西予市三瓶町の須崎海岸

須崎海岸と言えば、四国の人でも高知県の須崎海岸を想像すると思います。
でも、愛媛県にも須崎海岸はあります。

今年、ジオパークに認定された西予市ジオパークで、三瓶町の周木(しゅうき)と長早(ながはや)の間の半島にあります。
三瓶町の支所から県道378号線を、三瓶湾沿いを八幡浜市に向かうと細長い半島が見えてきます。
ここが須崎で、須崎観音前バス停を左に入って1分ほどで10台くらい停めれる駐車場に着きます。
駐車場から南西に向かうと須崎観音がありますが、須崎海岸は少し北東に戻ると、海岸に降りる細い歩道があります。
この階段は、坂が急で280段もあるそうですが、平面距離にすると150m程度です。
そして、コンクリートで出来ており、手摺りもあるしっかりと整備された歩道です。
階段を下りると海岸が見えてきます。
ここを南西沿いに350mの遊歩道が整備されています。
この遊歩道の露頭は、垂直の層理面が顕著に見られます。
「確かこのあたりは秩父帯だったかな?」と思いながら、何も予備知識もないまま露頭を見ると、降りてすぐの露頭は砂岩に見えました。
ゆっくり歩いていくと緑色の岩盤があり、「ここは御荷鉾帯?」とも思い、不思議な感じでした。
緑色の岩盤は「緑色チャート」かなと思っていましたが、黒瀬川構造帯の「酸性凝灰岩」でした。
黒瀬川構造帯は、四国などの西南日本内帯にある秩父帯の中にありますが、不思議な岩石がでてくる地帯です。
秩父帯は主として、海洋プレート起源の岩石からなる中生代の付加体が広く分布しているのに対して、黒瀬川構造帯はまったく異質な岩石からできています。
「チャート」も「酸性凝灰岩」も、珪酸(SiO2)を主成分としています。
そして、いずれも層状に堆積することもあり、似たような見かけや形状になる岩石です。
もあります。
このような緻密な岩石だけでなく、粗粒の砂岩や礫岩なども見られます。
このような岩石は、「砕屑性堆積岩」と言って、風化や侵食作用を受けてできた砕屑物(岩石の破片や鉱物の粒子など)が、水底や陸上の低い場所にたまり、固結してできた岩石のことです。
この「砕屑性堆積岩」は、構成物質の粒度によって、頁岩、泥岩、砂岩、礫岩、角礫岩などに分けられています。
須崎海岸では、主に酸性の火山灰(白くて透明感のある凝灰岩)を含む堆積岩から成り、火山岩の角礫を含む地層や、チャートにように見える細粒の凝灰岩、または普通の砕屑性堆積岩に見えるところなど複雑でした。

付加体を構成している「チャート」は、深海底に降り積もった微生物の遺骸が固まってできたものですが、「砕屑性堆積岩」は、陸から運ばれてきた土砂が沈み込み帯(海溝)でたまったものが起源です。
それがプレート移動によって沈み込み帯で混在することになります。
これは、両者がぴったりと接していても、その境界には断層があり、年代の違いもあります。
いくつかの境界では、くっつくことがあっても、至るところで離れています。
でも、須崎海岸の地層は、整然と地層が連続して積み重なっています。
この連なり方は、もともとの堆積構造に見えます。
地層をさらによくみると、「砕屑性堆積岩」には、構成粒子が大きくよくみえる礫岩もあります。
礫には、火山岩の破片ばかりからできているものもあります。
砂岩にも火山岩の破片を多数含むものもあります。
さまざまな粒子サイズの火山性堆積岩があります。
このことを考えると、ここの地層は火山岩起源の砕屑岩を主としていることは確かなようです。
「砕屑性堆積岩」の中で、須崎海岸のように、火山岩の粒子の細かいものは「凝灰岩」となっていると想像できます。

黒瀬川構造帯が分布している範囲は、愛媛県の地質図で見ると、須崎海岸を含めた周木地区のほんの一部だけですが、地層はすでに詳しく調べられており、秩父帯のものとは明らかに違っていることがわかっています。
これは、まず火山岩の性質が違っています。
秩父帯のものは、海底の中央海嶺や、海山をつくる火山で形成された玄武岩類ですが、これに対して周木地区の凝灰岩は、酸性(デイサイトや流紋岩などの珪酸の多いマグマからできた)で、列島や大陸で活動する火山に由来するものです。
高知県の見残し海岸で見られるような軽石の礫も見つかっています。
軽石とは、酸性の火山噴火でできる白っぽい穴が無数に開いた岩石です。
これらのことから、両者の火山岩の起源やでき方の違いがわかります。

周木地区の地層の中から化石が見つかっています。
礫岩中の石灰岩の礫からサンゴ化石が見つかり、古生代下部デボン紀(約4億年前)のものであることがわかっています。
秩父帯の岩石では、古生代石炭紀(約3億5000万年前)の頃のものが最古で、多くは中生代に形成されていますので、明らかに形成年代が違っています。
同じ西予市の野村町や城川町にある黒瀬川構造帯は有名ですが、周木地区の地層も、同じ来歴をもった黒瀬川構造帯であると考えられています。
周木地区の近くには、トーナル岩や斑レイ岩があります。
トーナル岩は、圧砕されていますが、花崗岩の仲間です。
この花崗岩や斑レイ岩は年代は求められていませんが、黒瀬川構造帯の三滝火成岩類(約4億5000万年前の花崗岩類)に対応しています。
これらの岩石類の存在も、周木地区に黒瀬川構造帯があることを示しています。
それを考えると、野村町で一旦途切れていた黒瀬川構造帯の分布が、須崎半島の先端に、少しだけ見られていることになります。
たまたまここに残っているだけかどうかは不明ですが、それだけで歴史を想像することができます。

須崎海岸を含め、西予市の野村町や城川町には寺野変成岩や三滝火成岩類があります。
三滝火成岩類の花崗閃緑岩の年代は、4億3970万年前(シルル紀最初期)から3億7700万年前(デボン紀後期)の年代、寺野変成岩類からは4億3900万年前の年代を持つことから、ゴンドワナ大陸(古生代後期から中生代にかけて南半球に存在したと考えられる超大陸)を構成していた岩石であったと考えられています。
それらが大陸起源の岩石があることから、黒瀬川古陸と呼ばれていました。
黒瀬川古陸とはいっても、単独の大陸ではなく、ゴンドワナ大陸の北端(とはいっても赤道付近)にあったと考えられています。
黒瀬川構造帯で見つかったハチノスサンゴは約4億5000万年前に暖かい海でつくられたものとされ、オーストラリアや南中国の物と共通点が多いところから、現一部がオーストラリア大陸の、ゴンドワナ大陸の一部であったという説の裏付けになっています。
つまり、黒瀬川構造帯は、ジュラ紀に、このゴンドワナ大陸から分かれてきたのではないかと考えられています。
この時代は、まだまだ日本は影も形もない時代ですが、いろいなことを想像するのも楽しいものです。

17-IMGP1087.jpg
これが280段のコンクリートの階段です。
やっと海が見えてきました。

09-IMGP1043.jpg
降りてすぐ、正面に、はまちの養殖筏が見えてきました。

10-IMGP1049.jpg
遊歩道です。
1mあるところもあれば、50cmくらいしかない所もあります。
階段と違い、手摺りはないので、考えながら歩いていると海に落ちそうでした。


緑色チャートに見えましたが、砕屑性堆積岩の中で細粒緻密な凝灰岩です。


粗粒火山砕屑岩を含む堆積岩です。


黒瀬川構造帯のトナール岩(圧砕花崗岩)です。
遠くには巴里島が見えます。

11-IMGP1050.jpg
これが白っぽい穴が無数に開いた軽石です。
高知県の見残し海岸ではよく見られましたが、ここではこの付近だけでした。

12-IMGP1065.jpg
凝灰岩の亀裂の中に、白っぽいものがいっぱいくっついています。
何かなと思ったのですが塩でした。

13-IMGP1066.jpg
塩のクーズアップです。
凝灰岩は硬質ですが、亀裂も多いですね。

14-IMGP1068.jpg
もともとは水平だった地層が、地殻変動で垂直になっています。
地球の力はものすごいと感じるとともに、垂直の地層は鮮やかに映ります。

15-IMGP1073.jpg
右側の緑っぽいのが凝灰岩で、左側が砂岩と礫岩です。
左側の方が亀裂が多いですね。

16-IMGP1078.jpg
部分的には、褶曲構造も見られます。
でも、地層はすべて垂直です。

18-IMGP1092.jpg
須崎海岸の北側にある巴里島です。
なんで「ぱりしま」かと思ったのですが「びりしま」と読むそうです。
「ひょうたん島」か「鯨島」に名前を変えたほうがぴったりだと思います。
スポンサーサイト
最新記事
カテゴリ
リンク
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ
カウンター
検索フォーム
QRコード
QR