占守島での日本兵の遺骨発見

当ブログで、2年ほど前に「終戦後の占守島の戦い」を伝えたことがありますが、先日、ロシア政府は、日本兵とみられる5人の遺骨を発見したと発表しました。

占守島(シュムシュ島)は、太平洋戦争で日本が降伏し、ポツダム宣言受諾直後の1945年8月18日に旧ソビエト軍が突然侵攻し、武装解除を進めていた旧日本軍の守備隊と激しい戦闘になった場所で、ロシア側によりますと、双方合わせて700人以上が死亡しました。
占守島の戦い(しゅむしゅとうのたたかい)は、太平洋戦争末期の1945年(昭和20年)8月18日~21日に、千島列島東端の占守島で行われたソ連労農赤軍と大日本帝国陸軍との間の戦闘です。
何度でも書きますが、ポツダム宣言受諾により太平洋戦争が停戦した後の8月18日未明に、日ソ中立条約を一方的に破棄したソ連軍が占守島に奇襲攻撃を行いました。
ポツダム宣言受諾していたので武装解除中で無防備だった日本軍守備隊との戦闘になりました。
戦闘は日本軍優勢だったのですが、軍命により21日に日本軍が降伏し停戦が成立し、23日に日本軍は武装解除されました。
その後、捕虜となった日本兵はその後大勢が法的根拠無く拉致され、シベリアへ抑留されました。

いまさらですが、ロシア国防省は、埋葬されていない日本兵とみられる5人の遺骨を発見し、遺骨のそばには、旧日本軍のヘルメットなどが残されていたということです。
また、今回の調査で旧日本軍の水陸両用の戦車やアメリカの軍用機なども見つかったと発表しました。
実に70年も経っています。
今回は、地理学の専門家などが現地調査を行ったと言っていますが、今まで占守島の調査は何も行っていなかったのでしょうか?
そして、今発表した理由は何かあるのでしょうか?
戦史研究だけの問題ではない気がします。

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こんなにも大きい戦車が70年も経た今見つかったと言われても何か不自然です。
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