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阿蘇山の噴火

阿蘇山がまた噴火しました。

気象庁によると、噴火したのは8日午前1時46分ごろで、場所は中岳第1火口です。
この爆発的噴火は1980年1月26日以来、36年ぶりだそうです。
そして、阿蘇山は、昨年9月14日以来のレベル3へ引き上げられました。
7日午前10時ごろから火山性微動の振幅が大きくなり、火山ガス(二酸化硫黄)が非常に多い状態が続いていたそうで、午後9時52分には、小規模な噴火が発生していました。
この噴火により、いったん岩盤が割れて火口が開いたそうですが、8日未明になり、何らかの原因で火口が再びふさがったそうです。
これによって地下の圧力が急速に高まり、今回の爆発につながった可能性があるとされています。
気象衛星では、高さ1万1千メートルの噴煙を確認したそうです。
気象庁は午前3時過ぎに降灰予報を発表し、偏西風に乗って火口から北東方向に火山灰が流されるとみていました。
阿蘇山から東北東に200キロほど離れた松山市の中心部でも、午前5時半ごろから火山灰が降り始めました。
粉のような灰が降る様子は肉眼でも確認でき、車のフロントガラスなどには、白っぽい灰がうっすらと積もっていました。
この火山灰は、香川県にまで流されたことが確認されています。
阿蘇山の噴火の兆候を観測する研究施設「京都大学火山研究センター」(熊本県)の大倉敬宏教授によると、今回の噴火は、火山の地下水がマグマの熱によって温められ、沸騰して爆発する「水蒸気爆発」とみられるそうです。
8日に爆発的噴火をした熊本県・阿蘇山の火口付近を上空から見ると、直径4メートルほどの噴石も確認され、今回の噴火が近年には見られない大規模なものだったことが裏付けられました。
また、深さ約150メートルある火口の底には「湯だまり」があったそうです。

今回の噴火が、破局噴火に繋がることを懸念します。
破局噴火(はきょくふんか ultra plinian)とは、地下のマグマが一気に地上に噴出する壊滅的な噴火形式で、しばしば地球規模の環境変化や大量絶滅の原因となります。
大規模なカルデラの形成を伴うことからカルデラ破局噴火と呼ぶ場合もあります。
また、そのような噴火をする超巨大火山をスーパーボルケーノとも呼んでいます。
九州のカルデラを代表する阿蘇山では、30万年前から9万年前までの間に、4回も巨大なカルデラ噴火が発生しています。
特に、9万年前の噴火は阿蘇4噴火と呼ばれ、わが国のカルデラ噴火としては最大級のものです。
放出したマグマは600立方㎞以上に達したそうです。
これは、江戸にまで火山灰を降らせた約300年前の富士山宝永噴火の1,000回分に当たるそうです。

西之島の噴火後の経過と現在のようす

西之島は、2013年に噴火してからずっとその経緯をチェックしてきました。

旧の西之島は、約1000万年前の火山活動により誕生していたそうですが、井戸水はない上に、農耕にも適さなかったため、遭難船の漂着者を除いて人が居住していた記録はないそうです。
ただし、西之島では産出しない半深成岩でできた、お面のようにも見える長さ23cmの石が東海大学の調査隊によって採取されてはいますが、この経緯は不明です。
2013年の噴火後の経過としては、
2013年(平成25年)
11月20日 - 西之島の南南東500mで噴火があり、新しい陸地が出現しました。
10時20分ごろ、海上自衛隊が西之島付近で噴煙を確認し、16時17分、海上保安庁航空機が西之島南南東の500m付近に、直径200m程度の噴石の島が出現した事を確認しました。
11月21日 - 菅義偉官房長官は新島の命名について「島が消滅した例があるために現時点で命名の予定はない」と述べています。
11月22日 - 海上保安庁が、島に2つの火口を確認しました。
12月24日 - 入り江だった部分が池になりました。
この時撮影された島の形状が、アングルによってはスヌーピーに似ていると話題になりました。
12月26日 - 9時23分には、溶岩流が西之島の南岸に到達し、2か所で接続して一体化していたことを海上保安庁が確認[しました。
2014年(平成26年)
2月4日 - 西之島全体の面積が今回の噴火以前の3倍になり、入り江が池になった部分が完全に埋まり、島の形は紡錘形になりました。
3月22日 - 国土地理院が無人航空機で観測し、海面上の部分で1日あたり10万立方メートルの溶岩が噴出しているとみられると発表しました。
3月24日 -海上保安庁が、 既知の南北2つの火口に加え、北側火口の西側に新たな火口を確認しました。
そして、東大地震研究所の分析により、噴火開始から4月上旬までに噴出したマグマの総量が1973年の噴火の規模を上回っていることが確認されました。
6月13日 - 北側火口の東約150メートル付近に新たに4つめの火口を確認しました。
6月27日 - だいち2号が撮影した最初の画像の1つとして、西之島の高分解能モード画像が公開されました。
7月4日 - 国土地理院が無人機観測を行い、溶岩流出速度は1日当たり10万m3と依然として活発と発表しました。
7月23日 - 島の面積が噴火前の6倍になりました。
噴煙の高さは前月以前の数倍の規模に拡大しているそうです。
10月16日 - 島北側の水深10m以下の浅い海に溶岩が流れ出して溶岩原が形成され、なおも陸地が拡大していますが、波浪による浸食を複数箇所で確認しました。
12月4日 - 噴火活動および陸地の拡大は依然として続いていると国土地理院が発表しました。
12月10日 - 旧島部分が溶岩でほぼ完全に覆われつつある様子を確認したそうです(国土地理院、12月19日報道発表より)。
2015年(平成27年)
5月20日 - 西之島南西沖約10kmに「薄い黄緑色」の変色水域を確認しました。
6月18日 - 5月20日と比較し南東方向に拡大するとともに、北北東斜面溶岩流出口から、二酸化硫黄を多く含む火山ガスの放出量増加を確認しました。
7月6日 - 6時30分頃から頂上部火口から噴煙がなくなり、10時50分頃から北東側斜面新火口からの噴火を確認しました。
10月20日 - 海上保安庁の「昭洋」による観測によると、海面下体積は0.74億、陸上部体積0.85億m3、総体積は1.6億m3で、総重量は約4億トンだそうです。
この時点での噴出物の量は73年噴火の9倍であり、1990年から1995年までの雲仙普賢岳の噴火に次いで戦後2番目の多さであると発表しました。
2016年(平成28年)
2月17日 - 周辺海域における航行警報が、4km から 0.9海里に変更されました。
そして、7月19日現在の様子として、火口及びその周辺に噴気及び火山ガスの放出は視認されず西之島の地表でも、新たな溶岩流の流出は視認されていないそうです。
熱計測装置の撮影結果では、火口付近に高温域が点在するものの、5月観測時と比較して顕著な高温域は認められていないそうです。
ただし、西之島の南西海岸に薄い茶褐色の変色水域が分布して、海岸線全体的に、ごく薄い青白色から黄緑色の変色水域が幅約100mで分布しているそうです。
同乗した東京工業大学火山流体研究センターの教授である野上健治さんからは、
「火口縁からの噴気活動は目視で確認きなった。先月と比べて噴気活動は一段と縮退している。変色水域は、南西部に茶褐色を呈すところはあものの、全体的には薄い青白色から黄緑色を呈しており、変色水域の面積減少も認めれることから、熱水活動も縮退が進んでいると考えられる。」
とのコメントが得られました。
だんだん西之島の火山活動は終息に向かっていっているのなも知れませんが、桜島や阿蘇山みたいに突発的な噴火活動等の可能性はまだまだ否定できません。
将来的には人が移住できるようになるのかは、地下水がなく、そして農耕にも適さなかったのならば可能性は低いと思います。

西之島付近噴火活動 斜め写真(2016.3.3撮影)
2016.3.3に撮影した西之島の様子です。
この頃になると、もう噴煙は出ていないようです。

西之島(西ノ島) 新島 「新たに形成された陸地部分の形状変化の様子 赤線は 11月17日現在の陸地の外縁」「地形変化図 海上保安庁」より
海上保安庁の地形変化図です。
西之島の、新たに形成された陸地部分の形状変化の様子です。
点線は、旧西之島ですが、旧西之島の面影がないくらいに地形が拡大しているのは驚きです。

西之島の近況報告

小笠原諸島の西之島の近況報告です。

小笠原諸島の父島の西の約130kmにある西之島は、3年前の11月以降、活発な噴火活動が続いていましたが、半年前の観測を最後に噴火や溶岩の流出は確認されていません。
5月20日に海上保安庁が航空機で上空から観測を行ったところ、噴火や新たな溶岩の流出は確認されなかったそうです。
4月の調査では、火口から大量の白い噴気が出ているのがおよそ2か月ぶりに観測されていましたが、今回はそれも確認されなかったみたいです。
でも、火口からは青紫色の火山ガスの放出が確認されたほか、火口の縁などの地表の温度は依然として高く、周辺の海域では、海底から出る火山ガスなどで海水が変色している様子も観測されたそうです。
また、島の周囲には海岸の浸食などによって砂浜が広がっていることが確認され、島の面積はおよそ2.66k㎡と、前回の調査の時点よりも僅かに拡大しているそうです。
調査に同行した東京工業大学の教授である野上健治さんは、「前回確認された白い噴気は高温のガスで熱せられた雨などの可能性があり、新たなマグマの供給を示す現象は認められず、静穏の状態にあると考えられる」としています。
海上保安庁は、火山活動は依然として続いているとして、近くを通る船舶などに注意を呼びかけているそうです。

海底火山の噴火の島「スルツェイ島」

日本では、海底火山の噴火により出現した島として、西之島が有名ですが、アイスランドにも、同じような海底火山の噴火の島でスルツェイ島があります。

スルツェイ島(スルツェイとう、アイスランド語: Surtsey)は、アイスランドの南にある無人島です。
今から50年以上前の1963年に出現しました。
出現における歴史として、
1963年 - 11月14日 アイスランド南西海域付近で操業中の漁船が硫黄臭に気付き、午前7時に噴煙を確認しています。
11月15日 - 海上に新島を確認しました。
12月6日 - フランスの週刊誌記者が上陸し、新島を「Surtsey」と命名しました。
12月16日 - 科学者が初上陸しています。
1964年(1月) - たびたびの噴火で標高173メートルを記録しました。
2月2日 - 第二火口が形成され、第一火口の活動が停止しました。
4月 - 4月までに新島の周囲は1.7キロに達しています。
4月4日 - 地上に出現した第二火口から溶岩の湧出が始まりました(29日まで)。
7月9日 - 溶岩の湧出が再開しました(翌年1965年4月まで)。
1965年 5月 - アイスランド政府が聖域宣言し、入島は許諾制となります。
Surtsey Research Society(スルツェイ島研究学会)が設立されました。
1967年 6月4日 - 火山活動が停止しました。
2008年 7月8日 - 第32回世界遺産委員会でアイスランド初の自然遺産として登録されました。

4年間も火山活動があり、日本の西之島と並んで、海底火山の噴火から新島を形成した典型例として有名です。
なお、「スルツェイ」はアイスランド語で「スルトの島」を意味するため、正確には「スルツェイ島」は重複表現だそうです。
アイスランドは大西洋中央海嶺上にあり、もともと火山活動が活発です。
スルツェイ島は誕生直後から波による浸食にさらされているが、火山活動による面積拡大が浸食を上回り、島の消失は避けられました。
現在では、
面積 - 2.8 km²
標高 - 173 m
です。
西之島が
面積 - 2.71 km²
標高 - 38 m
なので、西之島が少しは小さいみたいです。
噴火の形態には、「ハワイ式噴火」「ストロンボリ式噴火」「ブルカノ式噴火」「スルツェイ式噴火」「プリリー式噴火」「プリニー式噴火」「ウルトラプリニー式噴火(カルデラ噴火)」などのタイプがありますが、スルツェイ島の噴火は、「スルツェイ式噴火」と呼ばれています。
従来では、「ウルトラブルカノ式」と呼ばれていた噴火形式で、マグマたまりの中の水蒸気圧力が上昇することによって爆発するタイプですが、高温のマグマが海水に触れることによって、大量の水蒸気を発生させ大爆発を起こすところから、マグマ水蒸気爆発の事です。
スルツェイ島の噴火が典型例であったところから、「ウルトラブルカノ式噴火」は逆に「スルツェイ式噴火」と呼ばれるようになりました。
西之島は「ストロンボリ式噴火」です。
「ストロンボリ式噴火」(-しきふんか、英:Strombolian eruption)は、噴石、火山礫、火山弾が数千メートルの高さに達する噴火に用いられる分類で、名前はイタリア共和国ストロンボリ山から取られています。

スルツェイ島はベストマン諸島の南方20キロメートルにある孤立した陸地で、全くの荒れ地から始まった土地に植物や動物が繁殖してゆく順序やきっかけを調査する貴重な研究拠点となっています。
植物はほとんどが海鳥が持ち込んだもので、噴火2年後の1965年に維管束植物の生育が初めて観察され、灌木が現れたのはようやく1998年になってからだったそうです。
海鳥が島に群れを作るようになったのは1970年頃からで、最初に、フルマカモメとハジロウミバトが留鳥として住みついたそうです。
海鳥の大量のフンにより、溶岩と火山灰からなる荒れた島の土壌は、次第に植物の生育に適したものに変えられていったそうです。
アザラシの繁殖が始まったのは1983年だそうです。
西之島も、同じような歴史をたどるのでしょうか。


上空から見たスルツェイ島です。
この写真でみると、現在でも活発な火山活動が続いているようです。


島で人間に許されている居場所は、この研究者用の簡素な小屋だけのようです。
ここはスルツェイ島研究学会が管理しています。

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1963年11月14日にアイスランド沖に出現したスルツェイ島ですが、西之島の画像とダブります。
ユネスコによれば、1964年に調査が開始されて以来、海流によって運ばれた種や、カビ、微生物、菌類の出現が観察されており、65年には初めて維管束植物が確認されたそうです。
2004年までには、維管束植物は60種にまで増え、コケ類75種、地衣類71種、菌類24種が確認されているそうです。
また、同島では89種の鳥類が記録されており、うち57種はアイスランド国外から飛来したものだそうです。
さらに335種の無脊椎動物が生息しています。

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これもスルツェイ島の写真ですが、いつ頃の写真でしょうか?
あまり植生がありません。
西之島も、50年たってもこんな感じなのでしょうか。

伊豆諸島のベヨネース列岩

伊豆諸島にベヨネース列岩があります。

ベヨネース列岩(ベヨネースれつがん)は、ベヨネース岩礁、ハロースとも呼ばれていますが、伊豆諸島の岩礁群です。
欧名は「Bayonnaise Rocks」だそうです。
東京都の直轄であり、都の出先機関である東京都総務局八丈支庁が所管していますが、どの町村に属しているかは未定の状態だそうです。
伊豆諸島の南部で、東京都から南に408km、青ヶ島の南約65kmに位置し、3個の烏帽子形の大岩礁と数個の小岩礁から成り、海面下約1500mに基底をもつ海底火山の外輪山(カルデラ直径10km)の西縁で、基盤岩は玄武岩(SiO2 47~52%)です。
1952~1953年に活動した明神礁(主にデイサイトSiO2 63~69%)はベヨネース列岩の東約10kmにあり、比高約300mの円錐状をなし、山頂に直径約600mの火口をもつ後カルデラ火口丘です。
この明神礁とベヨネース列岩の間には、直径約8kmの海底カルデラ「明神礁カルデラ」が存在し、その中央に最浅水深372mの中央火口丘があります。
カルデラ底は環状に分布し、水深は1000mを越えるそうです。
ベヨネース列岩は、「明神礁カルデラ」のカルデラ縁上に位置しますが、形成時期は明神礁カルデラより古いそうです。
下の写真でも想像できるように、植生はほとんどなく、渡り鳥の休息地となっています。
近海ではしばしば海底噴火が発生しています。
周辺は黒潮が流れていて好漁場のため、釣り目的で漁船で岩礁に上陸する人もいるようです。
大型の魚が釣れるそうですが、常に波浪にさらされるため、波にさらわれたり海に転落する危険があり、磯釣りに慣れた上級者向けとされています。

ベヨネース列岩は、1846年にフランス海軍のコルベット「バイヨネーズ」が発見し、名前はこれに由来しています。
1896年以降、火山活動による海面異常や海底噴火がみられ、1906年、1946年、1952年 - 1953年には付近の明神礁で新島も出現しました。
この新島は青ヶ島からも遠望できるほどに成長したのですが、その後荒波に呑まれて海中に没しています。
下表の活動記録にもあるように、火山活動のため、ベヨネース列岩は危険で、そのうえ常に波浪にさらされ接岸は非常に困難でした。
しかし、1953年10月5日にアメリカの海洋観測船「ベアード号」の調査団長がゴムボートで上陸し、岩石採取に成功しています。
ベヨネース列岩は波浪で上陸困難だったことから、波浪の巣という意味で別名「ハロース」とも呼ばれるようにもなりました。
2012年3月15日の東京都議会予算特別委員会の質疑において、中野区の都議であった吉田康一郎さんが、ベヨネース列岩の個々の岩(島)に命名をするとともに、「ベヨネース」という洋名についても、日本語由来の名称を付けるべきと提案しています。
この時に、吉田さんは、列岩の総称に「波浪巣島」「波浪巣岩」、3個の大きな烏帽子形の岩に「北烏帽子岩」「中烏帽子岩」「南烏帽子岩」、小さな岩礁に国に倣って「東小岩」「西上小岩」等の名称を提案し、都民に広く名称案を募り、知事を長とする選考委員会で選定することを求めています。
これに対し、当時の都知事だった石原慎太郎さんは「大賛成でありまして、責任を持ってやりたいと思います。」と答弁しましたが、それから4年経った現在でも和名には変わっていません。

写真でもわかるように、現在は、この岩礁に住むものはいません。
でも、近年ではこの岩礁での研究が進められ、この岩礁を開拓する光景も見られるそうです。

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これがベヨネース列岩ですが、今にも白波に飲まれそうな感じです。
この岩礁に住むというのはとんでもない事だと思います。

ベヨネース列岩における有史以降の火山活動の記録
年代現象活動経過・被害状況等
▲1869(明治2)年噴火海底噴火。
▲1870(明治3)年1マグマ水蒸気噴火?、あるいはマグマ噴火?小島噴火:詳細不明。噴火場所は明神礁。
▲1871(明治4)年噴火海底噴火。噴火場所は明神礁。
▲1896(明治29)年マグマ水蒸気噴火?、あるいはマグマ噴火?噴火場所は明神礁。
小島岩が噴出し烈しく波浪する。
▲1906(明治39)年マグマ水蒸気噴火、あるいはマグマ噴火噴煙:4 月14 日。軽石浮流。噴火場所は明神礁。
▲1915(大正4)年マグマ水蒸気噴火、あるいはマグマ噴火海底噴火:岩石噴出、噴煙。噴火場所は明神礁。 4 月14 日海底噴火。7 月1 日噴煙、海水噴き上げ。
同上噴火6 月19 日。噴火場所は明神礁及び高根礁。
▲1934(昭和9)年(海水変色)海底噴火:5 月20 日。海水黄変、硫黄臭。噴火場所は明神礁。
1945(昭和20)年1火山ガス10~ 11 月。乳白色に海水変色。噴火場所は明神礁。
▲1946(昭和21)年マグマ水蒸気噴火、マグマ噴火噴火場所は明神礁。
新島出没:1 月新島発見。2 月長さ200m、幅150m。4 月4個の新島(高さ約36m)。10 月高さ100m のもの1 個。12 月 海面下に沈下。
▲1952~ 53(昭和27~28)年マグマ水蒸気噴火、マグマ噴火、(海水変色)降下火砕物、火砕サージ、溶岩ドーム、火砕物重力流、(海上浮遊軽石)。噴火場所は明神礁。 大爆発を伴う新島出現。9 月17 日海底噴火(噴火した浅瀬を明神礁と命名)。新島は径百数十m、高さ数10m。中・下 旬に大爆発。9 月23 日新島沈没。9 月24 日調査中の水路部所属第5 海洋丸遭難、31 名殉職。10 月11 日頃再び新島 出現(翌年3 月11 日頃消滅)。4 月5 日頃みたび新島出現(9 月3 日頃海面下に沈下)。
▲1954(昭和29)年噴火11 月4 日。噴火場所は明神礁。
▲1955(昭和30)年噴火6 月25 日。噴火場所は明神礁。
1957(昭和32)年火山活動?5 月2 日。場所はベヨネース列岩付近。 海面に深海魚の死体浮遊。海底火山活動によるものと推定。
▲1960(昭和35)年マグマ水蒸気噴火、(海水変色)7 月21 日。噴火場所は明神礁。
噴煙2,000~ 3,000m、軽石浮遊。
▲1970(昭和45)年マグマ水蒸気噴火、(海水変色)1~ 6 月。噴火場所は明神礁。 噴煙、軽石浮遊。
▲1971(昭和46)年(海水変色)3 月18 日、8 月21 日。噴火場所は明神礁(3 月18 日)、明 神礁の北東約7 海里地点(8 月21 日)。
▲1979(昭和54)年(海水変色)7 月13 日。噴火場所は明神礁。
▲1980(昭和55)年(海水変色)11 月15、18、19、26 日、12 月23 日。噴火場所は明神礁。
▲1982(昭和57)年(海水変色)8 月10 日。噴火場所は明神礁。
▲1983(昭和58)年(海水変色)5 月12 日。噴火場所は明神礁。
▲1986(昭和61)年(海水変色)10 月24、25 日。噴火場所は明神礁。
▲1987(昭和62)年(海水変色)10 月21 日、12 月9 日。噴火場所は明神礁。
▲1988(昭和63)年(海水変色)3 月18、19 日。噴火場所は明神礁。

日本活火山総覧(第4版)(気象庁編、2013)より抜粋しました。

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