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高田渡の歌⑤

高田渡はまだまだいい歌がいっぱいあります。
今回の紹介は第5弾になりました。

「しわ 」   原詩:谷川俊太郎 作曲:不祥

人を怒らすのが怖くって
ほほえみ続けてきた
そこで目じりにしわができた
しわができた

人より物の解ったふりして
ほほえみ続けてきた
そこで鼻先に小じわができた
小じわができた

責任逃れで天を仰ぎ
タバコをふかし黙っていた
そこでおでこに
しわができた

決意の深みに達せずに
辻褄あわせしゃべり続けた
そこで口元に
しわができた

もう心臓までしわだらけ
もう心臓までしわだらけ
猿の顔かい
いや俺の顔

悲しいまでの心の表情を歌っています。
しわは年輪を示し、美しいしわもあるかとは思いますが、心臓のしわはいただけません。
美しく年をとりたいものです。


「ブラブラ節」  作詞:添田唖蝉坊/高田渡 原曲:アメリカ民謡

今年こそは本当に うんと働くぞ そしてああしてこうもする
うその行き止まりの大晦日 なった なった なった なった
大晦日が正月に なってまた おめでたくブラブラ

栄作はん どちらへお出かけはりまっか 何ぞボロイことおまへんか
ワタイもやっぱりその口や なった なった なった なった
世の中が不景気に なってどうして 又そうなるもんやブラブラ

物価が下がったからと 町へ出てみれば 暮らしが苦しくてやり切れぬ
困る困るの愚痴ばかり なった なった なった なった
失業者が多数に なってどうして 又どうなるもんかブラブラ

寒い寒いよ 今年は寒い 外米やラーメンばかり食ったために
こんなに寒さが身にしみるのか なった なった なった なった
人間が栄養不良に なってまた 薄着でブラブラ

べらんめぇ日本人だ 貧乏していても 何で飢え死になんかするもんかと
腹は減ってもヘラズ口 なった なった なった なった
骨と皮ばかりに なってもまだ 生きているヒョロヒョロ

電車に乗っては権威が落ちる といっても自動車にも乗れないし
中途半端のエリートさん のった のった のった のった
エリートが電車のお客に なってまた 吊革でブラブラ

着物はボロになる ボロは紙になる 紙はまた金になる
また貧乏人が泣かされる なった なった なった なった
OBの涙がダイヤに なってまた 妾の頭でピカピカ

親父は片腕を失くし 家を失くしたに 可愛い倅を前にして
鳥は空を飛び回り 虫さえ青葉に巣をくうに
俺たちゃ人間家がない 俺たちゃ人間家がない なった なった なった なった
うんとこさっと宿無しに なってまた あちこちでブラブラ

今でも新鮮な響きがある歌ですね。
最初のLPの中にはこのように世相を捕らえたいい歌が多いです。
「事だよ」「あきらめ節」「現代的だわね」や次に紹介する「冷やそうよ」など・・・・
ここらあたりが高田渡の出発点で、そしてフォーク界の伝説と言われる由縁なのかも。


「冷やそうよ」    作詞:高田渡  作曲:Hウイリアムズ

夏がやってくる 暑い暑い夏が来る
身も心も細るという 夏がやって来る
冷やそうよ 冷やそうよ どんどん どんどん 冷やそうよ
ほら鳥肌が立ってきた 鳥肌が立ってきた

あいつは俺の彼女を横取りし 今じゃお熱い間柄
この俺を尻目に 熱くてやりきれない
冷やそうよ 冷やそうよ どんどん どんどん 冷やそうよ
ほら鳥肌が立ってきた 鳥肌が立ってきた

お役人会社の偉い方 懐熱くてたまらない
指先熱くてたまらない こう熱くちゃたまらない
冷やそうよ 冷やそうよ どんどん どんどん 冷やそうよ
ほら鳥肌が立ってきた 鳥肌が立ってきた

外じゃ物価が沸騰し 家じゃやかんの湯が沸騰し
となりじゃかかあの腹が沸騰する 熱くてやりきれない
冷やそうよ 冷やそうよ どんどん どんどん 冷やそうよ
ほら鳥肌が立ってきた 鳥肌が立ってきた

バイクは空冷 自動車水冷 原潜佐世保でスイレイ
お役人アメリカに最敬礼 熱くてやりきれない
冷やそうよ 冷やそうよ どんどん どんどん 冷やそうよ
ほら鳥肌が立ってきた 鳥肌が立ってきた

遠い海の向こうの国じゃ 若い血が沸き起こり
とうとう日本でも沸いてきた そこで佐藤さんも大声で
冷やそうよ 冷やそうよ どんどん どんどん 冷やそうよ
ほら鳥肌が立ってきた 鳥肌が立ってきた

この歌は政治的な背景もあり、熱い歌ですね。
佐藤総理の時代で、私はまだ小学生でした。
永久に日本の総理は佐藤栄作だと思っていました。
今の世の中のように総理がころころ変わるのはいいことなのか悪いことなのか。



「事だよ」    作詞:高田渡  作曲:高田渡

さあさあ 事だよ事だよ
お金がないない お金がない
机の引き出し 洋服ダンス
下駄箱の中 トイレの中まで
さがしたけれど どうしてもないよ
夢で拾った お金がない

さあさあ 事だよ事だよ
僕の大事な 彼女が
腰巻の 長いのはいて
目の周りに アオタンつけて
・・・・・・・ ひらひら

さあさあ 事だよ事だよ
佐世保の海で 泳いだら
上ってみれば さあさあさあさあ大変
・・・・・・・ ない  

さあさあ 事だよ事だよ
明治百年は 事だよ
おしでもないのに 百年もよくまあ
黙っていたのは 事だよ

この歌はすごく元気のいい歌で私は好きなのですが、最初のLPの中の一番最初の歌です。
いわば、高田渡の出発点の歌ですが、それ以来どのCDにもDVDにも収録されていません。
何が原因なのでしょうか?
佐世保が関係しているのであれば「冷やそうよ」だってカットされてもいいのにちゃんと「アンソロジー」に収録されています。
こんないい歌なのに残念です。



「冬の夜の子供の為の子守唄」    作詞:ジャック・プレヴェール  作曲:高田渡
          
冬の夜
白い大きな人が走る
それはパイプをくわえた
雪だるま
寒さに追われる
大きな雪だるま

村に入る
明かりを見つけて安心
小さな家へノックもせずに
入っていく 小さな家へ

赤い暖炉の前に座る
残ったものは
水たまりの中の
パイプと古い帽子だけ

冬の夜
白い大きな人が走る

高田渡らしくないリズミカルなやさしいピアノ風の伴奏に乗ってちょっと早口で歌っています。
なにか心に残るメロディです。



「年輪・歯車」    作詩:有馬敲、山之口貘 作曲:高田渡

ふと 彼に出会って
ふと キスされて
ふと 彼が好きになって
ふと 素晴らしいと思って

ふと 微笑んで
ふと 大きな声をあげて
ふと 未来を夢見て
ふと 美しい生活をはじめて

ふと 子どもにみとれて
ふと 彼の変化に気づいて
ふと 棄てられたことを知って
ふと 涙を流して

ふと 独りぼっちになって
ふと 身寄りを訪ねて
ふと 顔の皺を見つめて
ふと 目を閉じて

靴にありついて
ほっとしたかと思うと 
ズボンがぼろになっている
ズボンがぼろに

ズボンにありついて
ほっとしたかと思うと
上着がぼろぼろになっている
上着がぼろぼろに

上着にありついて
ほっとしたかと思うと
そうもとにもどってまた
もとにもどってまた

ぼろ靴を引きずって
ぼろ靴を引きずって
ぼろ靴を引きずって
靴を探し回っている

ふと 彼に出会って
ふと キスされて
ふと 彼が好きになって
ふと 素晴らしいと思って

年輪(詩:有馬 敲 )と歯車 (詩:山之口 貘)の二つの詩に高田渡がメロディーを与えて人間への優しさを表現した素晴らしい曲にしています。
前半は、彼に出会って、そして別れて独りぼっちになっています。
後半は靴やズボンや上着が回りまわってあったりぼろぼろになっていたり・・・・人生はまわりまわって元に戻るというような、人生の悲哀がその二つの詩には共通しています。
高田渡が歌うと本当に実感がこもっているような哀愁を感じますね。



「酒心」    作詞:高田渡 作曲:高田渡

雨が降るといっては飲み
晴れれば晴れたで呑む
雪で一杯
紅葉で一杯
夏の夕立後は さわやかに一杯
春のお酒は たまらない
一分咲いたら ちょっとと一杯
二分咲いたら また一杯
三分咲いたら 本格的に呑む
散りゆく花に  涙して
酒飲族はたまらない
酒飲族はたまらない  と言った具合で
1年365日 呑む

高田渡らしい歌ですね。
ほんと、酒が似合うし酒の歌が多い。
そして、酒で命を縮めたのも事実ですが。



「相子」   原詩:高木護 原曲:Traditional

うまれてはみたけれど
わたしはぼんやりだった

人間なら
日に二食で丁度ええぞと
父はいい
人様の分まで盗ってはいけんぞと
母はいい
ひもじい日々を
形見にくれた

おとなになってみたけれど
わたしはやっぱりぼんやりで
うまれや育ちをありのまま
履歴書に記入しては
職にさえあぶれつづけた

だけど
形見というものは
ありがたいもので
父の心配と
母の心配とで
わたしの日々は消えて行った

暗い詩ですね。
そして暗い歌。
こんなの歌いこなせるのは高田渡と山崎ハコぐらいではないでしょうか?



「雨の日」     作詞:高木護 作曲:Georges Brassens

たったいっぺんも悪いことをしなかった
アリラン爺さんが病みついた
雨の降る日はしがない渡世に理屈をつけろ
貧乏くじはどうだい?
貧乏くじはどうだい?
どこかの後家よ
どこかの後家よ
あたしのあそこいらないか?

おっかあに逃げられた仁義に妙に大きな
耳までが昨日と今日の算盤をはじいている
よしんば明日を占い
アリラン爺さんが死んでも
人夫には勲章は無く
軒下三寸に雨が降る

たったいっぺんも悪いことをしなかった
アリラン爺さんが病みついた
雨の降る日はしがない渡世に理屈をつけろ
貧乏くじはどうだい?
貧乏くじはどうだい?
どこかの後家よ
どこかの後家よ
あたしのあそこいらないか?

この歌は、高田渡で聞く前にもどこかで聞いたようなメロディでした。
それにしても奇抜な詩ですね。



「夜風のブルース」  作詩:Langston Hughes 訳詩:斎藤忠利 作曲:高田渡

みなさん わっしが
東京に来ましたのは
すてきと聞いたので
こちらに 来てから 六ヶ月
今にも 気でも狂いそう

今朝も 今朝とて 朝飯に
噛んでみたのが 朝の風
ところが 今夜の夕飯に
とっておくのは 夜の風

ちょっと 唄ってみたいもの
ほんの わっしの憂さばらし
ちょっと 唄って
心の憂さでも ちょっと 唄ってはらしたい

わっしが 唄っているときにゃ
わっしが 唄っているときにゃ
憂さの奴めが 逃げまする

どうして もの憂さく
なるのかと
わっしに 聞いてみたくとも
わっしに 聞くには及ばない
わっしの顔見りゃ すぐわかる!

みなさん わっしが
東京に来ましたのは
すてきと聞いたので
こちらに 来てから 六ヶ月
今にも 気でも狂いそう

都会暮らしの寂しさや切なさをちょっとやけっぱちで歌っているところが高田渡らしいですね。
暗い詩のわりには明るい曲です。
「銭がなけりゃ」よりはまだ都会に未練がある歌ですね。



「もしも」    作詞・作曲:シバ

もしも銭をいくらか持ってたら
自転車を買ってさ
この狭い部屋から
すぐにでも出て行くけどな

もしもでかい札束持ってたら
オートバイを買ってさ
この狭い町から
すぐにでも出て行くけどな

もしも何百万円も持ってたら
飛行機を買ってさ
この狭い日本から
すぐにでも出て行くけどな

もしも何百億円も持ってたら
ロケットを買ってさ
この狭い地球から
すぐにでも出て行くけどな

そうしてみんながオレのこと
そう、みんなが言うだろ
あいつはついにいかれちまったとさ
あいつは狂っちまったとさ

でもよ、おかねにゃ縁がない
あるのは借金ばかり
で、ちょいと、もしもにしてさ、少しばかり
楽しい思いをしてるのさ

だんだん夢がでっかくなっていきますね。
それにしても何百万円では飛行機は買えないと思うけど・・・・。



「なまけもの」     作詞:木島始 作曲:高田渡

日曜日には酒を飲み 飲み出したらやめられない
  あとは寝るばかり 寝るばかり

月曜日にはブランコ 揺れだしたら止められない
  あとは寝るばかり 寝るばかり

火曜日にはでんぐり返り 一人まわりでもう起きられない
  あとは寝るばかり 寝るばかり

水曜日にはうろつくさ のらりくらりどこまでも
  あとは寝るばかり 寝るばかり

木曜日にはぶら踊り ひとり合点でかっこよく
  あとは寝るばかり 寝るばかり

金曜日には拾い物 空から幸せ降るんじゃないか
  あとは寝るばかり 寝るばかり

土曜日にはうそぶいて 働き方を聞いてはみるが
  あとは寝るばかり 寝るばかり

日曜日には酒を飲み 飲み出したらやめられない
  あとは寝るばかり 寝るばかり

こんな歌もいいなと感じるほど高田渡の歌い方は魅力があるんですね。
世の中にはこんななまけものがいっぱいいるのかと思うと残念でなりません。
少なくとも親のすねかじりの人には「働け」と言いたいです。



「自由な奴」     作詩:永山則夫 作曲:高田渡

一日ラーメン二杯と トン汁ライス
二日に百円もあれば
世の中明日があるな

身ぶりなんざぁ どうとも
赤坂 銀座 歩いて十円拾えりゃ
申し分なしで 言うことなし

冬は内海から 南の向こうだなぁ
野原にでも ごろ寝して
横目で 海ちゃん眺めるべぇ

道端の千円以上のお金には
おまわりに一言いい
盗みも一切 しねえようにする

その年すぎて その年すぎて
動けなくなりゃ  動けなくなりゃ

動けなくなりゃ  動けなくなりゃ
どこかの山の奥深くに 姿を埋める

冬は内海から 南の向こうだなぁ
野原にでも ごろ寝して
横目で 海ちゃん眺めるべぇ

「ミミズの唄」の詩と同じ死刑囚の永山則夫(1997年に死刑執行)の詩に高田渡が曲をつけて歌っています。
「ミミズの唄」とまた違った切なさがあります。
永山則夫は28年間の獄中生活の中でただ自由になりたかった?
そんな切なさを高田渡が切々と歌っています。



「おなじみの短い手紙」   原詩:ラングストン・ヒューズ 訳詩:木島始 作曲:高田渡

昨日の朝僕は見つけた 郵便箱の中の手紙
ただの短いおなじみの手紙が 1ページの長さにも足りない

そいつは僕に墓に入ったほうが 死んだほうがいいと内緒話
裏を見た 何も書いてない ただの短いおなじみの手紙

ただの鉛筆と紙だけで ピストルやナイフはいらない
ただの短いおなじみの手紙が 僕の命をとってしまう 君の命をとってしまう

昨日の朝僕は見つけた 郵便箱の中の手紙

悲しい歌ですね。
戦争への招待状を受け取った情景が浮かんできます。
もうこんな紙切れはいらない。
そんな反戦の思いを託した歌ですね。
「自衛隊に入ろう」はあまりにも誤解があるので高田渡が封印した歌ですが、この歌は解りにくいだけに一人ひとりが考えてほしいと思います。

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