小笠原諸島の空港建設について

「東洋のガラパゴス」とも呼ばれるほど、稀少な固有種が豊富な小笠原諸島には民間空港がありません。

東京都小笠原村は、東京から約1,000km南に位置し、唯一の交通手段は6日に1便の船便だけです。
東京 - 父島間にのみ、定期船「おがさわら丸」が就航しており、所要時間は片道25時間半を要しています。
人口は父島に約2,000人、母島に約500人住んでいます。
動植物が独自の進化を遂げており、2011年には世界自然遺産に登録されています。

今や離島も含め日本中いたるところへ空路が伸びているというのに、現在では、この小笠原だけは25時間半かかる航路が唯一の交通手段という状態でとり残されていおり、それも6日に1回のみです。
つまり、25時間半かけて行っても、帰りはほぼ一週間は帰れないことになります。
小笠原に航空路を開設しようという動きは昔からありました。
まずは、小笠原諸島が日本に返還されてから1年後の1969(昭和44)年8月、父島の北に隣接して浮かぶ兄島を飛行場の建設候補地として、国による実地調査が行われています。
そして、東京都は1988(昭和63)年に最初の計画を打ち出しています。
その翌年の1989(平成元)年に、ようやく兄島への空港建設が決定しました。
村は喜びに湧いたそうですが、結局は着工されることなく、都はこれを断念しています。
その後1991(平成3)年に国が整備方針を発表し、1995(平成7)年には父島の北隣にある無人島・兄島に空港を建設する計画を決めましたが、翌1996(平成8)年に当時の環境庁の反対で白紙になった経緯があります。
今度は、1998(平成10)年に東京都が父島の時雨(しぐれ)山を候補地として調査したのですが、これも3年後に撤回しています。
環境破壊のおそれが強い飛行場がダメなら、海路の高速化なら問題はないだろう、ということで国と東京都は「海の新幹線」とも言われる超高速船「TSL」を2005年に建造していますが、燃料費の高騰などから一度も使われることなくお蔵入りしています。

そして2008(平成20)年、父島の洲崎地区を有力候補地として、またまた飛行場建設の検討が開始されています。
その時に航空路を開設するための「たたき台」として、4つの案が出されました。
①父島・洲崎地区活用案
②水上航空機案
③硫黄(いおう)島活用案
④聟島(むこじま)案
このうち、4番目の聟島案は、国立公園の特別保護区域が拡大したことで、飛行場の建設が実現不可能として外されています。
1番目の「父島・洲崎地区活用案」は、同地にプロペラ機が離着陸可能な空港を整備するという計画です。
既に気象・海象観測が行われており、現時点では最も実現可能性が高いとも言われています。
2つ目の「水上航空機案」は、父島で急病人が発生した際の搬送に使われている防衛省の「US-2」という水上飛行艇を民間転用しようというもので、二見湾付近に水上空港を作る計画です。
3番目の「硫黄島活用案」は、同島内にある防衛省の滑走路を使い、東京~硫黄島間をジェット機で、硫黄島と父島間をヘリコプターで連絡する案となっています。
洲崎と水上飛行艇案は自然環境への影響、硫黄島案は火山活動による安全性確保など、いずれも克服すべき課題は横たわっています。
ここで、先に述べた「TSL」ですが、環境への影響が強く、賛否が割れている状況で空港を長期間かけて整備するより、超高速船「TSL」を就航させることはできないのでしょうか。
115億円もかけたプロジェクトだったと聞きます。
これを、放置したままでは勿体なさすぎると思います。
波を乗り越える力が弱いために就航率低下の懸念があるのなら、「おがさわら丸」と併用で、臨時便として運航させる方法もあるでしょう。
旧東日本フェリー(現津軽海峡フェリー)が開発した高速船は、燃料費高騰で定期運航をやめたのですが、多客時だけ臨時便の形で運航を続けています。
「おがさわら丸」の3倍かかるとされる燃料費の問題も、空港建設にかかるコストやその後の維持費、補助金と比べると、私は安価だと思いますが。

今年になって、自民党の二階俊博総務会長が、東京五輪が開かれる2020年までに東京都の小笠原諸島・父島に1,200m規模の空港を完成させたい意向を示しています。
「丸川珠代環境相と16年に現地を訪問する約束をした」と話し、その際に結論を出すとしています。
環境保護を訴えて空港建設に否定的な環境省に対して「環境省にも責任がある。省から庁へ戻ってもらわねばならない」と感情的になる場面もあったそうです。

1999年から2012年まで東京都知事をつとめた石原慎太郎さんも計画に否定的な見方を示していました。
2011年5月13日の当時の知事であった石原さんの定例会見では、
「洲崎のあそこ埋め立てて、かつて、日本の海軍が小さな飛行場持った訳ですけれども、飛行機の性能も違ってきたし、それから環境問題もうるさくなってきたんで、洲崎に飛行場を作るのは非常に難しい。かと言って、兄島、いろいろ珍しい生き物があって、かつての環境庁が反対して頓挫しましたが。いいんじゃないですか、行かない方が、人が。船動いているんだから。日本人は船に乗る旅行に慣れてないかもしらないけれども、この日本の中で、20数時間かかってしか行けないところがあるのも、私は結構なことと思います。海好きだから言う訳じゃないけれども」。
「飛行機で行って見てすぐ帰ってくることもないと思う。あそこは、新しい島民が増えて、価値観というのか、情念の違う新島民が出来てきて、その連中は、飛行場つくること反対です。私は、それは、島民としてあそこに住み着いて、島を愛している人間達の、ある意味で一つの意思だと思うし、どれが賛成、どれが反対ということじゃなしに、私は、そういう村民もいるということ、彼ら、小笠原、非常に評価して、一生そこで過ごそうということであそこに住み着いているということも、とても大事な自然と人間の関わりの表示だと思います」。
飛行場の建設となると、1千億円を超える事業費がかかるそうですが、小笠原に飛行場が建設できない最大の原因は、自然環境の保護という面に尽きるそうです。

空港推進派の人たちの主な理由は、急病人の搬送に空港が必要だというものだそうです。
村営の診療所で分娩や手術はできず、緊急の場合には自衛隊に本土への搬送を要請しています。
そして、要請から病院収容までは平均9時間半かかり、1980年以降では新生児を含む9人(新生児含む)が搬送待ちや搬送中に死亡したという経緯もあります。
一方で、反対派は島やその周辺の豊かな自然を理由にあげています。
空路開設により人や物の出入りが多くなると、今以上に外来種の影響を受けやすくなるという懸念もあります。
2015年に環境省が兄島で行った調査では、固有生物で絶滅危惧種のカタツムリ・カタマイマイ属が、外来種のクマネズミに捕食されて激減していることが分かっています。
東京都の担当者は「国と都、村が連携して島の固有生物を脅かす外来種の侵入防止や、駆除対策を強化することが必要」と話しています。 
小笠原諸島は、ガラパゴス諸島と同様、過去に一度も大陸と地続きになったことのない海洋島です。
その一方で、入植の歴史は1861年に江戸幕府が出した開拓の通告からと、島の歴史から見れば非常に浅いものです。
飛行機がくると、自然破壊はとんでもなく速く進むことはほぼ間違いありません。
「生活」をとるのか「環境」をとるのかという大事なことでも、今の政治家の判断が尊重されると思います。
あれだけの原発事故がありながらでも、原発再稼動へと向かっている政治家のすることは信用はできませんが。

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上図は、東京防衛施設局 施設部施設管理課の資料です。
戦前の父島の地図の中に、洲崎飛行場の地図が縮尺付きで掲載されています。
恐らく後から書き込まれたと思われますが、洲崎飛行場の箇所に、「旧飛行場 1500m」と書かれてあります。
実際に縮尺で正確に測ったところ、最大で1100mだそうです。
ただし、洲崎飛行場は戦前、滑走路は最大で800mしかなかったと言われていました。
しかし、米軍資料の文書の記述しか証拠がなく、地図として裏付ける資料もありませんでした。
今回、この地図で、米軍資料を裏付けることになりました。
ただし、地図の実寸で測ると1100mなのに、なぜ「旧飛行場 1500m」と書かれてあるのかという疑問はありますが、実際、1100mの滑走路は、波の影響などで720m(2400フィート)まで減少したことも米軍資料に記されています。

無題5.png
上の地図に、旧洲崎飛行場があったと思われるところを示しています。
滑走路の長さについては、いろいろな資料により、500m、600m、700m、800m、1,000m、1,100m、1,500m と様々な数字が並んでいるのですが、地図通りに作図して測ってみると、ピッタリ500mでした。
上図のように滑走路の両端は海岸が迫っており、流石に800m以上は無理と思いますが、この滑走路はあまりに短か過ぎて事故が続出したため、計画では500mであるものの、高低差を考慮に入れると650m位の長さはなんとかとれそうに見えます。
ただし、ここに1,200m規模の飛行場を建設するのなら、海を利用するしかないと思います。
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