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皇居「乾通り」の桜の観賞

皇居「乾通り」の桜を観賞しました。

例年、3月下旬から4月上旬頃の見頃の時期に公開される春季皇居乾通り一般公開は、毎年大勢の人たちが訪れるお花見スポットになっています。
今年の公開は 3月30日~4月7日の9日間でした。
たまたま東京に行っていた私は、4月3日に観賞しました。

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皇居前広場で、ボデイチェックと手荷物検査のあと、「坂下門」を通って「乾通り」に入りました。
「坂下門」は、江戸城西の丸の坂下にあったので、呼ばれるようになったそうです。
有名な事件として、「坂下門外の変」があります。
文久2年(1862)1月、老中・安藤信正が登城途中に、この坂下門の前で6名の水戸浪士に襲撃されました。
さいわい一命は取りとめたそうですが、老中は罷免されました。 
「桜田門外の変」で井伊直弼が殺害されて、わずか2年後の出来事でした。 
したがって警護も厳しかったせいか、襲撃した6名はその場で斬り倒されたそうです。
これが「坂下門外の変」です。
江戸時代は、高麗門と櫓門からなる枡形形式で、高麗門から入ると左に曲がって櫓門をくぐる形だったそうです。
しかし明治21年に高麗門は撤去され、櫓門の角度を90度変え、正面に向きを変えて建てなおされました。
現在は、こんな時以外は一般に開放されてはいません。
天皇家の通用門、また宮内庁職員の出入り口として利用され、警備は厳重です。
ものすごい人の列でした。

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目の前が宮内庁です。
宮内庁(くないちょう、Imperial Household Agency)は、日本の行政機関の一つで、 「皇室関係の国家事務、天皇の国事行為にあたる外国の大使・公使の接受に関する事務、皇室の儀式に係る事務をつかさどり、御璽・国璽を保管する内閣府の機関」です。
なお、宮内庁はかつて「総理府の外局」でしたが、現在は内閣府の外局(内閣府設置法第49条・第64条)ではなく「内閣府に置かれる独自の位置づけの機関」とされています(内閣府設置法48条)。
官報の掲載では内閣府については「外局」ではなく「外局等」として宮内庁を含めています。
庁舎は、1935年(昭和10年)に建設されました。
ただし、「宮内庁」の表札等はありません。
明治宮殿が焼失してから今の宮殿(新宮殿)が建設されるまでの間、仮宮殿として用いられたそうで、現在の宮殿とは渡り廊下(紅葉渡)で接しています。

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「乾通り(いぬいどおり)」は、皇居の北西部にある乾門から宮内庁の方へのびる通りの呼称で、坂下門から乾門までの約750メートルです。
大勢の人と一緒に「乾通り」を歩きましたが、ここには、ソメイヨシノやシダレザクラなど様々な種類の桜が植えられていました。
なお、一般公開期間は、申し込み不要で、午前9時から午後3時半まで坂下門から入場できました。
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