青ヶ島の二重式カルデラ

伊豆諸島の火山の島である青ヶ島を紹介します。

(1)青ヶ島とは
青ヶ島(あおがしま)は、東京の南358km、八丈島の南方65kmにある周囲約9kmの世界的にも希な小型の二重式カルデラの島です。
行政区分としては島全体が東京都青ヶ島村に属し、2014年1月1日時点での人口は170人です。
伊豆諸島の有人島としては最も南に位置し、気象庁によって火山活動度ランクCの活火山に指定されています。
島の名前の由来は、八丈島から島を見ると海の上に青々として見えることによると言われています。
いつ頃から人が定住するようになったかについては不明ですが、島の伝説(徐福伝説)によると、男女が同じ島に住むと神の祟りがあると信じられた時代があり、女人禁制の島だったとされています。
歴史上に表れるのは15世紀頃からですが、海難事故を記録したものがほとんどであり、古くから海運の難所であったことが伺えれます。
青ヶ島は第四紀火山としても知られています。
約3000年前には、大規模なマグマ水蒸気爆発が発生し、火砕サージが全島を覆ったと記録されています。
その後、3000-2400年前の間に、島の南東部にあった火口状の凹地を埋める溶岩流と降下スコリアが噴出し、また島の東部および北部に多量のスコリアが降下する噴火も発生しました。
その後、岩屑雪崩が発生し、最終的に池の沢火口が形成されたとされています。
この青ヶ島ですが、本土からの直行便はありません。
まずは八丈島を目指して、そこを中継点として海からは連絡船「還住丸」、空からは「東京愛らんどシャトル」というヘリコプターでいけます。
一日1便は出ています。
私も20年前に八丈島へは行ったことがありますが、その当時は、なかなか青ヶ島までは思いつきませんでした。

(2)青ヶ島の観光名所
島内の公的な住所はすべて無番地であり、大字等の土地登記上の行政地名は存在しませんが、集落、山、海岸、岩礁等には地名が付けられています。
①湯浜地区
・青ヶ島(三宝)港
海の玄関口があります。
漁船の船着き場が陸にあるため、出航の度に備え付けの大きなクレーンで漁船を吊り上げます。
②池之沢地区
「池之沢」という地名は、二重式火山のカルデラ部分の総称的地名です。
天明の噴火(後述)以前には大小2つの池があったことからこの名があります。
カルデラ内には「恋ヶ奥」・「金土ヶ平」などの地名があります。
・丸山
カルデラ中央の火口丘の名称で、標高223mです。
天明の大噴火(1785年)で隆起した大小二つの旧火口を持つ内輪山です。
火口内も大池、小池と呼ぶ2つの池がありました。
縞模様に見える背の低いところは、椿の木が植林されています。
・丸山遊歩道
丸山をぐるりと周れる遊歩道です。
季節の草花や鳥を観察しながらゆっくり歩いて20分ほどです。
金太(キンタ)と呼ばれる低くなった外輪山のすき間からちらりとのぞく太平洋は絶景です。
・ひんぎゃ
火の際(ヒノキワ)が語源となっているのが「ひんぎゃ」です。
池之沢地区では、島言葉で「ひんぎゃ」と呼ばれる水蒸気の噴出する穴が無数に見られます。
電気がない時代に、暖房や調理に「ひんぎゃ」を利用していました。
・ふれあいサウナ
「ひんぎゃ」の熱を利用したサウナです。
サウナ室の温度は約60度です。
自然の熱であるため、日によって温度・湿度が多少異なります。
観光客はもちろん、村民のふれあいの場にもなっています。
・地熱釜
ふれあいサウナのほど近くにある地熱釜です。
卵やじゃがいも、さつまいも、くさややプリンに赤飯まで、何でもふかせる天然の釜です。
・オオタニワタリ群生地
「谷を渡る」という語源からくるオオタニワタリです。
南方系のシダの一種で、岩の上や樹木に数段になって着生する姿はマレーシアの光景のようです。
3月から5月が芽吹きのシーズンです。
・大杉
神木の茂る「恋ケ奥」があります。
そこに位置する樹齢230年を越える杉の大木です。
ゴツゴツとした溶岩でできた森の中に神々しく立ち、苔むした幹は、青ヶ島のパワースポットです。
・大人ヶ凸部(おおじんがとんぶ)
外輪山東南に位置し、標高334mです。
・浜路ヶ平
島の東南部にあるわずかな平坦地です。
現在は無住ですが、天明の噴火以前はここに集落がありました。
・大千代
島の南東部にある岬の呼称です。
港が存在しますが、1994年頃に付近の斜面が崩落して道路が寸断されてしまったため、現在は近づくことが出来ません。
③岡部地区
島北部の集落は、「休戸郷」「西郷」とかですが、これら全体を称して岡部地区と呼ばれています。
外輪山北側の緩やかな傾斜地には、住宅、公共施設等はすべてこの地区に集まっています。
また、東の「休戸郷」と西の「西郷」の中間の地区を「中原」とも言い、村営住宅の名称等には「中原」が使われています。
ここは、標高250~300mの高所にあります。
・尾山展望公園
外輪山北側にあり、標高400mあります。
ここでは、複式火山の絶景と、果てしなく広がる太平洋が眼にとび込んできます。
ぐるりと360°広がる大海原には圧巻で、天気がよければ八丈島が見えることもあります。
・大凸部(おおとんぶ)
外輪山の北西に位置し、青ヶ島で最も高い大凸部は標高423mです。
ここには三角点が設置されています。
集落からも近く、気軽に登れます。
・ジョウマン
標高200m、島最北端部の崖の上です。
一面に広がる草原からは風音しか聞こえず、絶好の星空スポットです。
・還住像
天明の大噴火で八丈島に逃れた「青ヶ島のモーゼ」と呼ばれる英雄・佐々木次郎太夫の碑です。
次郎太夫は島の人々の先頭に立ち、青ヶ島へ還住を果たしました。
・佐々木次郎太夫屋敷跡
島の再興を果たした江戸時代の名主です。
佐々木次郎太夫の屋敷跡には玉石垣やソテツの大木が残り、往時を偲ばせます。
・東大所神社
失恋の腹いせに島民7人を殺傷し、入水自殺をした朝の助の霊を鎮めるために建立された、いわば祟神を祀る神社です。
今では縁結びの神様として信仰を集めています。
・金毘羅神社
ヘリポート北側の森の中にある小さな神社です。
4つの神様が拝まれています。
・大里神社
島の総鎮守である、大里神社です。
昭和41年頃まで使われていた、でいらほん祭の仮面(男の鬼面と女面)が安置されています。
玉石の急崖を登り詰めると、静かに社が建っています。
・清受寺
1695年に建立された島で唯一のお寺です。
浄土宗に属し、八丈島大賀郷の宗福寺の末寺とされています。
・神子ノ浦(みこのうら)
島の北端、東寄りの海岸の呼称です。
断崖の下の岩場ですが、集落からは距離的には近く、20世紀半ばまでは船着場としても使われていました。
現在は途中の展望台までは道があるものの、先は断崖絶壁で道も崩落しており近づけなくなっています。


これが、青ヶ島の全景です。
小さな島なのに、外輪山もあって、火山の島の模型みたいになっています。
この青ヶ島は、典型的な二重式カルデラ火山で、島の南部に直径1.5kmのカルデラ(池之沢火口)があり、その中に「丸山(別名オフジサマ)」という中央火口丘があるが、島自体はより大きな海中カルデラ全体の高まりのひとつにすぎず、第1東青ヶ島海丘・第2東青ヶ島海丘・第3東青ヶ島海丘などとともに島の北東にある海中カルデラの外輪山となっています。
なお、第2青ケ島海丘と第3青ケ島海丘の間にも、更にカルデラがあると考えられています(つまり、青ヶ島と周辺海域には火口・カルデラ地形が幾つも重なっています)。
島の最高点は、先に紹介したように、この丸山を取り囲んでいる外輪山の北西部分に当たる「大凸部」にあります。
外輪山の外側斜面は急な崖となって海岸線に続いています。
このため、海沿いには「浜路ヶ平」に少しだけ平坦地がありますが、ここだけで、あとはほとんど平坦地がなく、高さ50~200mほどの直立する海食崖になっています。
砂浜もありません。
ここにまだ人が住んでいるのは驚きですが、自然を満喫できるのはすばらしいことです。

外輪山に囲まれた池之沢(村営ふれあいサウナ付近)から見た星空
外輪山に囲まれた「池之沢」地区の村営ふれあいサウナ付近から見た星空です。
直径約1.5kmの外輪山に360度囲まれたカルデラの底である、「池之沢」地区から仰ぐ星空は、まさに天然プラネタリウムだそうです。
星々がその輝きを競い合う「星空のコロシアム」は全席スペシャル・アリーナで、「池之沢」のどこからでも山並みを前景とした静寂の空間で星空を満喫できるそうです。
大自然が創り出した造形美、外輪山稜線のシルエットに次から次へと星々が沈んでゆくその光景は、小さな青ヶ島から地球の自転と壮大な宇宙を実感できて大変ドラマチックだそうです。

「池之沢」から南に拡がる「二重カルデラ」の風景はすばらしいの一言です。
島の周りを城壁のように囲む外輪山と、その外輪山で囲まれた盆地の中には、天明5年(1785年)の島焼け(噴火)で隆起した内輪山があります。
山肌が見えているところがありますが、ここで熱い蒸気が出ている噴気孔があるところが、先に紹介した「ひんぎゃ」です。

青ヶ島レリーフマップ
青ヶ島の地形図です。


青ヶ島の観光パンフレットに載っている地図です。
こうしてみると、道もありそうなので、一週間くらいゆっくり回れば満喫できそうです。
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