弥陀ヶ原高原の「池塘」

富山県に立山がありますが、そこの標高2000m付近の湿地帯に「餓鬼田」があります。

立山(たてやま)は日本の飛騨山脈(北アルプス)北部、立山連峰の主峰で、中部山岳国立公園を代表する山の一つです。
雄山(おやま、標高3,003 m)、大汝山(おおなんじやま、標高3,015 m)、富士ノ折立(ふじのおりたて、標高2,999 m)の3つの峰の総称です。
立山は古来より霊山として崇められ、この世に天国と地獄を見ることができる立山曼荼羅(悟りの世界)でも有名なところですが、ここの弥陀ヶ原高原に「餓鬼田」があります。
「餓鬼田」は、「池塘」と言われる小さな池のようなものです。
「池塘」(ちとう)は、「地塘」「池溏」とも書きますが、これは湿原の泥炭層にできる池沼です。
高層湿原が形成される過程において、堆積した泥炭層の隙間が水で涵養された部分ができますが、これが「池塘」であり、周囲とは隔絶された環境であるため、独特の生物相ができています。
そして、「池塘」と「池塘」の間は地上、地下の水路でつながり、時に泥炭層の一部が浮島として浮遊することもあります。
「池塘」は池沼の堤を、「池溏」は池沼の水をそれぞれ指すという説もあり、中国語の「池塘」は日本語における一般的な池を表し、湿原の泥炭層にできるものに限定されないそうです。
弥陀ヶ原高原は標高約1,600~2,100mに広がる大草原で、「餓鬼田(がきだ)」または「餓鬼の田圃」と呼ばれる「池塘」は、標高2000m付近の湿地帯に多く分布しています。
名前の由来として、餓鬼道に落ちた亡者が、飢えをしのぐために田植えをしたところからつけられたと言います。
しかし、稲が実るはずもなく、この餓鬼田と地獄(地獄谷)が結びつき、餓鬼伝説が作りあげられたようです。
「餓鬼田」という名称も立山らしい用語ですが、仏教でいう「餓鬼」とは、悪業の報いとして餓鬼道に落ちた亡者のこと、やせ細って、のどが細く飲食することができないなど、常に飢渇に苦しむという、仏道では生前に贅沢をしていたものが落ちるとされる地獄のことをいうそうです。
立山は、先に述べたように、古来より霊山として崇められ、この世に天国と地獄を見ることができる立山曼荼羅でも有名なところで、弥陀ヶ原に点在する池塘を「餓鬼田」と呼んで地獄に見立てる発想が生まれたそうです。
亡者が餓鬼道に落ち、その空腹を癒すために田んぼのようにも見える「池塘・餓鬼田」に苗を植えて空腹を満たそうとしたことから、この弥陀ヶ原の「池塘」が「餓鬼田」と呼ばれるようになったとの言い伝えがあります。
ただ実際に見える「餓鬼田」に生えているのは稲ではなく当然高層湿原の草木です。
弥陀ケ原の泥炭湿原の「池塘」は、多量の積雪や低温多湿な環境で発達したものです。
ここに生える稲のような草は、ミヤマホタルイというカヤツリグサ科の植物で、周囲にはワタスゲの群落やモウセンゴケなどの湿生植物が見られています。
近年は乾燥化の影響か、以前に比べて数が減っているとも言われています。


写真のように、大小様々な「地塘」があります。
これは、多量の雪や水によって、表土が移動するために出来たと考えられています。
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