北海道の樽前ガローの景観

北海道苫小牧市に樽前ガローがあります。

樽前ガローは、苫小牧市の自然環境保全地区に指定されている樽前山麓の林間にあります。
切り立った岩が特異な景観を見せているそうで、ビロードの絨毯のように岩肌には深緑の苔が張り付いています。
自然林のため、観光地には普通にある階段等の整備がされていません。
樽前ガロー橋とガロー橋それに公園の3か所など、どこからも川面まで降りれる場所がありません。
川のそばに行く場合は、木の幹に捕まりながら降りるしかないそうです。
「ガロー」とは、両岸が崖の川底を水が流れる地形のことだそうです。
樽前ガローは、60種以上の苔が自生しているそうです。
新緑の季節になる6月には、深い川底まで初夏の日差しが届くようになり、一年で最も美しい景観を見せてくれるそうです。

樽前ガロー
樽前ガローは樽前山の南側にあります。
樽前川が切り立った崖の間を流れ下る絶景を見ることができます。
約6㍍の高さの崖は苔や樹木が覆い、美しい渓流と緑が溶け合ってとても美しいそうです。
でも、この写真を見る限りでは、四国の渓谷なら当たり前に見られる景色のような気がしますけれど。

スロベニア南西部のピランの町並み

スロベニア南西部のピランの町並みを紹介します。

ピラン(スロベニア語: Piran)またはピラーノ(イタリア語: Pirano)は、スロベニア南西部のピラン湾やトリエステ湾に面した町で、スロベニア領のイストリア半島では3つの著名な町の中の一つです。
町には、オレンジで統一された中世の建築物や、文化的な遺産が豊富に残っており大規模な野外博物館のようになっています。細い通りには小さな家々が建ち並び、その魅力から多くの人を惹き付けています。
ピランはこの地域の行政的な中心で、スロベニアの一大観光地でもあります。
ピランはピラン半島の先端に位置する町でピラン湾に面しています。
クロアチアとは南側の国境で接しており、イゾラとコペルの自治体と接します。
東側はトリエステ湾とアドリア海を介しイタリアと接しています。
最高地点はバレトヴェツ・プリ・パドニで標高289mです。
町の東側は北側の海岸線に沿ってフィエサなど旅行者用の休暇地があります。
そして、ピランとフィエサはビーチに沿った遊歩道で結ばれています。
ピランは温暖湿潤気候で、暖かい夏と寒く冷たい雨の降る冬がやって来ます。
雪は年3回程度で降雪も微量です。
年間22日程度は30℃を超え、冬は0℃以下になることはありません。
オレンジで統一された屋根と、真っ白な家々の壁がアドリア海の海にとても映えています。

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ピランはスロベニアの一大観光地であり、風光明媚な港町です。
クロアチアと南側国境で接し、東側はアドリア海を挟んでイタリアと接しています。
ありのままのスロヴェニアの港町の空気を感じられるところだそうです。
写真で見るだけでも美しさがひときわ目立っています。
大変素晴らしい所なので、ぜひ行ってみたいところの一つです。

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写真の右端にある聖ユーリ協会は、ピランの街を一望できる場所にあります。
写真で見ると、突き出た半島に、ぎっしりとオレンジの屋根屋根が詰め込まれているようです。
ピランで1番の観光名所はタルティーニ広場だそうで、この名前は、ピランが生んだ作曲家のタルティーニからきています。
この広場にも彼の銅像が建ち、広場に面して彼の生家もあります。
聖ユーリ協会は、タルティーニ広場から5分程度です。
ここから眺めて、特に美しいのはアドリア海に落ちる夕陽だそうです。

天橋立の形成についてと、松並木

日本三景の一つである天橋立を紹介します。

天橋立(あまのはしだて)は、京都府宮津市の宮津湾と、内海の阿蘇海を南北に隔てる湾口砂州で、全長3.6kmにも及んでいます。
形成についての詳細には諸説あります。
一説には、2万年前に宮津湾が完全陸地化して後、約7〜8千年前に氷河期が終わって海面上昇が落ち着くなか、当初水中堆積で発達が始まり、縄文時代の後氷期(完新世、約6千年前)に急速に成長し、2〜3千年前に地震により大量に流出した土砂により海上に姿をみせ、有史時代に現在の姿にまで成長したとされています。
砂嘴の幅は20mから最長170mに達し、公路となっています。
成形の過程は、宮津湾の西側沿岸流により砂礫が海流によって運ばれ、天橋立西側の野田川の流れから成る阿蘇海の海流にぶつかることにより、海中にほぼ真っ直ぐに砂礫が堆積したことによるものだそうです。
日本では、外洋に面さない湾内の砂州としては唯一のものであり、この一帯には約8,000本の松林が生え、東側には白い砂浜が広がっています。
この松は、人の手により植林されたものではなく、大部分が自然発生的に生えたものだそうです。
天然の道ともいえる天橋立には、「日本の道100選」にも選定された京都府道天の橋立線が走っており、主に観光の散策路となっています。
「丹後風土記」によると、その昔、天への架け橋といわれてました天橋立はイザナギ、イザナミ の神が天への上り下りに使われた浮き橋であると言われ、ある日イザナギノミコトが昼寝を している間に倒れて天橋立となったという神話が残っています。

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ケーブルカーに乗って、途中で天橋立を写しています。
ケーブルカーは、5分おきに60人ほどを乗せて展望台へと向かっています。
単線なのに、何故こんなに稼動がいいのか不思議でしたが、ケーブルカーが交差するところだけ複線になっていました。

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展望所から見た天橋立です。

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松並木です。
約8,000本の松林がまだ生き生きとしていた感じには見えました。

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宮津湾側の白い砂浜です。
波は穏やかでした。

海流(かいりゅう)を示す図
海流を示す図です。
今から約4000年前、世屋川をはじめとする丹後半島の東側の河川から流出した砂礫が海流(上図の赤色の線)により流され、野田川の流れからくる阿蘇海の海流(上図の黄色の線)とが、ぶつかったことにより、江尻側よりほぼ真っ直ぐに砂礫が海中に堆積しできたものといわれています。
一説には地震説もありますが、いずれにせよ、こんな状態で砂嘴ができるのは不思議です。
砂嘴(さし sand spit)とは沿岸流により運ばれた漂砂が静水域で堆積して形成される、嘴 (くちばし) 形の地形のことです。
天橋立は、両端がくっついていますが、地震にしても、海流の動きにしても、このような地形ができるのはよっぽど海流が早くないと無理だと思うのですが、いったいどういう形成のされかたをしたのでしょうか?
そして、天橋立に、自然の松並木がぎっしり植わっているのもまた不思議です。

天橋立の松の状態(じょうたい)
現在の天橋立の松林はあまり良い状態ではないそうです。
本来白砂でなければならない砂は、下草でいっぱいになって、松は弱々しい状態なのだそうです。
現在の天橋立は、腐植土などの栄養がたっぷりの土がありすぎて、そのことにより、松以外の植物が育ちやすい環境になっているそうです。
そして、松自身も根があまり育たなくても十分栄養をとることが出来るため根元がしっかりしておらず、幹ばかりが高く育ってしまい、バランスの悪い状態になっているそうです。
平成16年の台風23号の際には、松が根から倒れる例が多くあったそうです。
私が歩いた感じでは、たしかに倒れている松も見かけましたが、全体としては、まだ生き生きとしていたようにはみえましたけれど。

雪舟が書いた国宝「天橋立図」
画家の雪舟が書いた天橋立図です。
国宝に指定された有名な図ですが、この図はまだ端と端がくっついてはいません。

神戸の布引の滝と六甲山の隆起

新神戸駅の裏山で、六甲山の麓にある布引の滝を紹介します。

布引の滝(ぬのびきのたき)は、布引渓流(名水百選)にある4つの滝の総称です。
神戸市中央区に渓流が流れ、そこに立派な滝があるとは信じ難かったのですが、実際に山陽新幹線「新神戸駅」から徒歩15分の所に布引の滝が存在していました。
布引の滝は、日本三大神滝の一つと言われ、他は日光華厳滝と、紀州那智滝です。
このような修験道行場の滝は、都心から至近距離ながら、心静かにマイナスイオンを浴びることができるオアシスとなっています。
神戸っ子は「葺合(ふきあい)」の滝とも呼んでいて、昔から神の滝とあがめているそうです。
水源は、六甲山系の獺(かわうそ)池で、摩耶山(まやさん)や再度山(ふたたびさん)の水を一手に集め、布引貯水池を経て落下して生田川となり、南流して大阪湾へと注いでいます。
布引の滝は、生田川の中流にある布引渓流にある4つの滝の総称です。
駅の北約100mの所に雌滝があり、その上の200mの所に雄滝があります。
その2つの滝の間を挟んで鼓ヶ滝と夫婦滝があります。
①雌滝(めんたき)
雌滝は高さ19mで、水がサラサラと落ちる様子がしなやかで上品な感じのする滝です。
布引の地名はこの雌滝の滝水が布をたらしたように優雅に流れ落ちる様子から生まれたといいます。
②鼓ケ滝(つつみがだき)
鼓ケ滝は高さ8mです。
阪神淡路大震災以来、崩落の恐れがあるという理由で、渓谷側のルートは通行止めになり、山側のルートを行くことになります。
鼓ケ滝は、残念ながら山側のルートからはよく見えない位置にあります。
③夫婦滝(めおとだき)
夫婦滝は高さ9mで、雄滝のすぐ下流にある滝です。
二筋に分かれて落ちる滝水が特徴的です。
④雄滝(おんたき)
高さ 43mで、布引の滝を代表する滝です。
滝壺は面積430m2、深さ6.6m、滝の横には5箇所の甌穴(最大のもので10畳大)があり、竜宮城に続いているという伝説があります。
雄滝の両側の山を見ると、滝の上流側の山が下流側に比べて大きく上昇しているのがわかります。
この六甲山の隆起に生田川がかかってできたのが雄滝です。
代表的な文学作品として、
・布引の滝のしらいとなつくれは絶えすそ人の山ちたつぬる(藤原定家)
・抜き乱る人こそあるらし白玉の間なくも散るか袖のせばきに (在原業平)
・浄瑠璃・歌舞伎『源平布引滝』
などがあります。

六甲山の大部分は、約1億年前(中生代白亜紀)に地下深くで生まれた花崗岩でできています。
第四紀、百万年前以後の六甲変動と呼ばれる地殻変動によって最高部が 900 m 以上に至るまで隆起し、現在も変動を続けています。
それによって生じた複数の断層が北東から南西に向かって主稜線と平行に走っています。
いずれも北西側が東に向かって動く右横ずれ断層であり、横ずれが起こると同時に北西側が高くなる傾向があります。
これらの断層は阪神淡路大震災の震源断層である野島断層などとともに六甲-淡路島断層帯を構成しています。
1932年(昭和7年)、京都大学助教授であった上治寅治郎さんにより丸山断層が発見されるまでは、六甲山の成り立ちは、地塁説(六甲山地塁説)で説明されてきており定説となっていました。
これは、六甲山の高い中央部を除いた南北の両側が、陥没して低くなり、北側に落ちて谷状の凹地になったのが、現在の箕谷から花山、大池、有馬、さらに生瀬、宝塚にいたる低地帯であり、南側に落ちてできたのが現在の神戸の市街地であり、ずり落ちずに残った高地が現在の六甲山であるという考えでした。
ところが、丸山衝上断層の発見により、地塁説とは全く逆の、地殻にかかる側方からの圧力により、基盤が上向きに隆起し六甲山を形成したという説が現在では主流となっています。
最高峰のすぐ南から神戸市内に向かって南西に一直線に流れる住吉川の谷が、五助橋断層(ごすけばしだんそう)です。
芦屋ロックガーデンなどの断崖の麓にあるのが芦屋断層で、その東側で甲山の乗っている北山高原を持ち上げたのが甲陽断層と呼ばれています。(断層でできた崖は長い年月の間に侵食されているので、今見える崖と断層の位置はずれている場合があります)
これらの断層によって、南東の西宮市側からは幅広い階段状にわかれて隆起して見えます。
なお、六甲山を東西に縦断するように貫かれた山陽新幹線の六甲トンネル工事では多くの断層破砕帯を貫通させることとなり大変な難工事であったと記されています。

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雌滝(めんたき)
お皿みたいな滝壺も美しさを感じますが、新幹線を下りて、約5分歩けばこの雌滝に出会えます。
「毛虫がそこらじゅうから雨のように降って来るので、桜が終わった時期(5月頃)には行かない方が良いです」とネットで忠告していました。
私は、ゴールデンウィーク期間中の5月4日に行きましたが毛虫には遭遇しませんでした。
布引渓流を流れる川は、大地がずれ動いて出来た断層に沿って流れています。
特に、この雌滝から鼓ケ滝を通る直線状に伸びた南北方向の断層と、その上流および下流の東西方向の断層が交じりあった場所では、大きく流れが変わっています。

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雄滝(おんたき)
この雄滝でも15分くらいで到着しますが、ほとんど階段などの阪です。
階段をてくてく歩いていくと、急に視界が開けて勇壮な雄滝が見えてきます。
新幹線の駅から近いのに、こんな立派な滝があるとは想像していませんでした。
「雄滝まで200メートル!」などという標識がありますが、坂を200メートル登らなければ滝を見ることができないので、サンダルやヒールの靴では行かないように気をつけてください。
雄滝がよく見えるところに茶屋があって、缶ビールを一杯いただきました。
登りきったところでの一杯は最高ですね。

兵庫県豊岡市の玄武洞を訪ねて

兵庫県豊岡市赤石の円山川東岸にある洞窟・絶壁である玄武洞を紹介します。

玄武洞(げんぶどう)は、約160万年前の噴火によって、山頂から噴出されたマグマが冷却され、玄武岩溶岩の厚い層が形成されました。
6000年前頃には、波や河川による侵食で玄武岩塊がむき出しとなりました。
玄武洞の玄武岩はマグマが冷却される際に体積が小さくなることでできる割れ目(節理)が顕著で切り出しやすかったこともあり、これを人々が採掘し、その採掘跡が洞窟として残りました。
つまり洞窟は天然のものではなく、坑道・採掘跡地です。
ここで切り出された玄武岩は周辺地域で漬物石や石材として使われており、現在でも城崎温泉の大谿川護岸や豊岡の石積みなどで見ることができるそうです。
玄武洞の歴史としては、
1807年(文化4年) - 柴野栗山が玄武洞と命名します
1884年(明治17年) - 小藤文次郎によって玄武岩と言う岩石名を付けます
1925年(大正14年) - 北但大震災の影響により大きく崩落します
1926年(大正15年)3月 - 地球物理学者で京都大学の松山基範博士が世界で初めて地磁気の逆転を発見します
1929年(昭和4年) - 松山基範博士が地球磁場の反転説を世界で初めて発表しました
1931年(昭和6年)2月 - 玄武洞および青龍洞が国の天然記念物に指定されます
1956年(昭和31年)1月 - 玄武洞公園が都市公園に指定されます
1963年(昭和38年)7月 - 玄武洞を含む周辺一帯が山陰海岸国立公園に指定されます
2007年(平成19年)5月 - 玄武洞公園の洞窟が日本の地質百選に選定されます
2007年(平成19年)12月 - 玄武岩が豊岡市の石に指定されます
2009年(平成21年)2月 - 日本ジオパーク(山陰海岸ジオパーク)の認定を受けます
2009年(平成21年)5月 - 公園内を案内するガイドが配置されます
2009年(平成21年)11月 - 玄武岩をイメージした豊岡市のマスコットキャラクター「玄さん」が登場します
2009年(平成21年)12月 - 玄武洞公園内に「玄さん」の顔出し看板が設置されます
2010年(平成22年)10月 - 世界ジオパーク(山陰海岸ジオパーク)の認定を受けます

玄武洞の名は江戸時代の文化4年(1807)6月25日、幕府の儒官、柴野栗山によって命名され、また明治17年(1884)岩石の日本名を定めるとき、東京大学の博士だった小藤文次郎さんが玄武洞の名を用いて玄武岩と命名し、今日の岩石名となっているそうです。
大正15年(1931)、京都大学の博士だった松山基範さんは、玄武洞の石の磁性の方向が今と反対の南を向くことを発見しています。
これはその後広く認められるようになり、現在では260万年前から78万年前までは現在と反対向きであったことが認められています。
この時期を彼の名にちなんで松山期(松山逆磁極期)と呼んでいます。
昭和6年(1931)2月20日には国の天然記念物に指定されています。
この地域一帯は、昭和38年(1963)に、山陰海岸国立公園となり、現在に至っています。
毎年6月下旬に催される「あじさいまつり」では、満開のあじさいを眺めながら公園内を散策でき、また、まつり期間限りの各種イベントも楽しむ事ができます。

玄武洞公園は、以下のように全部で5つの洞から形成されています。
・玄武洞(国の天然記念物) - 公園の中心にある最も大きな洞窟で、玄武岩のみごとな柱状節理を見ることが出来ます
・青龍洞(国の天然記念物) - 高さ33mありますが、15mにも及ぶ長い柱状節理が見られます
・白虎洞 - 水平方向に伸びた柱状節理と、その断面を間近に見ることが出来ます
・南朱雀洞 - 節理を間近に観察できます
・北朱雀洞 - 垂直方向の節理が上部に向かって徐々に水平方向に変化して行く様子を観察できます

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玄武洞公園の入り口で、玄武洞が正面にあります。
玄武洞公園内は、随時無料で見学出来ます。

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玄武洞です。
柱状節理にも、大きいものから小さいもの、長いものや短いもの、それに褶曲しているものやブロック状になっているものなど、いろいろなものの集大成でした。

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160万年前に起こった火山活動によって、山頂から流れ出したマグマが冷えて固まる時に規則正しいきれいな割れ目を作り出したものです。
特にこの付近は六角形の板を積み重ねたような均一な節理が見られました。

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ここが青龍洞です。
ここも国の天然記念物で、 高さ33mあります。
玄武洞よりも、柱状節理が向かってくるように雄大で、私はここが一番でした。
15mにも及ぶ長い柱状節理も見られます。

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中央で細かい蜂の巣の断面みたいな節理があります。
これは、数知れない六角形の玄武岩が積み上げられて不思議な感じです。
この周りは、垂直の柱状節理です。

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まるで、水が流れているような、垂直と、褶曲がかかった柱状節理です。

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ここは、白虎洞の手前の道ですが、数知れない六角形の玄武岩が石積みみたいになっていて不思議な美しさを見せています。

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ここが白虎洞です。
水平方向に伸びた柱状節理と、その断面を間近に見ることが出来ます。

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ここが北朱雀洞です。
垂直方向の節理が上部に向かって徐々に水平方向に変化して行く様子を観察できます。
この右側に南朱雀洞があります。

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世界各国の鉱物を売っていました。
珍しさもあって、ここに30分はいたと思います。

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レストラン玄武洞の売店です。
ここの2階に玄武洞ミュージアムが出来る予定です。


玄武洞公園のスケッチ図です。
ゆっくり歩いても、1時間もあればすべて見られます。


豊岡市の観光マップです。
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