の50近い重要施設を破壊する攻撃作戦の焦点となっています。
また、ロシアがヘルソンに軍事力を展開すればするほど、現地の地形から必然的にその兵站に問題が生じます。
ロシアがヘルソ州に設ける兵站線は、ウクライナ戦争における他のどの兵站線よりも長くなります。
ウクライナがHIMARSなどでロシアの防空網にできるだけ大きなダメージを与え、同時にウクライナ自身の強固で多層的な防空網を構築することが極めて重要です。
ロシアの「S-300」「S-400」「Tor-Ms」「Buk-Ms」の各種防空システムを破壊できれば、現在は使用制限をしているウクライナのバイラクタルTB2無人機に攻撃のゴーサインが出ることになるでしょう。
なお、HIMARSの威力については、7月13日にルハンスク州でロシア軍のS-400を破壊してその能力を証明しています。
ウクライナの無人機は、HIMARSとMLRSシステムの標的となる高価値目標(ロシア軍の兵站拠点とくに弾薬集積所、指揮所、飛行場、終結しているロシア軍など)の情報を収集し、ターゲッティングに貢献し、射撃効果の確認のために不可欠になっています。
また、クリミアに大量に駐留するロシア軍機に対する強力な防空も必要です。
一般に、大規模な攻勢作戦を成功させるには、完全装備で強力な歩兵旅団を数個編成し、強力な航空支援とロシアの榴弾砲・ロケット砲を圧倒する強力な砲兵火力が必要ですが、ウクライナ軍はそれを十分に保有していません。
その意味ではウクライナ軍の攻勢作戦が簡単に成功すると考えるのは楽観的過ぎます。
しかし、勝ち目はあります。
まずはHIMARSなどの長射程精密誘導兵器を活用して、ロシア軍の高価値目標を徹底的に破壊することで、相対戦闘力を有利な状況に持っていくことです。
繰り返しになりますが、高価値目標とは兵站施設とくに弾薬集積所、司令部、砲兵戦力、対空組織、レーダー、飛行場、橋、輸送拠点などです。
第2に、ロシア軍の兵力が枯渇状態にあることは注目すべき点です。
今後、HIMARSなどの火力が威力を発揮し、戦況がウクライナ軍に有利になると、もともと士気が低いロシア軍の士気がさらに低下し、戦闘拒否や脱走などが増加する可能性はあります。
第3に、ウクライナ軍が南部で攻勢をかけることは、ロシア軍に戦略的なジレンマを与えます。
徹底的に戦闘力を集中した東部ドンバス2州における作戦をどうするのか。その一部を削減して南部に転用すると、東部の作戦は進捗しなくなるでしょう。
いずれにしても、この戦争は長期間継続すると思います。
プーチンに勝利を提供しないためには、西側諸国の迅速かつ継続的支援が不可欠となります。

いろいろなニュースを読んでの素人の分析です。
ウクライナの攻撃でロシアが撤退してくれればいいのですが、こんな戦争がこれから何年も続くとなると、ウクライナやロシアだけでなく、平和な日本にいる私たちにとっても憂鬱な日々が続くことになります。
早く終わってほしいと思うのは、プーチンをはじめロシアの一握りの人たち以外の世界中の人たちだと思います。

桜島の噴火で噴火警戒レベル5

桜島が噴火しました。

24日午後8時5分ごろ、桜島の南岳で爆発的な噴火が発生し、大きな噴石が火口から約2・5キロに飛散しました。
気象庁は噴火警戒レベルを3(入山規制)から最も高い5(避難)に引き上げました。
桜島の噴火活動に詳しい京都大学火山活動研究センターの教授である井口正人さんは、一夜明けた25日の状況について、「今の活発な噴火活動が始まった1950年代以降、現在までの67年間に、レベル5への引き上げに相当する噴火はおよそ20回起きている」と指摘したうえで、今回の噴火について「地盤変動や地震動、あるいは空気振動といった、いくつかの要素を見たときに、桜島でいえば、とりわけ小さいものでも大きいものでもない、普通の爆発だと認識している」と評価しました。
そのうえで今後の見通しについては「全体としての活動は67年間の桜島の南岳の状態を見ても依然として低い状態だと評価している。若干収縮気味で動いていて、噴火もやや増えているので、今の感じであればだんだんと収まっていく方向にいっていると見ている」と指摘しました。

桜島の噴火について、京都大学の名誉教授である石原和弘さんは「最近の桜島の火山活動の中では規模の大きいクラスの噴火で、噴石が2.5キロ付近を超えたことから気象庁は噴火警戒レベルを『5』に上げたと思われるが、桜島ではこれまでも同様の噴火は過去にも発生している」と述べました。
また、桜島で今月に入り、山体膨張を示す地殻変動が観測されていたことについて「今回の噴火で山体がある程度、収縮するものと考えられるが、噴煙が収まったあとに再び山体が膨張するようであれば今回と同じ程度の規模の噴火が起きるおそれがあるため、今後の活動に警戒が必要だ」と話していました。

桜島は、姶良(あいら)カルデラ(南北17 km、東西23 km)の南縁部に生じた安山岩~デイサイトの成層火山で、北岳、中岳、南岳の3峰と  権現山、鍋山、引ノ平などの側火山からなり、人口が密集する鹿児島市の市街地に近接しています。
有史以降の山頂噴火は南岳に限られるのですが、山腹や付近の海底からも噴火しています。
「天平宝字」「文明」「安永」「大正」の噴火はすべて山腹噴火であり、プリニー式噴火で始まり、火砕流の発生、多量の溶岩の流出と推移しました。
「昭和」噴火も山頂火口そばの斜面で発生し、溶岩を流出しました。
1914年(大正3年)の噴火前、桜島は鹿児島湾内の火山島であったのですが、大正噴火で流出した溶岩により大隅半島と陸続きになりました。
現在は東西12.2 km、南北9.5 km、周囲52 kmの不規則な楕円形の小半島となっています。
南岳山頂火口は1955年(昭和30年)10月の爆発以来今日まで長期間にわたって活発な噴火活動を続けており、噴出物(火山ガス・火山灰・火山礫・噴石など)や 爆発時の空振、また、二次災害としての土石流などにより各方面に被害を及ぼしています。
南岳の東山腹8合目に位置する昭和火口は、2006(平成18)年6月に58年ぶりとなる噴火活動を再開し、2008年以降活発な噴火活動が継続しています。
令和になってからの噴火では、令和2年に噴火があり、噴火場所は南岳山頂火口でした。
南岳山頂火口では、噴火活動が 2月頃から8月頃まで低調でしたが、9月以降、再び活発な状態となりました。
7月28日17時25分の爆発及び同日17時54分の噴火で、それぞれ多量及びやや多量の噴煙が火口縁上 3,800m及び 3,500mまで上がりました。
火口から北側の鹿児島県霧島市、湧水町及び熊本県の一部などで、降灰を確認しています。
弾道を描いて飛散する大きな噴石は最大で4合目(南岳山頂火口より 1,300~1,700m)まで達しました。
また、同火口では火映を時々観測しました。
年間爆発回数は、228回(すべて南岳山頂火口)でした。
令和3年の噴火でも、噴火場所は南岳山頂火口でした。
南岳山頂火口では、噴火活動が 2019 年9月以降活発となり、3月から6月にかけて噴出規模の大きな噴火の頻度が増加し、噴煙高度が火口縁上3,000mを超える噴火の頻度が増加しました。
6月4日02時59分の爆発では、大きな噴石が火口より約3kmの地点まで飛散しているのを確認しています。
大きな噴石が火口から3kmを超えて確認されたのは、1986年11月23日以来でした。
7月頃には、噴火回数が減少し噴火活動は低下したのですが、8月以降、噴火活動は緩やかに活発化の傾向で、8月9日05時38分の爆発では、多量の噴煙が火口縁上 5,000mまで上がり、鹿児島市、姶良市、霧島市、湧水町及び宮崎県と熊本県の一部で降灰を確認ししました。
昭和火口では、噴火は観測されませんでした。
桜島の噴火は、すべてブルカノ式噴火・連続噴火で、年間爆発回数は、221回(すべて南岳山頂火口)でした。
このように毎年200回以上噴火は観測されています。

桜島は、約26,000年前の誕生以来17回の大噴火を繰り返してきました。
その噴火活動は、大きく2つの時期に分かれています。
最初は北岳(御岳)の活動です。
誕生以来たびたび噴火し、約5,000年前に活動を休止しました。
なかでも、約12,800年前の噴火は規模が大きく、鹿児島市街地で約1ⅿ、鹿児島県のほぼ全域で約10cmの軽石が降り積もりました。
約4,500年前からは南岳の活動がはじまります。
あとから誕生した南岳は、北岳に覆いかぶさるように成長し、現在まで活発な活動を続けています。
歴史時代に入ってからは、天平宝字(764年)、文明(1471年)、安永(1779年)、大正(1914年)と4回の大噴火を起こし、そのたびに島は形を変えてきました。
大正噴火では大量の溶岩が流れ、先に述べたようにそれまで島だった桜島と大隅半島は陸続きとなりました。
昭和の噴火(1946年)は、溶岩を流した最後の噴火です(爆発的な噴火を伴わなかったため、17回には含まれません)。
その後、1955年からは火山灰の噴出を繰り返す噴火活動がはじまり、今日まで活動が続いています。
現在は、南岳の山頂火口もしくは南岳東側斜面の8合目付近にある昭和火口のどちらかが爆発を繰り返しています。

今現在の桜島では、山体膨張は概ね停滞しているそうで、現在のところ規模の大きな噴火が発生する兆候は認められないとの気象庁の発表です。
ただし、今後も同程度の噴火が発生する可能性があるため、南岳山頂火口及び昭和火口から概ね3km以内の居住地域(鹿児島市有村町及び古里町の一部)では、大きな噴石に厳重な警戒(避難等の対応)をしてくださいとの事です。
噴火に慣れている鹿児島の人たちでも、さすがに最も高い5レベル(避難)に引き上げたのには驚いたことでしょう。
一日も早く普段の生活に戻ることを願っています。

飛び地のカリーニングラード

ロシア連邦を構成する89の行政単位の一つであるカリーニングラードは、ヨーロッパの飛び地です。

ここは、ロシア連邦西部にあるカリーニングラード州の州都です。
バルト海に接する港湾都市で、カリーニングラード州はポーランドとリトアニアに挟まれたロシアの飛地領で、人口はおよそ95万人、世界有数の琥珀の産地です。
カリーニングラードはもともと1255年にドイツ人の東方植民によって建設された都市で、1946年まで使われていた旧名はケーニヒスベルク(ドイツ語で「王の山」の意)だそうです。
20世紀前半まではドイツの東北辺境の重要都市でした。
ハンザ同盟に属して、海上貿易で繁栄しました。

第一次世界大戦の結果、ドイツは敗北し、ポーランドが再独立を果たしました。
ケーニヒスベルクの地域は、ドイツ領のまま残されたのですが、この際にドイツ本土から離れた飛び地になりました。
北はリトアニアと国境を接し、それ以外はポーランドに囲まれました。
第二次世界大戦では、ナチス・ドイツがポーランドを占領し、「飛び地」は解消されました。
1945年にソ連がナチス・ドイツを破りこの地域を征服、ソ連領となり、この時に名前がロシア語名になりました。
そして、冷戦が終了した1991年に、ソ連からバルト三国が独立しました。
この土地はもともとリトアニアには含まれていなかったので、同国は飛び地は含まずに独立し、飛び地はそのままロシア領となって残されたのでした。
その後、ポーランドやバルト3国は、NATOに警備の強化を要請して受け入れられました。
そのようなNATO軍増派に対応するため、ロシアは2016年に戦術弾道ミサイル「トーチカ」に代わる核搭載ミサイル「イスカンデル」を配備しました。
射程距離400〜500キロの新兵器は、近隣諸国を全て脅かすことになりました。

リトアニアがソ連から独立した結果、カリーニングラードは今度はソ連・ロシア連邦の飛び地となりましたが、冷戦後の造船需要の悪化で造船業が衰退して失業率が増加し、市民の4割が貧困層といわれるほど経済状況が悪化し、琥珀も密売者の間で高騰したそうです。
ソ連崩壊後の一時期は東欧各国の中心にある地理的特性を活かして「バルト海の香港」としようという夢が語られたのですが、それとは程遠い状態になりつつあります。
ソ連崩壊直後にロシアはここをポーランド領とする案を用意(代わりにドイツはシュチェチンを得るという話であったそうです)したものの頓挫し、結局そのまま放置されたそうです。
そして、カリーニングラードの経済は崩壊し、この町が東ヨーロッパの中心に位置するということもあって、麻薬取引、人身売買、盗難車の取引中継地など、東欧・旧ソ連全域を舞台にしたさまざまな犯罪の拠点に使われるほど治安が悪化、エイズなどの感染症も蔓延し始めました。
さらに、軍事都市時代の有害な廃棄物が放置されており、住めない土地が各地に広がりました。

独立後10年を経て、ロシア政府は、カリーニングラードの復興をてこ入れすることにし、経済対策として経済特区を設け、輸入関税を免除するなど外貨獲得を目指しました。
しかし、当初はロシア国内向けの家電組立工場が多数成立した他は、特区の効果はあまり出ず、さらに2004年に周囲を取り囲むリトアニアとポーランドが共にEUに加盟したため、カリーニングラードとロシア本土との通行にリトアニアがビザを課すようになったなど、周囲との通行に障害が生じ、先の見通しが立たないとまで言われたそうです。
その後、ロシア本土との通行にリトアニアのビザ取得が簡素化され、物流も整備された結果、カリーニングラードの経済は成長しているそうです。
カリーニングラードの今後のさらなる発展は、東方拡大を進めてきたEUとロシアの関係の重要な課題となっている。現在では、ソ連時代に破壊された大聖堂などの歴史的建造物の再建が進められていると言われています。

今年になってロシアはウクライナを攻撃しました。
こんなことはあってはいけない事ですが、これによって当たり前の日常がそうではなくなって来ています。
ロシア本土と飛び地カリーニングラードの間には、列車が走っています。
ベラルーシとリトアニアを通るものですが、旅客も貨物もあります。
欧州連合(EU)がロシアに対して制裁をしています。
第4次制裁では、石炭、金属、建設資材、化学物質、コンピューター、携帯電話などが適用されています。
7月にはセメントとアルコールにも拡大される予定ですが、これらの物資は、列車でカリーニングラードに運ばれています。
リトアニアは、制裁によって前述の物資は、同国を通過させないと6月21日に発表しました。
これはカリーニングラードにとって輸入品の4割から5割に影響を及ぼすと言われています。
今年の、ロシアのウクライナ侵攻時には強襲揚陸艦3隻が寄港し、対岸のスウェーデンが軍事的な警戒態勢を強化しました。
陸だけではなく、カリーニングラードの港は、ロシアのバルト艦隊の要衝です。
戦争が始まってからロシアのバルト艦隊の活動が活発になったことは、フィンランドやスウェーデンがNATO加盟を要請することを決めた大きな要因の一つでもあります。

また、カリーニングラードは、日本人にとって無視しえない地域でもあります。
先に述べたように、ソ連邦崩壊後リトアニアが独立国となったために、カリーニングラードは、ロシア本土から地理的に切り離された陸の孤島となったのですが、モスクワの中央政府は、そのような境遇となった同地方に「経済特区」の地位を認めました。
経済特区とは、関税・査証・為替通貨などにかんし優遇措置を与えることを通じて内外からの投資を惹きつけ、よって当該地域の経済活動を活性化しようとする工夫のことです。
ソ連邦解体後の1991~1992年にかけて、ロシア連邦内には約14ヶ所の「経済特区」が設立されました。
また、ロシア政府は、1996年11月以来、日本から領土返還を要求されている北方領土で日ロ両国が「共同経済開発」を行うことを提案しています。
「共同経済開発」とは、ロシア側の解釈によれば、一種の「経済特区」のことのようです。
ロシアによる「共同経済開発」提案の諾否を決定するにあたり、日本側は、類似の「経済特区」構想が現実にはどのような運命を辿っているのか、研究する必要があります。
そのような観点からカリーニングラードの経済特区研究を行った研究は、皆無だそうです。
結局、ロシアの「経済特区」構想は、現在スローガン倒れに終わったそうです。
そのアイディアはロシア連邦の13ヶ所で失敗し、わずかにカリーニングラードで「自由関税地区」としてのささやかな形をとり生き長らえているにすぎません。

近い将来、リトアニアとポーランドのEU加盟が確実視されています。
これが実現すると、両国に囲まれたカリーニングラードとEUとの間の壁が現在以上に高くなり、同地方は数々の分野で甚大なる被害をこうむるだろうと言われています。
そのような事態に直面し、モスクワは一体どのようなカリーニングラード政策をとるのでしょうか。

いずれにせよ、戦争を平気でする国とは仲間には入れないと思います。
カリーニングラード国民は、もともとロシア国民なのである程度は耐えれるとは思いますが、攻め込まれているウクライナや、領土を勝手にとられた日本にとっては不条理そのものです。

「クルド人」についての歴史

「クルド人」について調べてみました。

トルコで嫌われている「クルド人」とはどのような人たちなのでしょうか?
そして、なぜトルコはここまでクルド人を目の敵にするのでしょうか?
まず、クルド人の歴史についてまとめていきます。
クルド人は中世から近世にかけてオスマン帝国の中で暮らしていました。
しかし、第一次世界大戦によってオスマン帝国が敗れると、フランスやイギリスやロシアによって複数の国に分割されてしまいました。
1946年には、ソ連の後押しによって、クルディスタン共和国ができましたが、最終的には独立することができませんでした。
その結果、クルド人は複数の国家にまたがってしまい、それぞれの国では少数民族として扱われてしまうようになってしまいます。
そして、各国の政府はクルド人に対して、同化政策をとり、クルド人が独立しないようにしました。
20世紀の後半になると、トルコやイラクなど多くのクルド人が住んでいる国で、分離独立しようとする動きが加速し、長い間政府と武力闘争を繰り広げられています。
最近までは、クルド人の居住域周辺で過激派組織ISIL(イスラム国)が勢力を拡大していて、さらに緊張感が高まっていました。
るというのが現状です。

ISILの戦闘員数は、2015年の最盛期には約3万3,000人であったそうですが、その後減少が続き、2017年12月時点では、1,000人未満になったとされています。
他方で、2020年8月には、シリア及びイラクに戦闘員ら1万人以上が残存しているとも指摘されていました。
こんな中、アメリカのバイデン大統領は、2022年2月3日、アメリカ軍がシリア北部で急襲作戦を実行し、「イスラム国」の指導者と幹部が死亡したと発表しました。
バイデンさんは演説で、これにより「世界からテロの脅威が取り除かれた」と述べていました。
その後は、「イスラム国」のニュースは入ってきていないのでわかりませんが、、「イスラム国」というのはそもそも、指導者の指導力やカリスマ性によって勢力を維持している組織ではなく、「イスラム国」ならびにその戦闘員は、イスラム教徒が神の言葉そのものと信じる啓典『コーラン』を典拠とするイスラム法に従い、全世界をイスラム法の統治下におくまで戦い続けることこそが自らに課せられた義務だと信じている人たちの集まりなので、クルド人に交じって潜伏しているものと思われます。

このように、クルド人は約3000万人という人口を誇っているにもかかわらず、独立することができないというのがクルド人問題のおおまかなところです。
元々は、一つの民族としてまとまりがあったにもかかわらず、民族と関係なく国境を定められたせいで、分断されてしまったというなんとも可哀想な歴史が生み出した悲劇というわけですね。
クルド人は、民族衣装が独特で、シリアに住むアラブ系の人々とも少し違っています。
トルコ、シリア、イラク、イランなどにまたがって暮らしている約3000万人の民族グループで、共通の言語や習慣を持っていますが、一度も自分たちの国を持ったことがなく、「国を持たない最大の民族」と呼ばれています。
多くの人々が複数の国境にまたがっていることから、クルド人はしばしば周辺国にゲームの駒として利用されてきました。
1980年代には「クルド労働者党(PKK)」がトルコ国内で武装闘争を開始しています。
クルド人国家の分離独立を目指しましたが果たせず、死者は4万人にも上っています。
この結果を受け、トルコ政府は「クルド人はトルコを脅かすテロリスト集団」と見なしました。
そして、2011年に始まったシリア内戦ではクルド人が活躍しました。
トルコ、シリア、イラク、イランなどにまたがって住んでいるため、どの国で問題が起きた場合もクルドはその影響を受けます。
自らの身を守るためにシリアのアサド政権と対立し、さらにアメリカと結託して過激派組織「イスラム国」に勝利しました。
その見返りとしてシリア北部での自治権獲得を目指していたのですが、これを見たトルコは、「このままではトルコ国内での自治要求が強まるかもしれない。トルコを割ってクルドの国を作ろうとしている」と警戒心を募らせ、クルドを叩こうとシリア北部のクルド人地域に侵攻しました。
アメリカは、これまでずっとクルドを守ってきました。
クルド人が住んでいるのは、シリアの石油資源が豊富な場所です。
つまり、クルドと結託していれば、アメリカはクルドを通して間接的に石油を手に入れることができ、イランやロシアの介入を防ぐことができます。
しかし、トランプ大統領はアメリカの利益だけを優先して、中東の終わらない戦争に関与しない姿勢を示しました。
そして、何の前触れもなくいきなりアメリカ軍を撤退してしまいました。
この結果、次の3つのことが危惧されています。
(1)生じた隙間にロシアが介入し、このエリアは事実上、しばらくの間ロシアの影響下に入るということ。
(2)トルコがシリア側の国境沿いに「安全地帯」を作り、そこへトルコに何百万人といるシリア難民を戻すと言っています。
しかし、元から住んでいるわけでもない場所にアラブ系シリア人を大勢投入することで、そこにいるクルド人を薄めようとしているのではないか、ゆっくりと民族浄化を行っているのではないかという説があります。
(3)アメリカ軍が撤退すると、シリアの軍勢がイランを後ろ盾にして、イスラエルの国境にまで進出する可能性がありますが、イスラエルにとってイランは絶対に許せない存在です。
すぐ近くにイラン軍が来ているとなると我慢できずに一方的に攻撃し、次なる戦争が起きてしまうというリスクもあるのです。
つまり、アメリカが外した安全装置は、実は大きかったのではないかということになります。


元々中世から近世にかけて、オスマン帝国内を移動しながら遊牧をしている民族でした。
なので、結構広い範囲に分布しています。
しかし、このように複数の国にまたがって住んでいることが問題に結びついていると思います。

明治用水頭首工の漏水

愛知県は17日、矢作川から用水を取水する堰の施設「明治用水頭首工」(同県豊田市)で大規模な漏水が起きたため、周辺の自動車関連企業など131事業所への工業用水の供給ができなくなる可能性があると発表しました。
この日の夜の時点で漏水の復旧のめどは立ってなく、 県の説明では、県所管の安城浄水場(同県安城市)で必要な水量が確保できない状態になっていました。
浄水場への水の供給が完全になくなった場合、4時間程度で各事業所への工業用水の供給が停止するそうです。
安城浄水場はトヨタ自動車の本社や主要工場がある豊田市をはじめ岡崎市や刈谷市、安城市など9市3町が給水区域となっていますが、県の説明では一般住宅の給水に影響は出ていないそうです。
東海農政局によると、堰の下部に何らかの原因で大きな穴が開いており、取水できない状態が続いています。
穴をふさぐ修繕工事のめどは立っておらず、当面は周辺の工場の操業を止めないことを優先し、工業用水に必要な量を川からポンプでくみ上げる措置を始めています。
工業用水に必要な量は毎秒3立方メートルだそうです。
18日午前時点でポンプ25台を用意し、1.72立方メートルを確保できるめどは立ったそうです。
近くポンプを44台まで増やし、必要量確保を目指すそうです。
19日には、仮設ポンプで河川の水をくみ上げる応急措置により、工業用水を供給する下流の浄水場で取水を再開したそうです。
県は同日夜から事業所への使用自粛要請を緩和したが、今が一番大事な時期の、農業用の給水復旧のめどは立っていません。
農業用水にはさらに毎秒5立方メートルが必要だそうです。
田植えの時期ですが、東海農政局は「農業用水は何日かは待ってもらう」と話していました。
一方、専門家は漏水の原因について「パイピング現象の可能性が高い」との見方を示しています。
東海農政局によると、頭首工では今月15日午前、豊田市職員が下流側で水面に灰色の水が湧き出しているのを発見し、16日午前には上流側に渦ができ、下流側でわき出す水量が多くなったそうです。
穴をふさごうと砕石を渦に投げ入れたのですが、状況は変わらず、17日になって大規模な漏水に至りました。
同局は18日の会見で、「これほど急激に水が抜けることは、正直言って想定していなかった。結果的に対応が後手に回った」と話していました。
昨年12月には小規模の漏水があり、砕石や地面を固める薬剤を入れ、漏水の量は10分の1ほどに減っていたそうです。
東海農政局の担当者は18日、漏水の原因として設備の老朽化の可能性をあげていました。
頭首工下部の地中には漏水を防ぐための金属製の板が埋め込んであるといい、「この板が経年で腐食したり、傾いたりして隙間ができ、水が漏れたのではないか」と指摘していました。
「川底の土中にあるので、異常の点検や確認、発見は技術的に難しい」とも話していました。

東海農政局によると、頭首工は水をせき止め、用水路に取水する施設だそうで、今回の漏水は、堰の上流側の土砂に覆われた川底がえぐられて穴が開き、水がコンクリート製の堰の地下を通り抜けて下流に大量に流れ出たそうです。
15日に小規模な漏水を確認し、17日午前までに大規模な漏水が起き、その後水位が急激に下がり、取水ができない状態になりました。...
東海農政局は、記者会見で、「急激に水が抜けていくことを想定していなかった。結果的に後手にまわって発表が遅くなったことは申し訳ない」と陳謝していましたが、先に述べたように、昨年12月には小規模の漏水があり、その時には砕石や地面を固める薬剤を入れるなどの応急措置をしています。
つまり、その時には漏水があることは把握していたことになります。
水の力はとてつもなく大きく、一か所小さな穴が空いただけで、それが何日もたつととてつもなく大きい穴になってしまいます。
12月に、漏水調査と、何らかの対策が必要だったとは思います。
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