早明浦ダムと大川村

早明浦ダムの話をします。

早明浦ダム(さめうらダム)は、高知県長岡郡本山町と土佐郡土佐町にまたがる、一級河川・吉野川本流上流部に建設された多目的の重力式コンクリートダムです。
本川村瓶ヶ森を源とする吉野川は、その支流の水を集めながら、早明浦ダム湖へと注ぎ、­徳島県へと流れています。
四国一の大河で流路194kmあります。
早明浦ダムは、­吉野川総合開発計画に基づくもので、昭和42年(1971年)に着工し、昭和48年(1977年)に完成しました。­
・堤高・・・・106.0 m
・堤頂長・・・・400.0 m
・堤体積・・・・1,200,000 m³
・流域面積・・・・472.0 km²
・湛水面積・・・・750.0 ha
・総貯水容量・・・・316,000,000 m³ (3億1,600万トン)
・有効貯水容量・・・・289,000,000 m³ (2億8,900万トン)
早明浦ダムは、多目的ダムとして西日本一の規模を誇り、貯水量は全国第4位です。
四国4県に分水され、「­四国の水がめ」として、多くの人々の暮らしや産業を支えるとともに、流域の洪水被害も­軽減しました。

こうして、ダムが完成すると渇水対策や洪水対策には効果があるのですが、ダムが完成することによって沈んだ集落があるのも現実です。
大川村(おおかわむら)は、早明浦ダムの完政により、村役場を含め村の大部分が水没したことで有名です。
ピーク時に約4,000人いた人口は白滝鉱山の閉鎖、そして、早明浦ダムの完成による集落の水没などがあり、約500人まで落ち込みました。
2005年(平成17年)11月27日に、日本の離島以外の市町村の中で最も人口が少ない村となりました。
2016年2月1日における推計人口は、402人だそうです。

早明浦ダムは、経済安定本部が示した当初の計画では、堤高72.0m、総貯水容量1億4,700万トンであり、現在の規模の半分でした。
その当時は、下流に小歩危ダムが建設される予定であり、この小歩危ダムの方が大規模でした。
しかし小歩危ダムは、計画の度重なる縮小があり、そして中止になりました。
また当初一緒に建設される予定であった、早明浦ダムより上流に計画されていた桃ヶ谷ダムは1950年の段階で計画が中止されました。
このような状況になると、早明浦ダムの規模は徐々に拡大することになり、もしダムが建設されると奈良県の池原ダム(北山川)に次ぐ西日本最大級の人造湖が誕生することになります。
そして、これにより本山町、土佐町及び大川村の2町1村で385戸・387世帯が水没の対象となりました。
この水没世帯数は当時としては大規模な部類であり、1960年(昭和35年)に建設省がダム計画の構想を発表すると同時に猛烈な建設反対運動が巻き起こりました。
特に大川村の場合は村役場を始めとする村内の主要公共施設を含め、主要集落の大部分が水没することになります。
加えてダムが完成した後の固定資産税はダム所在地である本山町と土佐町に配分され、大川村には入りません。
こうしたことからダム建設に全くメリットがない大川村は官民一体となった反対運動を繰り広げることとなりました。
このパターンは、現在でも反対運動が繰り広げられている、群馬県の八ッ場ダム(吾妻川)での吾妻郡長野原町、熊本県の川辺川ダム(川辺川)での球磨郡五木村と全く同様のケースでした。
大川村には「ダム建設反対」の立看板が至るところに設置され、中切地区に立てられた「ダム建設絶対反対」の大看板を筆頭にその数は600箇所にも上ったとされています。
さらに1968年(昭和43年)には大川村民大会が開かれ全村民が参加し全会一致で「ダム建設絶対阻止」を議決しています。
大川村当局は新たに村役場庁舎を新設し、ダム事業への抵抗をあらわにしました。
現在でも、渇水時になると現れるこの庁舎はダム建設に反対する村役場当局が抗議意思の強さを示すものとして、ダム建設計画後にあえて想定水没地に建てたものだそうです。
この庁舎が建っている所は、ダム建設前には、洪水になっても絶対に浸水しない高台でした。
また、高知県側の犠牲が大きいにも拘わらず、高知県が得られる高知分水への利水率はわずか4%しかなく、地元民に対しての分水率はゼロであったため、このことも公団側と激しく対立する要因となりました。
こうした激しい反対運動によって住民との補償交渉はダムの試験湛水中にまでもつれ、1963年の調査開始から10年余に及ぶ長期の交渉となりました。
最終的には、補償総額125億5,000万円(当時の推定額です)で妥結し、これとは別に電源開発による早明浦発電所建設補償費が2億9,200万円(当時の推定額です)が支払われたそうです。
しかしこれら主要集落が水没したことで大川村の過疎化はより加速することになり、住民は四国四県の新たな水資源開発のために住み慣れた故郷を永久に失うという犠牲を払いました。

この早明浦ダムですが、利水目的では吉野川北岸用水・香川用水・愛媛分水・高知分水を利用し四国四県へ供給しています。
灌漑用水は高知県を除く三県に対し平均で通年毎秒3トン、農繁期に毎秒11.96トンを供給し、上水道・工業用水道は四国四県にそれぞれ一日量で440,000トン、1,420,000トンを供給しています。
①徳島県への利水配分率は48%と最も大きく、吉野川北岸用水の水源として利用されるほか、慣行水利権分の不特定利水補給が行われています。
②香川県への利水配分率は29%で、池田ダムより取水した吉野川の水を香川県に送水しています。
ただし、吉野川の異常渇水で、下流の水利権者に影響が出ると予想されるときには香川県は水利用の制限、または停止されるそうです。
③愛媛県への利水配分率は19%で、早明浦ダム完成によって徳島県への慣行水利権分の不特定利水が補給されることから、柳瀬ダム完成時に愛媛・徳島両県で合意していた柳瀬ダムの責任放流が廃止され、間接的にではありますが、四国中央市への利水が強化されました。
④高知県への利水配分率は4%と最も少なく、ダムの水は瀬戸川から地蔵寺川へ2つの取水堰を通じて四国山地を縦断し、鏡川に建設された高知県営ダムである鏡ダムに流路変更され、高知市の上水道に供給されるています。

早明浦ダムによる各新規用水の総合開発量は年間8億6,300万トンです。
とりわけ、香川県には大きな河川がなく、同県の水利用は、水道使用量の50%を占める香川用水へ依存している所が大きく、香川用水は、この早明浦ダムを中心として開発された新規用水であり、香川県の水利用において早明浦ダムの果たしている役割は非常に大きいものです。
それと同時に早明浦ダムの渇水は、まず香川県の水事情に大きく影響します。
また、ダムが高知県長岡郡本山町にあるため、渇水になると高知県内も生活用水に影響があるのではないかと思われがちですが、高知県側への利水配分は前述の通りわずか4%に過ぎず、状況によっては高知分水への放流を完全にカットすることもあります。
このことより高知県側は早明浦ダムの渇水による影響は少ないと言えますが、高知県は四万十川や仁淀川などの大きい河川があるので早明浦ダムよりの取水にはあまり期待していないのも当然でしょう。
愛媛県は、早明浦ダムの渇水では、四国中央市が影響しますが、富郷ダム、新宮ダム、柳瀬ダムもあるので香川県ほどではありません。

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早明浦ダムの渇水中の底には、旧・大川村役場が、貯水率が30%ぐらいになると顔を出します。

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ここ2~3年くらいはまだ顔を出していませんが、顔を出すと香川県は一番ピンチです。
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