始新世について

地質時代には、いろいろな時代がありますが、今回は始新世について調べてみました。

新生代 古第三紀 始新世(ししんせい、Eocene)は地質時代の時代区分の一つです。
【期間】
新生代の古第三紀を三つに分けたときの第二の世で、暁新世と漸新世との間に位置します。
約5,600万年前から約3,390万年前までの期間と言われていますが諸説あります。
この時期は、四つに細分されています。
・ヤプレシアン(Ypresian)5600万年前 - 4780万年前
・ルテシアン(Lutetian) 4780万年前 - 4130万年前
・バートニアン (Bartonian) 4130万年前 - 3800万年前
・プリアボニアン(Priabonian) 3800万年前 - 3390万年前
【名前の由来】
「古第三紀」の名前の由来は「暁新世について」で説明しました。
あと、始新世ですが、暁新世の”暁”よりは”始”のほうが後のようです。
漸新世の”漸”は、徐々にとか、しだいしだいにとかの意味なので”始”よりは明らかに後のようです。
1832年チャールズ・ライエルが命名したそうですが、漢字ではなかったと思います。
【生物】
高等有孔虫類・二枚貝類が繁栄していたそうです。
現存哺乳類のほとんどの目は始新世の初期には現れています。
鯨偶蹄目・奇蹄目(ウマ目)などが発展し始めました(クジラ類が鯨偶蹄目から現れたのもこの頃だそうです)。
新しい目の種の多くはまだ小さく、10kg以下ですが、ウインタテリウム(恐角目)のような巨獣も出現するなど、哺乳類の放散が始まっていました。
恐角目、汎歯目、紐歯目といったような原始的な哺乳類の多くはこの時代を乗り切れず、後期から末期には姿を消していました。その空白を埋めるように新たな哺乳類の出現が促され、第二次の適応放散が始まったと言えます。
その中でコウモリ類のように空にも哺乳類が進出しています。
霊長類では真猿亜目が出現したのがこの頃とされます。
鳥類の現存目もこの時代に完全に現れています。
北アメリカとヨーロッパの生物相は類似しており、この時代まで両者に陸橋があった名残だそうです。
始新世の巨大哺乳類について調べてみました。
・ウインタテリウム
ウインタテリウム(Uintatherium)は、新生代・古第三紀・始新世に北アメリカとアジアに分布した大型の哺乳類です。
サイくらいの大きさで、やわらかな草を食べる植物食獣だそうです。
ウインタテリウムの四肢はむしろゾウに似ていますが、頭には3対、計6本の短い角が2列に並び、上顎にはサーベルタイガーやティラコスミルスを思わせる長い牙が下向きに生えています。
下顎には、この牙を保護する「鞘」となる骨の隆起が存在しました。
現生動物では角と牙を同時に持つものは偶蹄類のキョンのみであり、化石種でもウインタテリウム以前はエステメノスクスなどの初期獣弓類まで遡ります。
・アルシノイテリウム
アルシノイテリウム(genus Arsinoitherium)は、約3,500万- 約2,300万年前(新生代古第三紀始新世後期後半「プリアボニン」〜 同紀漸新世末期「チャッティアン」のアフロアラビアに生息していた、植物食性有蹄哺乳類の一種(1属)です。
巨大な体躯と角を持ち、その外観からサイのような印象を受けますが、進化系統上は遠く、近縁関係が認められるのはともに近蹄類として総括される動物群、すなわち、ハイラックスやゾウ、ジュゴンなどです。
体長約3.0m、体高約1.8mです。
発見されている最大個体(Arsinoitherium giganteus)で、肩高約2.13m(約7ft)です。
重脚目の特徴として、骨太で頑丈な巨躯と、短くはあるが柱のようにがっしりとした四肢を持つ、重量感あふれる動物でした。
・アンドリューサルクス
アンドリューサルクス(genus Andrewsarchus)は、約4,500万- 約3,600万年前(新生代古第三紀始新世中期- 後期半ば)のユーラシア大陸東部地域(現在のモンゴル)に生息していた、原始的な大型肉食性哺乳類の一種(1属)です。
蹄(ひづめ)を持つ有蹄動物であり、推定体長(頭胴長)382cm、推定体重180-450kgというその体躯の巨大さゆえ、ときに「史上最大の陸生肉食獣」と称されています。
実際、メソニクス目で最大、史上でも最大級の陸生肉食哺乳類であったそうです。
アンドリューサルクスは、現在知られている限りの全ての陸生肉食哺乳類のなかで最大級の顎の持ち主でした。
長い吻部によく発達した顎を持ち、そこに生える歯はどれも大きかったそうです。
切歯、湾曲した鋭い犬歯、そして、獲物の骨を噛み砕いたかもしれない頑丈な臼歯を具えていました。
頭蓋骨は長さ83.4cm、最大幅56cmと巨大です。
頭骨長から単純計算されたアンドリューサルクスの大きさは、体長約382cm、肩高約189cmほどです。
オオカミかハイエナのような体形の大型獣で、やや短めの四肢とその指先に小さく丸まった蹄を具えている、というような姿で再現されています。
・インドリコテリウム
インドリコテリウム(Indricotherium) は、およそ3600万〜2400万年前(新生代第三紀の始新世末期から漸新世後期)に、中央アジアから中国、東ヨーロッパにかけて生息していたサイ科の巨大な哺乳動物です。
現在、学名はパラケラテリウムに変更されていますが、インドリコテリウムと呼ばれる事も多いようです。
これまで地球上に現われた最大の陸生哺乳類とされています。
サイの仲間ですが、角はなく、首が比較的長かったそうです。
頭胴長約8メートル、肩高約5.5メートル、長い首を伸ばせば7メートル近い高さに達しました。
体格はウマ的でやや細身であり、体重は約15〜20トンに達したと考えられています。
頭骨長は約1.3メートルですが、体躯に比してやや小さいようです。
雄の頭骨には骨の肥厚が認められ、縄張りや雌を巡っての儀礼的闘争を行ったとされています。
おそらくは柔軟な上唇を持ち、現生のキリンのように、上顎にある牙状の切歯で高木の小枝や葉をむしり取って食べたと想像されています。
当時の彼らの生息地域には、餌となる大きな樹木が生い茂っていたそうです。
胴体は前肢が長いため後方に向かってなだらかに傾斜しており、脊柱は空隙などで軽量化された構造になっていたそうです。
・ヒラコテリウム
ヒラコテリウム(Hyracotherium)は始新世に北アメリカ大陸およびヨーロッパ大陸に生息していた哺乳類です。
現生するウマ科動物の最古の祖先と考えられており、エオヒップス(Eohippus)という別名(シノニム)でも知られています。
和名は「あけぼのウマ」です。
主に北アメリカ大陸とヨーロッパの森林地帯に生息し、体高はおよそ20〜30cmと、現在見られるウマ科動物と比較すれば非常に小型です。
骨格では椎骨の発達が特に顕著であり、背から後躯にかけて強大な筋肉が備わり、優れた走力で捕食者から逃れていたと考えられています。
また前肢4本、後肢3本の指は本来5本でしたが、進化の過程で前肢の第1指、および後肢の第1指と第5指は退化し、完全に消失したと見られています。
食性は草食で、口腔正面手前からいずれも小型の切歯、犬歯、小臼歯、大臼歯を備え、木の若芽や草の実など柔らかい植物を摂取していたとされています。
生息域や食性から、各個体が独自のテリトリーを有する単独生活者であったと推測されています。
・エンボロテリウム
エンボロテリウム(Embolotherium)は始新世末期から漸新世前期(約4,000万年前〜約3,500万年前)に生息した哺乳類です。
奇蹄目・ブロントテリウム科です。
ブロントテリウムに近縁の大型の草食動物で、同様に頭部に大きな角を持っていました。
学名は、「大槌を持つ獣」の意で、頭部の角から命名されたそうです。
肩高約2.5mで、頭骨の全長は1.1m(角含む)です。
同科の多くの属同様鼻の上に大きく太い角を持ちますが、これは鼻骨が伸びたものであり、ブロントテリウムなど北アメリカのグループとは異なっています。
また角は板状で、それから額の上にまでかけて一体となった装甲板を持っていました。
この角は最大70cmにもなり、メスよりもオスの方が大きな角を持っていました。
恐らくこれで儀礼的闘争を行ったと思われますが、脆かったために捕食者から身を護る武器とはなり得なかったとされています。
【植物】
世界的な海進期であり、気候が著しく温暖で、温帯林が現在の北極海周辺地域にまで広がり、北ヨーロッパや北海道などにも亜熱帯林が生育していたようです。
カエデ、ブナ、ヤシなどが増加したそうです。
しかし始新世の末期になると南極大陸上に氷河の形成が始まり、寒冷化のきざしが現れてきたようです。
【岩石】
愛媛県では、中央構造線の断層活動がおさまったあと、始新世の中、後期になって久万層群と呼ばれる地層が堆積しました。
この断層が最も典型的にみられるのが伊予郡双海町上灘地区であり、この活動は「市ノ川時階」あるいは「上灘時階」と呼ばれています。
第三紀初め頃の日本列島地域はまだ大陸の一部でした。
四国付近における当時の海岸線はちょうど北宇和郡の北部のあたりにあったと推定されており、延々と続く中央構造線の断層崖を越えた南には青い太平洋が広がっていたと考えられています。
久万層群は、約4500万年前頃の始新世中期になると、上浮穴郡久万地方には西の方から入江が形成され、熱帯性の浅海域が出現しました。
①二名層
周辺の山地からは結晶片岩の岩屑がはこばれて堆清し、先に述べた久万層群の二名層(海成層)とよばれる地層をつくりました。
この二名層には、大型有孔虫や二枚貝類、サンゴ類、石灰藻類、コケムシ類のほかサメの歯などの化石が含まれ、全体としては結晶片岩の岩片を多量に含む角礫が主体となっています。
上浮穴郡美川村の岩屋寺や久万町の古岩屋付近にみられる奇岩はこの二名層から成っています。
②明神層
始新世後期になると、久万地方の浅い海域は次第に陸地となって久万層群明神層(湖沼~河成層)が堆積しています。
明神層には、現在の高縄半島方面などから運ばれた和泉層群、領家変成岩、花崗岩などの内帯の岩石が堆積し、ところどころに泥岩が挟まれています。
但し、近年では、この明神層については、新第三紀中新世の微化石が発見され、凝灰岩層から1600万年前という年代が得られ、新第三紀中新世の地層である可能性が高くなったそうです。
久万層群は、石鎚山系に広く分布しています。
この頃には、山口県南部地域でも浅い海が次第に陸化して、植物遺体が累積していました。
この植物遺体は、その後地中に埋もれて石炭となり、宇部炭田地域の石炭はこの時代にできたものです。
【気候】
5500万年前の暁新世・始新世境界で突発的温暖化事件(en:Paleocene–Eocene Thermal Maximum)が発生し、暁新世にやや低下した気温は始新世では再び温暖化に転じ、新生代では最も高温の時代になったそうで、(始新世温暖化極大・始新世高温期)湿度も高かったそうです。
その原因として北大西洋での海底火山活動やそれに伴う1500Gtのメタンハイドレートの融解などの温暖化ガスの大量放出があり、地表5-7℃の気温上昇の温暖化が起こり、元の二酸化炭素濃度に戻るのに3万年を要したそうです。
極地付近にも氷床はなく、ワニや有袋類の化石が出土しています。
始新世末或いは次の漸新世初期には一時的に気温が急に低下しましたが(始新世終末事件)、この原因として、この頃には彗星が頻繁に地球に衝突したためだとする説があります。
また当時大規模な海退が起こり、海の面積が減少したのが気温低下の原因であるとも言われています。
インド大陸がユーラシア大陸に接近し始めてテチス海が狭まっていき、南極大陸が南米大陸やオーストラリア大陸から分離するなど、始新世は海洋と大陸の配置が大きく変わりつつあった時代ですが、それに伴って地球規模で循環する海流の動きも大きく変動していたと思われ、これも、海退と寒冷化の一因とされています。
約3400万年前の始新世と漸新世の境界時代に南極大陸に巨大な氷床が形成されました。
これ以後が現在も続いている新生代後期氷河時代とされています。
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