「石鎚の投げ石」という民話

昔の言い伝え話に、「石鎚の投げ石」という民話があります。

その昔、「伊曽乃の女神」と「石鎚山の男神」が加茂川の畔で出会ったそうです。
二人は恋仲となり、女神は結婚を迫ったそうです。
しかし男神は、石鎚山で修行を続けなければならないために結婚はできないと断ったそうです。
しかも石鎚山上は、その当時は女人禁制のため、同行は許されません。
男神は、「今、我の行かんとするところは、女神などの行くべきところではない。だから、しばらくここにとどまっておれ。やがて山上に着けば、三つの大石を投げるであろう。その落ちた真ん中を汝のすみかと定めよ。しからば我は常に汝のところに行きかうようであろう」と言ったそうです。
今の言葉に訳すと、「修行を終えれば結婚するのでそれまで待ってほしい。山頂から三つの大石を投げるので、真ん中の石が落ちた所に館を造って待つように」と言い山へ登ったそうです。
そして間もなく、石鎚山から三つの石が飛んで、真ん中の石が落ちたところに営まれたのが西条市の伊曽乃神社だと言い伝えられています。

この話には諸説あって、「伊曽乃の女神」と「石鎚山の男神」はもともと夫婦神であったという説もあります。
「石鎚山の男神」とは、石土毘古命 ( いはつちびこのみこと ) のことで、「伊曽乃の女神」 は天照大神 ( あまてらすおおみかみ )だそうです。
石土毘古神は、一般に家宅の守り神とされています。
日本の家屋は伝統的に木造ですが、その土台には石が用いられ、壁には土が用いられてきました。
その石と土という建築材を司る神霊という性格から、家を守り、進入してくる災厄を防除する神様です。
天照大神は、日本の神様の中で最高神の地位を占める神様で、太陽の神であり、高天原(たかまがはら)の主宰神です。
この神々が夫婦であったという可能性は、無くはないのですが、山の男神と太陽の女神が結びつくのは、無理があるというようなことを書いている文献もあります。

真ん中に落ちた大石は、伊曽乃神社の鳥居元にある大石で、他の二つは、伊曽乃神社の社寺に近い境内であったろうと思われるところにあるそうです。
土地の人々は、これを神聖視して決して手に触れないそうです。
この石を、また役(えん)の行者の片手石とも言われています。
この話は、まさしく神と神との結婚を意味するもので、仏教のにおいのない神話です。

ただ、話はこれで終わらないという説もあります。
修行がうまくいかなかったのか、はたまた心変わりををしたのか、「石鎚山の男神」は、「伊曽乃の女神」の元に帰って来なかったそうです。
「石鎚山の男神」は、怒った女神が男に変身して登ってきたらどうしようと気を揉み、思わず天に逃げ上ろうとして右足を上げてしまったそうです。
そんなわけで、右足を上げた(左足だけで立つ)石鎚大権現像があるとのことです。

イメージ 2
伊曽乃神社の一の鳥居の脇には、「石鎚の投げ石」が残っています。
大きさは、幅の長いところで1.5m以上はあります。
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