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重信川の旧河道と地下水について

家庭で井戸があれば便利なのですがどこを掘っても水が出るわけではありません。
当社も、今までの実績でここなら大丈夫と言える場所はありますが、今回は重信川の流路変遷から推定する河道について考えてみたいと思います。
つまり現在の重信川が形成される前の旧河道は透水性が高く地下水は豊富であると推定出来るからです。

まず最初の流路(第一期流路)は今から550~860年前です。
この当時は新横河原橋の1km上流(東温市菖蒲地区)より2ルートに別れ、一方は愛大医学部~志津川八反地~田窪堀池~牛淵~西林寺~土居町北沖~松山インターの300m北側で他方のルートと合流しています。
他方は、刑務所~見奈良広坪~高速道路沿いを南高井町~森松町本村~山インターの300m北側で他方のルートと合流しています。
合流後は中川原橋の1km上流で重信川を交差し、松前町恵久美~古泉~松前城跡を通り伊予灘に流下しています。

次の流路(第二期流路)は今から400~550年前です。
ここでも2ルートに別れており、一方は第一期の刑務所~見奈良広坪~上林大橋の北側までは同じですが、それから重信大橋まで現在の重信川の右岸を通ります。
重信大橋を交差し、砥部町赤坂泉の500m下流で他方のルートと合流しています。
他方は川内IC~重信川の南側を通り、東温市下林森之木~津吉町鶴羽~東方団地の200m南側~医療技術短大~砥部町赤坂泉の500m下流で他方のルートと合流しています。
合流後は松前町徳丸中組~伊予神社~北黒田を通り伊予灘に流下しています。

次の流路(第三期流路前期)は今から300~400年前です。
新横河原橋までは現在と変わらず、そこから重信川の左岸側を通り上重信橋~東温市下林開発~東方団地~医療技術短大~砥部町赤坂泉~松前町徳丸東組~神崎~北黒田を通り伊予灘に流下しています。

次の流路(第三期流路後期)は今から300年前です。
上林大橋までは現在と変わらず、そこから重信川の左岸側を通り中野町~大橋町~砥部団地~砥部町赤坂泉となりその後は
第三期流路前期と同じルートになっています。

ここで出てきた地名は旧河道と推定されているため地下水の豊富な地区であると思われ、また当社の実績でも井戸水はよく出ているところがほとんどです。

株式会社NTO
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