中国の北京からの黄砂が日本に

日本では、黄砂が観測されています。

中国の北京で、4日からひどい黄砂に見舞われ、その黄砂(こうさ)は、だいたい2日くらいで日本に来る予定でした。
松山市には、6日の午前中に今年初観測されました。
それから後も、7日から8日にかけても、松山市だけでなく、西日本から北日本の広い範囲で観測されたようです。
7日から8日かけて黄砂を観測したのは、愛媛県だけでなく、北海道、青森、岩手、宮城、秋田、山形、福島、茨城、群馬、新潟、富山、石川、福井、長野、岐阜、静岡、愛知、三重、滋賀、京都、大阪、兵庫、奈良、和歌山、鳥取、島根、岡山、広島、山口、徳島、香川、高知、福岡、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島の各府県にある気象台でした。
視程は、10km以下で風景がぼんやりとかすむようになり、5km以下で車や洗濯物への付着が目立つようになり、2km以下では航空機の離着陸などに影響が出るようです。

現在の日本では、黄砂が観測されると中国のせいと、はっきりと言えますが、昔の日本は中国と同じでした。
昭和10年代頃には、自動車の台数が飛躍的に増え、その排気ガスの増加に伴い、目・鼻・気道への刺激を特徴とする現象が現れるようになりました。
それまでの煤煙を主体とし、霧を伴っていたロンドン型スモッグとは違い、晴れた日の昼間に発生し霧を伴わなかったのが特徴で、大規模な発生が報告されたアメリカのロサンゼルスの名をとって「ロサンゼルス型スモッグ」、「光化学スモッグ」と呼ぶようになりました。
人間活動によって大気中に放出された硫黄酸化物と窒素酸化物などが太陽からの紫外線を受けて生成される光化学オキシダントが原因でした。
光化学オキシダントは、生成されるまで時間がかかるため、発生源が沿岸部でも沿岸部が高濃度になることは少なく、沿岸部の汚染が流れ込んできた内陸の方で高濃度が観測されることのほうが多いという特徴があります。
そんな日本で、光化学スモッグが広く知れ渡ったのは、昭和45年(1970年)7月18日に東京杉都が初めて光化学スモッグが発生したと推定してからだそうです。
梅雨前線が弱まって東京で2回目、20日ぶりの真夏日となったこの日、東京都杉並区で運動中の女子高生が突然吐き気を訴え、43人が入院するという騒ぎとなりました。
翌日の朝日新聞では、「新しい公害。海の向こうの大気汚染都市ロサンゼルスで多発が知られているだけの『光化学スモッグ』―オキシダントと硫酸微粒子の霧が住宅街の一角を襲って、次々と女生徒をうずくまらせた。」と報じています。
日本の光化学スモッグ注意報などの発表延べ日数は、昭和48年に300日以上のピークに達しています。
昭和54年には100日以下に減少しましたが、その後再び100日から200日前後に増加し、平成8年や平成19年には200日を超えるなど、21世紀に入っても、ときどき多く発生しています。

海に囲まれた日本では、10年以上前までは、越境汚染は特に問題とならなかったのですが、その後の韓国や中国のめざましい経済発展に伴って発生した多量の大気汚染物質が偏西風などに乗ってきます。
今から10年前の、平成19年は、春から夏にかけて、ときどき西日本を中心に広い地域で光化学スモッグ注意報が発表されました。
中でも、移動性高気圧に被われた5月8日から9日にかけては、九州北部から関東では、自動車の通行量が少なく、大気汚染物質を排出する工場等が近くにない山奥や離島も含めて20都府県で光化学スモッグを観測し、目やのどの痛みを訴える人がでました。
この時の日本では、汚染物質の排出が減っているので、環境対策が遅れている中国のせいではと大きく報道されました。
越境汚染とは、汚染物質が国境を越えて発生源から遠く離れた地域まで運ばれることを言い、大気経由で汚染物質が運ばれることが多いのですが、川経由や汚染物質を取り込んだ魚などの移動による汚染もあります。
ヨーロッパ諸国や北米では早くから越境汚染が問題となっていました。
酸性雨等の越境大気汚染の防止対策を義務づけたり、酸性雨等の被害影響の状況の監視・評価、原因物質の排出削減対策などを定めた「長距離越境大気汚染条約(LRTAP:Convention on Long-range Trans-boundary Air Pollution)が昭和58年に発効しています。

平成19年に、新潟県と大分県で、観測史上初めての光化学スモッグ注意報が発表されました。
日本で公害が大問題になっていた時でも発表がなかった両県での発表は、日本での原因だけでなく、日本以外の原因があることを示唆していました。
つまりは、この頃から越境汚染があったことを裏付けています。
大気汚染では、世界の多くの国で直径が10マイクロメートル以下の粒子「PM10」を観測してきましたが、1990年代後半からは、観測技術が向上してきたことから、人体への影響が深刻な、より小さな粒子、直径が2.5マイクロメートル以下の粒子「PM2.5」の観測が始まっています。
日本でPM2.5が一般の人に注目されたのは、4年前の平成25年(2013年)1月~2月に、中国の影響を受けて日本のPM2.5濃度が上昇したときが初めと思われます。
しかしこの時も、過去に比べて極端に数値が大きくなったわけではありません。
一般的にはPM10が多ければ、PM2.5も多いと言えますが、単純ではないそうです。
小さくなればなるほど、工場や車から発生する人為発生の粒子の割合が増えてくるからです。
このため、比較的粒子が大きい黄砂の予報と非常に粒子が小さいPM2.5の予報は別物だそうです。
これは、小さい粒子ほど、地表付近まで落下するのに時間がかかるなどの理由からです。

黄砂は、古くから東アジア各地で知られる気象現象だそうです。
中国や韓国の紀元前の歴史書、日本の江戸時代の文献などにも関連する記述があり、春の風物詩“春がすみ”や“おぼろ月”も黄砂による現象ではないかと言われています。
英語では「アジアン・ダスト」(Asian dust)と呼ばれる黄砂は、1年のうちでもこれから3~5月がピークだそうです。
近年の研究では、花粉症などのアレルギーや呼吸器系の疾患との関連が指摘され、黄砂粒子に大気汚染物質や病原微生物も付着していることが明らかになるなど、もはや“風流”を通り越して、事態は深刻になっています。

発生のメカニズムを調べてみました。
気象庁や環境省などによると、黄砂が起きるのは、中国大陸内陸部にあるゴビ砂漠やタクラマカン砂漠、黄土高原の砂塵(さじん)が強風によって大気中に舞い上げられ、それが上空の偏西風によって運ばれながら地上に降下するからだそうです。
春に発生が多いのは、冬の間シベリア高気圧の影響で風が弱く、降雪にもおおわれていた同地域が、春になって高気圧の勢力が弱まり、低気圧が発達しながら強風を伴い相次いで通過するためのようです。
夏以降は植物が多く、雨も降るようになるため、黄砂は少なくなります。
大気中に舞い上がった黄砂粒子のうち、粒径が10マイクロメートル(1マイクロメートルは1ミリメートルの1000分の1)以上の比較的大きな粒は重力によってすぐに落ちますが、それよりも小さな黄砂の粒子は、偏西風によって遠くまで運ばれます。
中央アジア起源の黄砂粒子が太平洋を横断し、北米大陸やグリーンランド、さらには欧州アルプスまで到達したとの報告もあります。
.これらの黄砂の粒子には、石英や長石などの岩石の鉱物や、雲母や緑泥石などの粘土鉱物が多く含まれ、全体の62%は二酸化ケイ素(SiO2)が成分です。
二酸化ケイ素にはアレルギー反応を高める作用があり、黄砂現象の発生時には、花粉症や気管支ぜん息の症状が悪化し、小児ぜん息で入院するリスクが高くなります。
中国や韓国などの調査でも、呼吸器系感染症や肺炎、心筋梗塞や脳卒中、アレルギー性鼻炎や結膜炎などの患者数の増加が、みられているそうです。
さらに、黄砂粒子からは、アンモニウムイオンや硫酸イオン、硝酸イオンなどの大気汚染物質も検出されており、輸送途中で人為起源の物質を、取り込んでいることが分かってきました。
また、金沢大学など国内外の研究者らは、カビや酵母、土壌に生息する枯草菌、肺の化膿性炎症を起こす細菌類も、黄砂粒子に付着していることを明らかにしています。
大分県立看護科学大学の教授である市瀬孝道さんは、「黄砂は微生物を運ぶ箱船として注目される」と、2009年に指摘しており、今後は、いっそう注意が必要になります。

今週の週末もまた中国からの越境汚染である黄砂が飛来するようです。
注意してもどうしようもないのですが、せめてマスクの用意くらいはしないといけないようです。

スポンサーサイト
最新記事
カテゴリ
リンク
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ
カウンター
検索フォーム
QRコード
QR