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ジュラ紀について

地質時代には、いろいろな時代がありますが、今回はジュラ紀について調べてみました。

ジュラ紀(Jurassic period)は、地質時代の年代区分の一つです。
【期間】
中生代を三つに区分した時代で、中生代の2番目の紀です。
三畳紀と白亜紀との間の約2億130万年前から約1億4500万年前までの期間と言われていますが諸説あります。
またジュラ紀は、下記のように3期11階に区分されています。
①前期リアス
・ヘッタンギアン約2億130万年前 - 約1億9650万年前
・シネムーリアン約1億9650万年前 - 約1億8960万年前
・プリンスバッキアン約1億8960万年前 - 約1億8300万年前
・トアルシアン約1億8300万年前 - 約1億7560万年前
②中期ドッガー
・アーレニアン約1億7560万年前 - 約1億7160万年前
・バッジョシアン約1億7160万年前 - 約1億6770万年前
・バトニアン約1億6770万年前 - 約1億6470万年前
・カロビアン約1億6470万年前 - 約1億6120万年前
③後期マルム
・オクスフォーディアン約1億6120万年前 - 約1億5570万年前
・キンメリッジアン約1億5570万年前 - 約1億5080万年前
・チトニアン約1億5080万年前 - 約1億4500万年前
【名前の由来】
ジュラ紀の名称は、フランスとスイスの国境をなすジュラ山脈に広範囲に分布する石灰岩層にちなみ、1829年にフランスの古生物学者ブロニアールAdolphe-Thodore Brongniart(1801―1876)が地質時代を表す名として使ったのが始まりだそうです。
イギリスでは地質学者スミスがこの時代の地層を調査し、地層累重の法則や化石による地層同定など層序学の重要な基礎的概念を確立しました。
さらに19世紀中期にはフランスの古生物学者ドービニーやドイツの地質・古生物学者オッペルによって、より細かい時代区分の単位となる階や、特定の化石種(おもにアンモナイト)によって特徴づけられる化石帯の概念が生まれ、以後の層序学の規範となりました。
【生物】
ジュラ紀の開始は三畳紀末の大量絶滅から始まっています。
絶滅は地上と海洋の両方でおき、地上の方が数百万年早かったと言われています。
海洋生物の20%と恐竜・翼竜・ワニ以外の祖竜(主竜類)、獣弓類が死滅し(最近日本で白亜紀の地層から化石が見つかっているのでこの説は疑問視されているそうですが、少なくとも衰退したのは間違いないようです)、最後の巨大な両生類もこのときにほぼ姿を消しました。
この原因として隕石衝突など様々な説が提唱されていますが、現在は中央大西洋マグマ分布域における火山活動との関連が有力視されています。
三畳紀末期の絶滅を生き残った恐竜が栄えました。
三畳紀から相次いだ火山活動の結果、大気中の二酸化炭素濃度は高く、ジュラ紀は現在よりも暖かく、降水量も多く、湿度も高かったため、動物は種類が増え、大型化していったそうです。
海洋ではアンモナイトや、プランクトンが繁栄し、地上では恐竜が多種多様な進化を遂げました。
小型の恐竜の一部が鳥類に至る進化を果たし、始祖鳥が現れたのもこの時代だそうです。
ジュラ紀にもっとも進化した生命は海洋での魚類と、海洋で暮らす爬虫類(魚竜、首長竜など)です。
また無脊椎動物にはいくつかの新しいグループが現れました。
【植物】
植物も、種類が増え、大型化していきました。
植物ではイチョウ、ソテツなどの裸子植物が大きく繁栄し、それまで植物が無かった内陸部まで生育範囲を広げていきました。
またジュラ紀の後半には被子植物も現れました。
【岩石】
愛媛県にもジュラ紀の岩石は多く見られます。
高縄半島基部には領家帯の変成岩が見られますが、これは1億5000万年前までの地質時代で、堆積岩が原岩で、堆積した時期は化石(泥質岩からの放散虫)から、三畳紀からジュラ紀だと考えられています。
そして高温の変成作用を受けています。
三波川帯は1億3000万~2億年前からの地質時代で、三波川変成岩類からなり、東赤石山・石鎚山など四国の屋根といわれる四国山地から出石山脈・佐田岬半島にかけて、外帯側に東西に帯状に分布しています。
幅は所によっては25kmにも達しています。
三波川帯の北縁は、和泉層群と中央構造線で接しているところがほとんどです。
三波川変成岩類を構成する岩石は、緑色片岩・黒色片岩・珪質片岩をはじめ多種にわたっています。
三波川帯の南側には御荷鉾(みかぶ)帯があり、これも1億3000万~2億年前からの地質時代です。
御荷鉾帯は、玄武岩類などの火成岩を主とする岩体で、もともとは海洋地殻や海山、海洋島の一部だったと考えられています。
連続した帯はなしていないのですが、三波川帯の中で南側に点在しています。
主な分布地は徳島県では赤帽子山の東西、 高知県では笹ヶ峰周辺、愛媛県では旧美川村の置俵~大洲市菅田にかけての広範囲と八幡浜市横平地区周辺付近です。
御荷鉾帯の岩石は、玄武岩、輝緑岩や斑れい岩質の緑色岩のほか、凝灰岩などのみかぶ緑色岩類から構成されています。
御荷鉾帯の南に秩父帯があり、御荷鉾帯が一種の構造線となっています。
秩父帯は1億5000万年前までの地質時代で、東西の断層によって北帯・中帯(黒瀬川帯と呼ばれることもあります)・南帯(三宝山帯と呼ばれることもあります)に区分されています。
黒瀬川帯の分布は、高知県では越知町周辺、愛媛県では西予市城川町が有名です。
北帯は、三畳紀~ジュラ紀の地層からできていて、変成作用を受けています。
中帯は、蛇紋岩に取り込まれたさまざまな時代の地層や岩石やシルル紀の石灰岩、三畳紀の浅海の地層なども含まれています。
南帯は、ジュラ紀から白亜紀の地層からなり、変形作用を受けていません。
【気候】
今より気温が高く、北極圏の近くでも平均気温が15度くらいだったといわれています。
気候が温暖だった原因は、活発な火山活動にありました。
火山活動によって、大気中の二酸化炭素濃度は、現在の20倍にまで達していました。
その結果、大量の二酸化炭素が熱を閉じ込め、地球の平均気温は現在より10度以上も高かったと考えられています。
ジュラ紀の温暖な気候が植物を育んだことで、植物を食べる恐竜が増え、恐竜たちの繁栄につながったそうです。
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