プリトヴィツェ湖群国立公園

世界で最も美しい滝を持つと言われているのは、クロアチアにある「プリトヴィツェ湖群国立公園」です。
この「プリトヴィツェ湖群国立公園」は、ヨーロッパの南東部にある自然公園のなかでは最も古く、ボスニア・ヘルツェゴビナとの国境近くに位置しています。
大小16の湖と92もの滝が特徴的で、1979年には世界自然遺産に登録されています。
世界中には、絶景といわれる美しい景色はいくつも存在していますが、この地球上に「楽園」と呼べる場所があるとすれば、それは「プリトヴィツェ湖群国立公園」かも知れないと言われていますが、下の写真を見ると納得できそうです。

(1)プリトヴィツェ湖群国立公園の地質
このあたり一帯の地質は、主にドロマイト(白雲岩)と石灰岩のカルストから成っています。
そして、このことが際立って特徴的な景観が生まれる素因となっています。
湖群は、コケ類、藻類、バクテリアなどの光合成によって、数千年をかけて蓄積されたトラバーチン(石灰質化学沈殿岩)または、石灰質堆積物(石灰華)によって形成された自然のダムからできています。
植物片を混じえた堆積物は年々積み重なり、年1cmの割合で堆積物のダムが高くなっていっているそうです。
それぞれの湖の美しい色は、紺碧、紺青、灰色など、目を見張るような色合いを持ち、水の色はミネラルや有機物の量、あるいは日照の角度などによって絶え間なく変化しています。
つまり、何度訪れても毎回同じ光景が見られるというわけではないそうです。

(2)プリトヴィツェ湖群国立公園の地形
「プリトヴィツェ湖群」は、一般にディナル・アルプス山脈と呼ばれる山地に点在するカルスト地形の一つで、
①Lička Plješevica山(Gornja Plješevica山頂の標高1640m)
②Mala Kapela山(Seliški vrh山頂の標高1280m)
③Medveđak山(標高884m)
の3つの山間に広がるプリトヴィツェ台地に位置し、湖群名もこの台地名によっています。
そして、16の湖は、山間から流れ出てくる水が標高636mから503mまで、およそ8kmにわたって南北方向に流れる中で形成されており、上流の湖群と下流の湖群があります。
湖群はおよそ2km²に渡って広がり、一番大きな滝は下流のプリトヴィツェ川が流れ込んでできた大滝(78m)で、 湖群の最下流にある湖からコラナ川(Korana)に流れ出しています。

(3)プリトヴィツェ湖群国立公園の動植物
「プリトヴィツェ湖群国立公園」は、主にナラやトウヒ、モミなどからなる鬱蒼とした森林に覆われ、アルプスと地中海の植生が主です。
特に植物群落では、多様性がありますが、それは微気候のラインナップ、多様な土壌、標高差などによって生み出されています。
この一帯は、同時に動物種や鳥類に関しても際立った多様性を示しています。
ヨーロッパ種のヒグマやオオカミ、カワウソ、ヤマネ、ワシミミズク、ワイルドキャット、オオライチョウといった稀少な動物種が見られるほか、より一般的な動物種も多く棲息しています。
鳥類は少なくとも126種が記録され、そのうち70種以上がこの湖群を繁殖地としています。
また、300種類近い蝶も見られます。

(4)プリトヴィツェ湖群国立公園の人類
「プリトヴィツェ湖群」には、人類は、数千年来暮らしています。
人種も多様でイリュリア人、トラキア人、ケルト人、イアピュデス人(Iapydes)、古代ローマ人、アヴァール人、スラブ人、テュルクなどがかわるがわる住み着いたそうです。
1528年に一帯はオスマン帝国領となり以降オーストリア帝国が奪取するまでの約150年の間、オスマン帝国の支配下にありました。
オーストリアはその後、一帯を軍政国境地帯に取り込みました。
この地には、その頃既にクロアチア人が住んでいましたが、オスマン帝国の抑圧から逃れてきたセルビア人たちも住み着きました。
19世紀後半には、「プリトヴィツェ湖群」は、絶景といわれる美しい景色により、一大観光地となりました。
1896年には最初のホテルが建設されましたが、それに先んじて早くも1893年には今日の国立公園当局の前身である保全委員会が組織されていました。
1949年にはユーゴスラビア政府が湖群を国有化し、国立公園を設定しました。
この国立公園は、その傑出した自然美を評価されて、1979年にユネスコの世界遺産に登録されています。

(5)紛争を終えて
「プリトヴィツェ湖群国立公園」は、ユーゴスラビア時代にも、最も人気のある観光地の一つだったのですが、1991年3月にはクロアチア紛争の最初の武力衝突であったプリトヴィツェ湖群事件(Plitvice Lakes incident)の舞台となりました。
そして、「プリトヴィツェ湖群国立公園」は、クロアチア内で独立を宣言していたクライナ・セルビア人共和国(Republic of Serbian Krajina)の軍隊が占領し、ホテルや周辺施設をバラックとして使用しました。
この過程で一帯はいくらかの損害を蒙っています。
1995年8月になって、クロアチア紛争を終結に導いた嵐作戦(Operation Storm)の際にクロアチア軍が一帯を奪還しました。
この戦争に伴って、ユネスコは「プリトヴィツェ湖群国立公園」を、危機遺産リストに登録しました。
クロアチア政府は、この国立公園の観光地収入の大きさに鑑みて、一帯の地雷撤去を最優先課題のひとつとして取り組みました。
ユネスコは、1997年12月に地雷の撤去が進んでいることと、セルビア人分離独立派の占領からも解放されていることから危機遺産リストからの除去を決定しました。
現在では、「プリトヴィツェ湖群国立公園」は、クロアチアでも最大級の観光地となっています。
1997年には国立公園の範囲が100.2km²拡大され、それを受けて世界遺産の登録範囲も2000年に拡大されました。


白雲岩と石灰岩のカルストから成る地質が、この特徴的な地形を生み出す要因となっているとのことです。
これだけの絶景はなかなか見られないですね。

 
遊歩道も整備されているようです。
低い位置で、湖や滝を見上げたり見下ろしたりできますが、やはり遠景がすばらしいと思います。


冬の雪景色は、夏の姿とは違い、白を基調とした、深閑な美しい表情です。
観光客は、遊歩道を歩いてこの壮大な風景を楽しむこともできますが、公園内には宿泊のできる3軒のキャンプ場があるそうです。
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