愛媛県の天柱石

「天柱石」と名のついた巨石は何箇所かあります。
富山県の山奥、南砺市平という地区で、国道156号線の五箇山トンネルの上にある巨石も「天柱石」です。
鹿児島県の屋久島の太忠岳に突き刺さっている巨石も「天柱石」です。
そして、愛媛県にもあります。

久万高原町の旧面河村で、石鎚山麓の御塔谷にそびえ立っている巨石も「天柱石」です。
またの名を御塔石とも言っています。
屋久島の太忠岳に突き刺さっている「天柱石」は、標高が1497mもありますが、周りの木が低いので遠くからでもよくわかりますが、富山県の「天柱石」や愛媛県の「天柱石」は、近くまで行かないとわかりません。
愛媛県の「天柱石」は、高さが30mもあり、石鎚山の頂上からも確認することができます。

愛媛県の「天柱石」に関しては、半井梧庵さんの著書の「愛媛面影」という、幕末期の伊予国の名所・旧跡を紹介した本に紹介されています。
天柱(あめのみはしら)は、「愛媛面影」には次のように記されています。
「大きな石が谷間にそびえて、自然に七層塔の形をしている。そのため俗に御塔(おとう)という。・・中略・・高さは約78m、周囲は約40mあるという。石を横に積み上げたように見えるが、実は自然の造形物。先端が細長く美しいが、大風が吹けば倒れるように思われる。『鬼工神造というべし』と西條名所旧跡集に記されている」
このような内容だそうです。
つまり、御塔谷の名は「天柱石」からきていると思われます。


大きい木が周りを囲んでいるので、近くに来てもなかなか見つけられないそうです。
でも、トーテムポールみたいで見るからに高そうです。

 
上の写真よりも、もっと下から見上げて撮影しています。 

幕末に書かれ明治の初めに出版された半井梧菴さん著の「愛媛面影」に描かれた挿絵でその姿が紹介されています。
その姿を見てか、
「石を積み上げたる如く見ゆれども、実は自然のものにて、末細く長く秀で大風には吹き倒さるべく見ゆ、鬼工神造というべし」
と詠っています。
でも一説では、半井梧菴さん自身は文久2年(1862年)に石鎚山には登っているものの、「天柱石」までは行ってはいないとも言われています。
先に紹介した唄も、「西條名所旧跡集」と言う文献の引用という形をとっているとされています。
でも、「天柱石」を見ていないのでればこのようなリアルな挿絵は描けないだろうと私は思います。
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