西之島の溶岩原

まだまだ西之島では、噴火が活発だそうです。

海上保安庁の10月17日の発表では、西之島は、北側に広がる水深約10mの浅い海域に大量の溶岩が流れ込み、「溶岩原」と呼ばれる平原を形成しているとのことです。
新たにできた陸地面積は東京ドームの約40倍の約189ヘクタールとなり、さらに拡大する勢いと想定しています。
この状況は、同庁が10月16日の午後、航空機で上空から観察しました。
島の中央部に3カ所の火口を確認し、1カ所から1分間に5〜6回、溶岩片を伴う褐色の噴煙が上がっていたそうです。

北側(下)に広がる浅い海域に大量の溶岩が流れ込み、「溶岩原」と呼ばれる平原を形成している小笠原諸島・西之島=16日午後(海上保安庁提供)
北側(写真下側)に広がる浅い海域に大量の溶岩が流れ込み、「溶岩原」と呼ばれる平原を形成しています。

70年前の桜島でも、「溶岩原」が形成されていました。
現在では草木が茂って、当時の面影はありません。
西之島の70年後もこのようになるのでしょうか?
桜島の移り変わりとともに検証してみました。

昭和初期の大正溶岩です。
当時の桜島は見渡す限り全くの真っ黒い溶岩原で、
凹凸の激しい溶岩・奇石が広っていました。
この写真も上の写真と同じ頃です。
中央に見えるのが、烏島展望台付近の
大正溶岩道路です。
 
桜島観光案内板にある年代別溶岩原です。
青が安永溶岩 黒が大正溶岩 赤が昭和溶岩です。
桜島の噴火には26000年の歴史があり、
その後頻繁に爆発しているが判りやすく見れます。
安永溶岩は、安永8年(1779年)
大正溶岩は、大正3年(1914年)
昭和溶岩は、昭和10年(1935年)です。
草原時期です。
初め桜島のゴツゴツした溶岩原は栄養分や水分が乏しい
のですが、この厳しい環境にシダや苔が生え、次第に
枯れて腐蝕してダニやバクテリアが繁殖し水を蓄えます。
それにススキやイタドリが侵入繁茂します。
低木林時期です。
成長、枯死を繰り返して次第に養分を蓄え、風媒花の
クロマツや根瘤菌を共生させるヤシャブシが生育します。
充分に繁茂した極相林です。
この繰り返しで植物が繁茂し土地が肥沃になり、
鳥や動物が集まって溶岩も風化し土となり、
植物が繁茂しだします。
陽樹林・大正溶岩はすっかり風化が進んできました。
陽樹の下に蔭に沿って植物が成長する
極相林・常緑広葉樹林・安永溶岩に見られます。
ただし、昭和溶岩原は松も幼くツタもまばらで、
溶岩の風化も未だ進んでいません。
昭和30年ごろ南薩、大隅方面から
松喰い虫の被害が甚だしい時期がありました。
街道筋に風情を添えていた松並木や磯から
山川に至る海岸線の白砂青松もスッカリ枯れて
茶褐色になっており非常に悲惨な状況でした。
 















































































































参考資料
・広報さくらじま(平成4年7月)
・鹿児島県森林整備課(平成19年8月) 松喰い虫被害の仕組みと対策
・自然愛護(平成5年3月) 桜島の松はなぜ枯れ難いか?
・自然愛護(昭和50年3月) 自然保護と人間尊重



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