御嶽山の噴火

またまた噴火のニュースです。

気象庁によると、9月27日午前11時53分ごろ、長野県と岐阜県にまたがる御嶽山(3067m)が噴火しました。
国土交通省中部地方整備局が設置しているカメラでは南側斜面を噴煙が流れ下り、3kmを超えるのを観測しています。
気象庁は警戒レベルを平常の1から入山を規制する3に引き上げました。
御嶽山の9合目付近で山荘を経営する向井修一さん(50)は「雷のような音がして、噴煙で空が真っ暗になった。白い灰が地面に15cmも積もっている。頂上の方でも登山客が避難しているようだが、詳しいことは分からない」と動揺した様子だったそうです。
同じく9合目にある「五の池小屋」の女性スタッフによると、9月27日正午前に「ゴロゴロ」「ブクブク」という聞いたことがない音がして、灰が降り始めたそうです。
小屋の周りには灰が降り積もって、息苦しいほどだそうです。
週末とあって、30~40人の登山客が滞在していたそうですが、警察から緊急に下山するように指導を受け、午後2時ごろには、ほとんどの客が小屋を出発しました。
8合目にある山小屋の女性は「噴火の音は聞こえなかったが、火山灰はかなり降った」と話しています。
御嶽山は、7合目までロープウエーで上ることができるので避難はすばやくできたのかも知れません。
でも、午後7時過ぎの情報では、御嶽剣ヶ峰山荘に5人が意識不明になっているのに加えて、頂上にある祈とう所では、さらに2人が意識不明になっているそうです。
また、大けがの人が御嶽剣ヶ峰山荘に3人、頂上にある祈とう所に2人、白竜避難小屋に2人、登山道に1人いるとの情報です。
噴火などすることがないと思い登った山なので、登山する人はびっくりしたことだと思います。
前兆も無く噴火したのだとしたら注意するのさえ難しいと思います。
偶然にも噴火口付近にいた人たちには、うまく避難したことを祈ります。

御嶽山は、日本では富士山に次いで2番目に標高が高い火山です。
剣ヶ峰(3067 m)を主峰にして、摩利支天山(2959.2 m) 、継子岳(2858.9 m) 、継母岳(2867 m) などの外輪山があり、南北約3.5 kmの山頂部による台形の山容です。
北端の継子岳は比較的新しい山体の成層火山で、北側山麓から見ると、他の峰が隠れて見えないためきれいな円錐形をしており、郷土富士として「日和田富士」とも呼ばれています。
長野県側には、寄生火山として三笠山(2256 m)、小三笠山(2029 m)があります。
御嶽山の地質としては、東日本火山帯の西端(旧区分による乗鞍火山帯の最南部)に位置し、古生層と中生代の濃飛流紋岩類を基盤(基底部は17 km四方の広さ)としています。
基盤からの高さが1,400~1,900 mのカンラン石、複輝石、安山岩などで構成される成層火山です。
各方向に溶岩流を流れ出していますが、西に流れた摩利支天山第6溶岩流は、最も延長が長く約17kmに及んでいます。
末端には安山岩の大岩壁巌立があります。
一ノ池を中心として、摩利支天山、継母岳、王滝頂上を結ぶ外輪山の内側がカルデラであると推測され、カルデラ形成前の姿は、富士山に匹敵する高さの成層火山であったと推測されています。
大爆発によって崩壊した土砂は土石流となって川を流れ下った岐阜県各務原市付近の各務原台地には御嶽山の土砂が堆積しており、水流によってできた火山灰堆積物が地層となっています。
この大爆発によって剣ヶ峰、摩利支天山、継母岳の峰々が形成された複成火山であり、その山容はアフリカのキリマンジャロ山に似ていると言われています。

御嶽山は、長らく死火山だと思われてきたのですが、1968年(昭和43年)から活発な噴気活動を始め、気象庁が1975年(昭和50年)に刊行した『日本活火山要覧』(初版)では、活火山の当時の定義(噴火の記録のある火山及び現在活発な噴気活動のある火山)に該当する77火山のひとつとして掲載されていました。
しかし、定常的な観測体制の整備は行われず、明確な前兆現象が観測されないまま、1979年(昭和54年)10月28日に水蒸気爆発を起こし約1,000 mの高さまで噴煙を噴出しました。
午前5時頃に発生した噴火は14時に最大となりその後衰退し、噴出物の総量は約20数万トンで北東方向に噴煙が流れ軽井沢や前橋市まで降灰したそうです。
私が社会科で学んだ頃は、日本の火山には死火山、休火山、活火山があると教えられてきましたが、この噴火がきっかけとなり、その定義そのものを見直すこととなり、現在では活火山以外の言葉は使われなくなりました。

御嶽山の噴火の歴史として、
①約40万年前 - 東山腹に安山岩溶岩の三笠山溶岩を噴出しました。
②約40万年-10万年前 - 火山活動は休止していました。
③約9万年前 - 爆発的な噴火により、御嶽第1軽石層などの広域テフラを関東地方まで降らせました。
④約6万年前 - 摩利支天溶岩を噴出しました。
⑤約5万年前 - 山体の一部が崩落し巨大の岩屑なだれとなって東山麓の西野川まで堆積物が下り、木曽川下流の愛知県犬山市にもその泥流の堆積物が残されました。
⑥約3.7万-3.3万年前 - 四ノ池火口が形成されました。
⑦約3.1万年前 - 一ノ池火口が形成されました。
⑧約1万年前 - カラ谷火砕流で1,740万 m3の軽石を中規模に降下しました。
⑨約9,000年前 - 三ノ池溶岩で5億 m3の大規模な噴出をしました。
⑩約6,000年前 - 五ノ池火口が形成されました。
⑪約5,200年前 - 女人堂スコリアで140万 m3の小規模な噴出をしました。
⑫約5,000年前 - 濁滝スコリアで35-75万 m3の小規模な噴出をしました。
⑬1979年(昭和54年) 10月28日 午前5時頃 - 水蒸気爆発が起こり、王滝村役場の職員が頂上付近で高さ150 mの噴煙を確認しました。
・午前5時15分頃 - 王滝頂上から山頂へ向かった登山者が硫黄臭に気付き、15分後に降灰を受けました。
・午前6時頃 - 王滝口7合目の登山口(田の原)で登山者、頂上付近で黒煙が上昇するのを目撃し、頂上にいた登山者はジェット機に似た音やかなりの煙に気付きました。
・午前9時頃 - 三岳村から白煙が1箇所から上昇しているのが確認され、田の原では白煙が茶色に変わるのが確認されました。
・午前9時30分 - 飛行機から山頂の山小屋が黒い火山灰に覆われて、高さ1,000 mの噴煙が東北東に流れているのが確認されました。
・午前11時 - 定期航空便が高さ1,800 mの噴煙と下部で灰色の火山灰が上がっているのを目撃し、三岳村では降灰のため暗くなりました。
・午前12時30分頃 - キノコ雲状の噴煙が確認されました。
・午後2時頃 - 7合目付近で高さ3,000 mの噴煙が上がり、地鳴りと共に直径1 m程の岩が飛ぶのが確認されました。
・午後3時頃 - 三岳村では降灰が盛んとなり、開田村では降灰により視界が10~20 m程となりました。
・午後5時頃 - 王滝村から多量の黒い煙が確認され、王滝頂上の山小屋の裏の方では白い噴煙が確認されました。
王滝口村では多量の降灰が続いていました。
・10月29日 - 噴煙の量は減少して白色に変わり、火山灰の降灰も少なくなりました。
・10月31日 - 噴煙には火山灰が含まれなくなりました。
⑭1991年(平成3年)5月中旬 - 79-7火口でごく小規模な噴火が起きて、10トン程度の火山灰を噴出しました。
⑮2007年(平成19年)3月後半 - 79-7火口でごく小規模な噴火が起きました。
⑯2008年(平成20年)3月31日 - 気象庁は、噴火警戒レベルの導入に伴い、噴火予報(噴火警戒レベル1、平常)を発表しました。
⑰2014年 (平成26年)9月27日 - 午前11時53分頃に噴火し、7人が意識不明、けが人は8人、重症は1人になっています。

御嶽山は、5000年の眠りから覚めて、1979年(昭和54年)、1991年(平成3年)、2007年(平成19年)と噴火していました。
西之島の噴火もそうですが、日本では地殻変動が活発な気がしています。
噴火と地震は隣り合わせです。
自然の猛威には、人間は無力ですが、危機管理は怠らないようにしたいものです。

噴煙が上がる御嶽山の火口付近。右側に山小屋とヘリコプターが見える=27日午後2時36分、共同通信社機から


噴煙が上がる御嶽山の火口付近の様子です
右側に山小屋とヘリコプターが見えます 
9月27日午後2時36分、共同通信社の撮影です

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