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江戸時代に建築された小采家住宅

江戸時代に建築された山間部民家で、国の重要文化財に指定されている小采家住宅を紹介します。

小采家住宅は、旧三好郡東祖谷山村の栗枝渡(くりしど)集落(標高650m)に建っていたものを旧祖谷山村が買い上げ、昭和58年(1983)8月に、現在の菅沼集落に移築・復元したものです。
国指定の重要文化財(建造物)には、昭和51年2月3日に指定されています。
かってあったとされる棟札や構法などから、江戸時代の天保年間(1830~1844年)の建築といわれています。
建物は、屋根が寄棟造(よせむねづくり)の茅葺きで、棟に「とうら」と呼ばれる茅を束ねた棟飾りがあります。
規模は、間口5.5間(10.8m)、奥行3間(5.9m)で、外観は土壁を風雨から守るためのヒシャギ竹と呼ばれる割竹で覆われ、正面中央に前便所が設けられています。
内部は、間口を左右に二分して、左手手前が土間のニワ、左手奥をカッテバ、右手を「一間取り」と呼ばれるオモテがあります。
構造には、祖谷地方では江戸時代中期以降にみられるオトシコミと呼ばれる独特の構法が用いられています。
古い民家が次々と姿を消す中で、小規模ながら祖谷地方の農家の特徴的な間取りや構造をもつ貴重な建造物として貴重なものだそうです。

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小規模ながら祖谷地方の特徴的な構造や間取りを持つ貴重な建物として、昭和51年に国の重要文化財に指定されたそうです。
昭和58年に、移築・復元したとのことで、まだまだ外観は新しく見えました。
でも、こんな茅葺き屋根は、40年以上前には田舎ではどこにでも見られたと思います。
我が家も、その頃は茅葺き屋根で、その上からトタンを敷き詰めて青色の屋根にしていました。
今は、茅葺き屋根を見ると情緒があると思えるのですが、昔はかっこ悪い屋根の代表だったと思います。

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農家の玄関を入ると、このように土間があって、そして石の段差があって、ここから家に上がるしくみでした。
懐かしさを感じます。

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このような囲炉裏は、我が家にはなかったです。

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