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石鎚山の地形地質について

石鎚山について調べてみました。

石鎚山(いしづちさん、いしづちやま)は、四国山地西部に位置する標高1,982 mの山で、近畿以西の西日本最高峰です。
愛媛・高知県境を東西に連なる石鎚山脈の主峰で、徳島県の剣山とともに四国を代表する山です。
愛媛県側では、西条市と久万高原町の境界に位置しています。
山頂は、細長い岩稜で中央部に石鎚神社頂上社のある弥山(みせん)(1974m)、南寄りに西日本最高峰天狗岳が天にそびえています。
周囲は目もくらむような断崖絶壁で、安山岩の柱状節理がほぼ垂直に立っています。
三角点は弥山北西の標高1921mの地点にあります。
石鎚山は見る方向によって山容がさまざまに変化しています。
南の石鎚スカイラインからは、先端のとがったピラミッド型、西の旧面河村方面からは、ギザギザの岩峰がそそり立ち、東の瓶ガ森付近からは、どっしりとした重厚な姿を見せています。
山頂の岩峰の形が山名の由来とされていますが、石之霊(いしづち)(ツは「之」の意、チは霊力をもつ神や物を意味する古代語)という説もあります。
また、『古事記』には石土毘古命(いわづちひこのみこと)、『日本霊異記』には「石槌」などの名が記され、万葉の歌人山部赤人が「伊豫の高嶺」と詠んでいます。
日本七霊山の1つに数えられる石鎚山は、石土毘古命を神とし、古くから御神体山として崇拝されてきました。
奈良時代、役小角が開山して蔵王権現を祭ったと伝えられ、以後修験道場として栄え、青年期の空海も修行しています。
平安期には熊野修験の影響を受け、近世に入って一般庶民の登拝が盛んになり、このころに岩場に鎖がかけられたそうです。
明治維新の神仏分離令により石鎚山は権現号を廃止し、神社となったそうです。
頂上社、成就社、土小屋遥拝殿、山麓の本社の4社を総称して石鎚神社と呼ぶそうです。
毎年7月1日~10日までがお山開き大祭で、智仁勇を象徴する3体の御神像が頂上に安置され、各地の信者をはじめ、一般の登山者数万人で賑わっています。
頂上では、白装束の信者が御神像を体にこすりつけて無病息災を祈願します。

石鎚山の植物は暖帯から亜高山帯まで分布し、土小屋付近のウラジロモミ、山頂付近のシコクシラベなどの純林は見事です。
また、ハクサンシャクナゲ、ミヤマダイコンソウなどの貴重な高山植物も見られます。
西条側の登山道を表参道、面河側を裏参道と呼んでいます。
西条側にロープウェイ、面河側にスカイラインが開通してからは、西之川下谷と土小屋が新登山口となりました。
ルート上の岩場には一ノ鎖、二ノ鎖、三ノ鎖などの鎖がかかっており、巻き道もあります。
表参道はロープウェイ終点から成就社を経て山頂まで3時間30分、土小屋から山頂は2時間程度です。
山頂からは360度のパノラマが展開し、晴れて澄み切った日には、瀬戸内海や太平洋から、はるか九州の阿蘇山、中国山地の大山までも望めます。

石鎚山系の山々を登ると、その地形の多様さに驚かされます。
弥山~天狗岳~南先鋒(1982m)の山頂を繋ぐ尾根は、見事なナイフエッジの様相となっていて、初めて行くと、足がすくむようなルートになっています。
瓶ヶ森(1896m)になると一変して、50ha以上のなだらかな平原が山頂に広がり、周回できます。
子持ち権現山や筒上山になると、円錐や台形のような岩山になっています。
こうした特徴的な地形をしている山々が隣接しているのが石鎚山系です。
もちろん、山頂がこれだけ多様なので、周辺にも地形の多様さは、随所に見られます。
面河渓の花崗岩の絶壁や古岩屋の礫岩の峰々などがあります。
石鎚山の地質を調べてみると、石鎚山のいちばん下の基盤は、古生代三波川変成岩類の緑色片岩や黒色片岩です。
この変成岩類の上に不整合に始新統(約4000万年前)久万層群(二名層・明神層)の礫岩・砂岩・頁岩などの堆積岩が乗っており、さらにその上に、いちばん新しい中新統(約2000万年前)石鎚層群(高野火砕流・夜明峠変質安土岩類・天狗岳火砕流)の火山岩類が覆っています。
これらの変成岩類や火山岩類は、面河花崗岩類によって貫かれ、その接触部は、この変成岩類や火山岩類が、ホルンフェルスに変わっています。
笹ヶ峰・手箱山などの山頂は緑色片岩からできていますが、瓶ヶ森・子持権現・筒上山の礫岩は久万層群(二名層)のもので、礫や砂粒は変成岩類の破片ばかりである。
シラザ峠・伊吹山・土小屋・成就社八丁坂は、久万層群(明神層)の砂岩や頁岩が分布し、土小屋付近からは、タイワンフウなどの植物化石が出ています。
天狗岳・石鎚山・西冠岳・二の森・堂ヶ森などは、石鎚層群の天狗岳火砕流堆積物(黒雲母石英安山岩質溶結凝灰岩・凝灰角礫岩・凝灰岩など)から成り立っています。
つまり、石鎚層群は、約1500万年前に、石鎚山の周辺で始まった火山活動により、火口から噴出した火砕流や溶岩が堆積したもので、これにより、原始の石鎚山は、富士山のような円錐形の成層火山の姿をしていたと考えられています。
その後、周辺に環状の断層が生じて陥没し、阿蘇山のような凹状のカルデラを形成することになります。
やがてカルデラも火砕流が堆積して埋められたとされています。
この天狗岳火砕流堆積物は、周囲を断層で断たれて直径約7kmの円形をなして分布しており、それ全体が落ち込んだ構造で、昔の石鎚カルデラの下部の鍋状陥没(コールドロン)と考えられています。
そして面河渓や鉄砲石川には、さきに述べた1400万年前ごろ貫入したと思われる白っぽい花崗岩類が分布し、古い火山の一つの中心を示しています。
なお、面河渓に見られる白っぽい花崗岩類はマグマが固まったものといわれています。
鉄砲石川の谷では、当ブログでも紹介しましたが、電気石が放射状に成長して葉状となった「紅葉石」が見られます。
石鎚山周辺が隆起しはじめたのは、地質時代の区分では「第三紀」の末頃と考えられています。
その後「第四紀」(約260万年前~現代)には、松山自動車道付近を東西に走る「中央構造線」という大断層の活動によって、急激な隆起が始まりました。
それは1年間に2mmというスピードで今も続いているようです。
中央構造線の南側(太平洋側)が北側(瀬戸内側)よりも高く隆起してきたため、現在、石鎚山の北側は「石鎚断層崖」と呼ばれるほど、急斜面の地形となっています。

P5030133
石鎚山の天狗岳です。

垂直にそそり立つ石鎚山北面
石鎚山の北面は、ギザギザの岩峰がそそり立っています。
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大分県臼杵の柱状節理

大分県臼杵の柱状節理

PC290227.jpg
大分県臼杵の風連鍾乳洞に行く途中の河川で見かけた柱状節理です。
あざやかな六角柱が連続していました。

PC290228.jpg
少し拡大した写真です。
こんなところが、観光地でもなく普通に眺められるのは得した気分です。

葉理について

葉理について調べてみました。

葉理(ようり)は、ラミナ(lamina)とも呼び、堆積物中で、他の地層と色、構成粒子、粒径などの違いで識別される地層の最小単位で、厚さ1センチメートル以下のものを葉層(ラミナlamina)と呼び、葉層をつくる層状の配列のことです。
なお、1センチメートル以上の厚さのものは単層と呼ばれ、単層をつくる層状の配列を層理と呼んで区別しています。
葉層は、1ミリメートル程度の厚さのものがもっとも多く、葉理に沿って割れやすいことが多いのが特徴です。
一般的な層理面と斜交する地層をクロスラミナ(cross lamina)と呼んでいます。
葉理の種類としては、
①平行葉理(平行ラミナ)
②斜交葉理(クロスラミナ)
などがあります。
このうち、斜交葉理は、葉理が斜めに交わっている構造です。
古いラミナの上に新しいラミナがつくられ、平板型やトラフ型など様々な形があり、ラミナの形から堆積当時の流れの方向や速さを推定できます。
つまりは、流れの速さや方向によって異なる形の葉理がつくられることになります。
代表的なものとして、泥岩中の細粒砂岩のラミナや、両者がリズミカルに薄互層するラミナイトlaminiteが挙げられます。
葉理に似た言葉として葉状構造(ようじょうこうぞう foliation)があります。
この葉状構造はフォリエーションとも言い、結晶片岩などによくみられる薄く剥げやすい構造のことです。
結晶片岩には雲母や緑泥石などのように、片状や鱗状の鉱物がある一定の方向に並び、片理をつくっているのですが、これに沿って岩石が剥げやすいことになります。
また、片理面と一致しない葉状構造ができることもあります。

アメイジア大陸について

超大陸について調べていますが、今回は、未来の超大陸であると考えられているアメイジア大陸について調べてみました。

アメイジア大陸(Amasia)もしくはノヴォパンゲア大陸(Novopangea)は、プレートテクトニクスにおいて、現在より約2億年後に地球に出現する可能性があると考えられている超大陸の一つです。
アメイジアは「アメリカ」と「アジア」を繋げたもので、ノヴォパンゲアは「新しいパンゲア」の意味です。
パンゲア大陸は、当ブログでも紹介しましたが、2億年以上前に存在したとされる超大陸で、現在の大陸に分裂したとされています。
アメイジア大陸は、地球内部のマントルが長年をかけて対流することでプレートが移動し、アフリカ大陸、ユーラシア大陸、アメリカ大陸、オーストラリア大陸の合体によって形成されると推定されています。
その際には太平洋は消滅し、そこに大山脈が出現するそうです。
その後、太平洋の跡からの大規模なプルーム現象が起こると予測されています。
なお、東ユーラシアと北アメリカが直接衝突し、その南にオーストラリアが衝突する形になるか、オーストラリアが両者の間に割り込むところまで北上するか、南極大陸がオーストラリアの南側に衝突するか単独の大陸のままで残るかなどについては予想が分かれています。
一方で、イェール大学のミッチェル博士らは、北極を中心に形成されると推定しています。
アメイジア大陸とは逆に、大西洋が消滅するような形で超大陸が形成されるという説もあり、この超大陸はパンゲア・ウルティマ大陸またはパンゲア・プロクシマ大陸と呼ばれています。

アフロ・ユーラシア大陸とアメリカ大陸について

超大陸について調べていますが、今回は、現在の超大陸であるアフロ・ユーラシア大陸とアメリカ大陸について調べてみました。

アフロ・ユーラシア大陸(アフロ・ユーラシアたいりく、Afro-Eurasia)は、アフリカ大陸とユーラシア大陸を合わせた大陸であり、現在、地球表面上における最大の陸塊です。
普通は別の2つの大陸として数えることが多いのですが、両大陸はスエズ地峡で繋がっていたため(現在はスエズ運河で寸断されてはいます)、これを1つの大陸(超大陸)と見なすことができます。
ユーラフラシア(Eurafrasia)、アフラシア(Afrasia)という用語もありますが、現在ではあまり使われてはいません。
アフロ・ユーラシア大陸は、古代より知られたエクメーネであり、周辺の島々を含めると、84,980,532平方キロメートルの面積を有し、2006年現在、全人類の85%である約57億人が住んでいます。
歴史的には古代文明と数多くの大帝国を興起させてきた地域で、今なお人口や経済活動の面で世界の主要な部分を占めています。
「旧大陸」の呼称は、アフロ・ユーラシア大陸とほぼ同じ対象を指していますが、そこには必ずしも単一の陸塊という意味合いはなりません。
それに対し、「アフロ・ユーラシア大陸」の呼称は、文脈に応じて周辺島嶼を含まない、単一の陸塊の意味合いで用いられることがあります。
旧大陸(旧世界)はまた、「東半球」と称されることも多いのですが、この呼称は西半球すなわちアメリカ大陸の見方に立った表現として使われています。
近代、特に第一次世界大戦後は、地政学の影響が強まり、その観点からアフロ・ユーラシア大陸の本体だけを指して「世界島」と呼ぶ風潮が一時流行したそうです。
これは、イギリスの地理学者で政治家でもあったハルフォード・マッキンダーさんの造語によるもので、ここではグレートブリテン島(イギリス)、アイルランド島(アイルランド)、日本列島(日本)、マダガスカル島(マダガスカル)など周辺の島々は含まれていません。
これは、当時、陸軍を重視する大陸の諸勢力にあっては、半島や島などへの進軍は軍事的に不利と考えられたことを前提としているそうです。
地質学的には、仮説の超大陸「パンゲア大陸」がアフロ・ユーラシア大陸の母体になったと考えられています。

アメリカ大陸とは、南アメリカ大陸と北アメリカ大陸をあわせた呼称で、両アメリカや新大陸などとも呼ぶことがあります。
南北に分かれた二大陸ではありますが、両大陸はパナマ地峡で接続しているため、まとめて超大陸と見なすこともできます。
なお、広くアメリカ州(米州)というときは、カリブ海やカナダ北部の島々・海域をも含める場合が多いようです。
「アメリカ」と言う名称は、イタリアの探検家アメリゴ・ヴェスプッチさんの名から付けられたそうです。
地質学的には、北アメリカ大陸はローラシア大陸から分裂して生成し、南アメリカ大陸はゴンドワナ大陸から分裂して生成したそうです。
両者は約500万年前(鮮新世)にパナマ地峡で結ばれるまで隔絶していたらしく、生物は独自の進化をしています。
そのため、両者の生物相はかなり異なっています。
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