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京都府で、昭和の初期に賑わった愛宕山鉄道

京都府で、昭和の初期に賑わった愛宕山鉄道を紹介します。

愛宕山鉄道(あたごさんてつどう)は、現在の京都府京都市右京区の嵐山駅から清滝駅までの普通鉄道路線(平坦線)と、清滝川駅から愛宕駅までのケーブルカー(鋼索鉄道)です。
京阪電気鉄道と京都電燈の共同出資会社が、愛宕山の愛宕神社へ向かう参詣路線として建設され、あわせて同社の手により山麓の清滝に清滝遊園地が、また愛宕山にホテルや飛行塔のある愛宕山遊園地、スキー場、テント村などが設置されて賑わったそうです。
その後、戦時中に全線が不要不急線に指定されたことから廃線となり、戦後も復活することはありませんでした。
廃線と同時に、ホテルなどの観光施設もすべて閉鎖され、復活することなく自然に還ることとなり、愛宕山地区のリゾート施設は幻と消えてしまったそうです。

開業は、1929(昭和4)年7月25日、愛宕神社の「千日詣(まいり)」でした。
清滝川-愛宕駅間約2kmを約11分で結び、トンネルと橋が6カ所ずつあり、車窓から見る景色は変化に富んだと言われています。
ケーブルの全長は2130m、高低差は638.83mあり、大津市に現存する坂本ケーブル(長さ2025m、高低差480m)を上回り、当時は「東洋一」をうたっていたそうです。
現在は廃線なので、清滝川駅跡から愛宕駅跡までは徒歩で往復約4時間を要するそうです。
会社沿革としては、
1926年(大正15年)11月25日 - 愛宕登山電気鉄道に対し鉄道免許状下付。
1927年(昭和2年)8月1日 - 愛宕登山鉄道を愛宕山鉄道に変更し会社設立。
1928年(昭和3年)6月 - 平坦線・鋼索線起工。
1929年(昭和4年)1月 - 鋼索線建設資材運搬用の貨物用架空索道開業。
1929年(昭和4年) - 平坦線・鋼索線を順次開業。愛宕山にテント村、スキー場を順次開業。
1930年(昭和5年)7月20日 - 愛宕山ホテル、飛行塔開業。
1944年(昭和19年) - 鋼索線・平坦線を順次廃止。観光設備も閉鎖。
1959年(昭和34年)10月31日 - 解散。
なお、戦後には、親会社であった京阪神急行電鉄や京福電気鉄道に再建や合併を申し入れたそうですが、両社とも戦後復興に手一杯で支援はできませんでした。
このため再建を断念し会社を解散しています。
その後1967年になって「愛宕登山鉄道」という別グループにより鋼索線の再建が発表されたが、実現することはありませんでした。

ケーブル愛宕駅跡(番外編・後編)
これだけ見ると参道みたいですが、これが鉄道路線跡です。
溝の左右のコンクリートの上にレールが敷かれていたようです。


この写真は、基礎部分が崩れて、コンクリートも片側が欠損しています。
放っておくと危険な箇所がいっぱい出てきているようです。

ケーブル愛宕駅跡(番外編・前編)
トンネルも6つあるそうです。
このトンネルは向こう側が見えていますが、このうち2つは内部が崩壊していて、非常に危険な状態になっているそうです。


ケーブル愛宕駅跡です。
階段状のホームで、駅舎は柱が鉄骨むき出しになった廃墟となっており、いつ崩壊してもおかしくない状態です。
写真を撮影した季節は冬に近い頃ですが、枯れ枝や蔓が生い茂ってより廃墟のイメージになっています。

ケーブル愛宕駅跡
上と同じケーブル愛宕駅跡ですが、新緑の季節なので上よりは廃墟のイメージが少ないかなとは思います。

ケーブル愛宕駅跡(前編)
ケーブルが到着するところです。

ケーブル愛宕駅跡(後編)
中はがらんどうの床で一部改札等の基礎のみ残っています。
2階建ての建物で、2階への階段が見えます。
階段を上がりきったら、そこから鉄ハシゴで屋上に行けるそうです。
屋上は亀岡側の展望が素晴らしいとのことです。
かつては、ホテル、飛行塔を備えた遊園地が近くの山上にあったそうです。

戦前の愛宕山鉄道鋼索線。清滝川-愛宕を11分で結んでいた


























戦前の愛宕山鉄道鋼索線です。
清滝川-愛宕を11分で結んでいたそうですが、現在は愛宕駅跡まで歩いてくるのに4時間はかかるみたいです。
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