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「チバニアン」が地質時代に認定される

地質に興味があるものにとってはビッグニュースが飛び込んできました。

77万4000~12万9000年前(中期更新世)の地質時代が「チバニアン」(千葉時代)と命名されることが1月17日、韓国・釜山で開かれた国際地質科学連合の理事会で決まりました。
千葉県市原市の川沿いに露出した地層「千葉セクション」が、中期更新世と前期更新世の境界を示す代表的な地層として認められました。
地球の歴史を117に分けた地質時代に、日本の地名が付くのは初めてです。
東京から近い、千葉県市原市の養老川沿いに「地球磁場(地磁気)逆転期の地層」があります。
約77万年前に地磁気(N極・S極)が最後に逆転したことを証明する地層です。
「千葉セクション」には、この痕跡が明瞭に残っており、茨城大や国立極地研究所などの研究チームは、この地層を時代の境界となる「国際模式地」として認めるよう、2017年6月に同連合へ申請していました。
地層の所在地は市原市田淵地区の養老川沿いです。
車の場合は、小湊鐡道に沿って国道297号線から県道81号線(通称「清澄養老ライン」)に南下していきます。
牛久市街地から15分くらい走り、「クオードの森」へ右折するT字路をそのまま通り過ぎてしばらくすると「チバニアン」の看板が出てきます。
ここを右折して坂を上っていくと、約200メートルくらいで左側に駐車場が現れます。
駐車場に隣接して「チバニアン・ビジターセンター」があります。
仮設の小規模なものですが、ここで地層に関する情報があります。
地磁気の逆転に関する説明パネルや地層・化石の標本などが展示され、ビデオの放映、そしてパンフレットも置いてあります。
休日はガイドが常駐していますので、説明を聞くと理解が深まります。
地層までの見学ガイド(有料、所要60分)については事前の予約申込制です。

<チバニアン・ビジターセンター>の基本情報
住所:千葉県市原市田淵1157
受付時間:9時~16時
TEL/FAX 0436-96-2755
休館日:木曜日(祝日の場合は前日の水曜日)、年末年始
なお、地層へのアクセスは小湊鐡道の利用もあります。
最寄り駅の月崎駅から地層までは歩いて約30分です。

以前にもこの「チバニアン」は当ブログで紹介していました。
この内容も改めて紹介します。

千葉県市原市の地層に世界の地質学者が注目しています。
注目するする理由としては大きく2つあるそうです。
まず1つ目は、時代と時代の境目が非常に分かりやすく見えていることです。
地球の歴史のなかで、地球の磁場、つまりN極とS極がひっくり返り、今の状態になったのが、およそ77万年前とされています。
この地層では、ちょうどその時期に起きた火山の大噴火による火山灰が降り積もっているため、時代と時代の境目が分かりやすく見えています。
もう1つの理由としては、千葉県市原市の地層を分析した結果、地球の磁場が逆転した時期をこれまで以上に詳しく特定できたことが挙げられます。
世界の地質学者の間では、磁場が最後にひっくり返ったのは、これまでは、およそ78万年前とされていました。
でも、国立極地研究所や茨城大学などのグループは、去年5月に、千葉県市原市の地層の分析結果を基に、磁場の逆転はそれまでの見方より1万年遅いおよそ77万年前だったとする研究成果を発表しました。
千葉県市原市の地層では77万年前の境目よりあとの時代では、地層に含まれる磁気を帯びた鉱物の粒子が、いずれもN極が北を向いて降り積もっていました。
これに対し、この境目より前の時代では、磁気を帯びた鉱物の粒子が、いずれもS極が北を向いて降り積もっていたということです。
つまり、地磁気逆転(ちじきぎゃくてん)ということになります。
地球の磁場は、みなさんが知っている通り、地球上で方位磁石を使うと、磁石のN極はおおよそ北極の方向を指します。
また、S極はおおよそ南極の方向を指します。
これは、地球全体が、一つの磁石のようになっているからで、北極の近くに磁石のS極があり、南極の近くに磁石のN極があります。
N極とS極の逆転は、地球の歴史の中でたびたび起きていて、これまでの研究では少なくとも360万年前から現在までに11回起きたと考えられています。
その最後の逆転が、千葉県市原市の地層が示す、およそ77万年前と考えられるということになります。

このような発見の結果として、国立極地研究所などの研究グループが国際学会で「国際標準模式地」としての初の認定を目指しています。
そして、認定されればラテン語で「千葉時代」を意味する「チバニアン」と名付けられることになります。
今までも、地層が時代の名前の由来になっています。
地球が誕生してからの、およそ46億年の歴史の中で、北京原人やジャワ原人が出現し人類が進化した、およそ258万年前からおよそ1万年前までの時期は、新生代第四紀の中でも細分され「更新世」と呼ばれています。
この時期は、氷河期と比較的温暖な間氷期が繰り返された時代で、さらに4つの時代に区分することができます。
そのうち、およそ258万年前からおよそ180万年前は「ジェラシアン」、およそ180万年前からおよそ78万年前は「カラブリアン」と、いずれもその時代を代表する地層があるイタリアの地名から名付けられています。
でも、それ以後は、78万年前からおよそ12万年前は、「中期更新世」と言っているだけで、まだ名前がありません。
現在は、「イオニアン」の名称がIUGS-ICSで検討されているそうなのですが、仮に千葉県市原市の地層が国際的に標準地と認められれば、「中期更新世」は、先に述べたように「チバニアン」と名付けられることになり、また、78万年前も77万年前に変更されることになります。
これ以後の、12万年前からおよそ1万年前までの、「後期更新世?」についても、現在は、「タランティアン」の名称がIUGS-ICSで検討されているそうですが、これも近々発見があるかも知れません。

私たち地質に携わっているものは、地質を見るときには、クリノメーター(clinometer)と言って、地層面・断層面などの走向・傾斜を測る道具を持っています。
方位磁石みたいなもので、これはこれで便利なのですが、鉄に反応したりすると方位が一定しないことがあります。
鉄の近くだと50度くらいずれることもあるので、構造物があると敏感になります。
どうして地磁気逆転が起きるかは、いまだに解明していません。
岩石の中にも磁気はあります。
化石磁気,古地磁気,残留磁気とも言って、磁鉄鉱などの強磁性鉱物が岩石生成時の地球磁場の中で磁化したもので、この残留磁気の北が岩石生成時の磁北極であると言われています。
この残留磁気は、火成岩,変成岩に顕著であすが、火山灰が静かに沈積した堆積岩にも認められています。
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石鎚山の地形地質について

石鎚山について調べてみました。

石鎚山(いしづちさん、いしづちやま)は、四国山地西部に位置する標高1,982 mの山で、近畿以西の西日本最高峰です。
愛媛・高知県境を東西に連なる石鎚山脈の主峰で、徳島県の剣山とともに四国を代表する山です。
愛媛県側では、西条市と久万高原町の境界に位置しています。
山頂は、細長い岩稜で中央部に石鎚神社頂上社のある弥山(みせん)(1974m)、南寄りに西日本最高峰天狗岳が天にそびえています。
周囲は目もくらむような断崖絶壁で、安山岩の柱状節理がほぼ垂直に立っています。
三角点は弥山北西の標高1921mの地点にあります。
石鎚山は見る方向によって山容がさまざまに変化しています。
南の石鎚スカイラインからは、先端のとがったピラミッド型、西の旧面河村方面からは、ギザギザの岩峰がそそり立ち、東の瓶ガ森付近からは、どっしりとした重厚な姿を見せています。
山頂の岩峰の形が山名の由来とされていますが、石之霊(いしづち)(ツは「之」の意、チは霊力をもつ神や物を意味する古代語)という説もあります。
また、『古事記』には石土毘古命(いわづちひこのみこと)、『日本霊異記』には「石槌」などの名が記され、万葉の歌人山部赤人が「伊豫の高嶺」と詠んでいます。
日本七霊山の1つに数えられる石鎚山は、石土毘古命を神とし、古くから御神体山として崇拝されてきました。
奈良時代、役小角が開山して蔵王権現を祭ったと伝えられ、以後修験道場として栄え、青年期の空海も修行しています。
平安期には熊野修験の影響を受け、近世に入って一般庶民の登拝が盛んになり、このころに岩場に鎖がかけられたそうです。
明治維新の神仏分離令により石鎚山は権現号を廃止し、神社となったそうです。
頂上社、成就社、土小屋遥拝殿、山麓の本社の4社を総称して石鎚神社と呼ぶそうです。
毎年7月1日~10日までがお山開き大祭で、智仁勇を象徴する3体の御神像が頂上に安置され、各地の信者をはじめ、一般の登山者数万人で賑わっています。
頂上では、白装束の信者が御神像を体にこすりつけて無病息災を祈願します。

石鎚山の植物は暖帯から亜高山帯まで分布し、土小屋付近のウラジロモミ、山頂付近のシコクシラベなどの純林は見事です。
また、ハクサンシャクナゲ、ミヤマダイコンソウなどの貴重な高山植物も見られます。
西条側の登山道を表参道、面河側を裏参道と呼んでいます。
西条側にロープウェイ、面河側にスカイラインが開通してからは、西之川下谷と土小屋が新登山口となりました。
ルート上の岩場には一ノ鎖、二ノ鎖、三ノ鎖などの鎖がかかっており、巻き道もあります。
表参道はロープウェイ終点から成就社を経て山頂まで3時間30分、土小屋から山頂は2時間程度です。
山頂からは360度のパノラマが展開し、晴れて澄み切った日には、瀬戸内海や太平洋から、はるか九州の阿蘇山、中国山地の大山までも望めます。

石鎚山系の山々を登ると、その地形の多様さに驚かされます。
弥山~天狗岳~南先鋒(1982m)の山頂を繋ぐ尾根は、見事なナイフエッジの様相となっていて、初めて行くと、足がすくむようなルートになっています。
瓶ヶ森(1896m)になると一変して、50ha以上のなだらかな平原が山頂に広がり、周回できます。
子持ち権現山や筒上山になると、円錐や台形のような岩山になっています。
こうした特徴的な地形をしている山々が隣接しているのが石鎚山系です。
もちろん、山頂がこれだけ多様なので、周辺にも地形の多様さは、随所に見られます。
面河渓の花崗岩の絶壁や古岩屋の礫岩の峰々などがあります。
石鎚山の地質を調べてみると、石鎚山のいちばん下の基盤は、古生代三波川変成岩類の緑色片岩や黒色片岩です。
この変成岩類の上に不整合に始新統(約4000万年前)久万層群(二名層・明神層)の礫岩・砂岩・頁岩などの堆積岩が乗っており、さらにその上に、いちばん新しい中新統(約2000万年前)石鎚層群(高野火砕流・夜明峠変質安土岩類・天狗岳火砕流)の火山岩類が覆っています。
これらの変成岩類や火山岩類は、面河花崗岩類によって貫かれ、その接触部は、この変成岩類や火山岩類が、ホルンフェルスに変わっています。
笹ヶ峰・手箱山などの山頂は緑色片岩からできていますが、瓶ヶ森・子持権現・筒上山の礫岩は久万層群(二名層)のもので、礫や砂粒は変成岩類の破片ばかりである。
シラザ峠・伊吹山・土小屋・成就社八丁坂は、久万層群(明神層)の砂岩や頁岩が分布し、土小屋付近からは、タイワンフウなどの植物化石が出ています。
天狗岳・石鎚山・西冠岳・二の森・堂ヶ森などは、石鎚層群の天狗岳火砕流堆積物(黒雲母石英安山岩質溶結凝灰岩・凝灰角礫岩・凝灰岩など)から成り立っています。
つまり、石鎚層群は、約1500万年前に、石鎚山の周辺で始まった火山活動により、火口から噴出した火砕流や溶岩が堆積したもので、これにより、原始の石鎚山は、富士山のような円錐形の成層火山の姿をしていたと考えられています。
その後、周辺に環状の断層が生じて陥没し、阿蘇山のような凹状のカルデラを形成することになります。
やがてカルデラも火砕流が堆積して埋められたとされています。
この天狗岳火砕流堆積物は、周囲を断層で断たれて直径約7kmの円形をなして分布しており、それ全体が落ち込んだ構造で、昔の石鎚カルデラの下部の鍋状陥没(コールドロン)と考えられています。
そして面河渓や鉄砲石川には、さきに述べた1400万年前ごろ貫入したと思われる白っぽい花崗岩類が分布し、古い火山の一つの中心を示しています。
なお、面河渓に見られる白っぽい花崗岩類はマグマが固まったものといわれています。
鉄砲石川の谷では、当ブログでも紹介しましたが、電気石が放射状に成長して葉状となった「紅葉石」が見られます。
石鎚山周辺が隆起しはじめたのは、地質時代の区分では「第三紀」の末頃と考えられています。
その後「第四紀」(約260万年前~現代)には、松山自動車道付近を東西に走る「中央構造線」という大断層の活動によって、急激な隆起が始まりました。
それは1年間に2mmというスピードで今も続いているようです。
中央構造線の南側(太平洋側)が北側(瀬戸内側)よりも高く隆起してきたため、現在、石鎚山の北側は「石鎚断層崖」と呼ばれるほど、急斜面の地形となっています。

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石鎚山の天狗岳です。

垂直にそそり立つ石鎚山北面
石鎚山の北面は、ギザギザの岩峰がそそり立っています。

大分県臼杵の柱状節理

大分県臼杵の柱状節理

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大分県臼杵の風連鍾乳洞に行く途中の河川で見かけた柱状節理です。
あざやかな六角柱が連続していました。

PC290228.jpg
少し拡大した写真です。
こんなところが、観光地でもなく普通に眺められるのは得した気分です。

葉理について

葉理について調べてみました。

葉理(ようり)は、ラミナ(lamina)とも呼び、堆積物中で、他の地層と色、構成粒子、粒径などの違いで識別される地層の最小単位で、厚さ1センチメートル以下のものを葉層(ラミナlamina)と呼び、葉層をつくる層状の配列のことです。
なお、1センチメートル以上の厚さのものは単層と呼ばれ、単層をつくる層状の配列を層理と呼んで区別しています。
葉層は、1ミリメートル程度の厚さのものがもっとも多く、葉理に沿って割れやすいことが多いのが特徴です。
一般的な層理面と斜交する地層をクロスラミナ(cross lamina)と呼んでいます。
葉理の種類としては、
①平行葉理(平行ラミナ)
②斜交葉理(クロスラミナ)
などがあります。
このうち、斜交葉理は、葉理が斜めに交わっている構造です。
古いラミナの上に新しいラミナがつくられ、平板型やトラフ型など様々な形があり、ラミナの形から堆積当時の流れの方向や速さを推定できます。
つまりは、流れの速さや方向によって異なる形の葉理がつくられることになります。
代表的なものとして、泥岩中の細粒砂岩のラミナや、両者がリズミカルに薄互層するラミナイトlaminiteが挙げられます。
葉理に似た言葉として葉状構造(ようじょうこうぞう foliation)があります。
この葉状構造はフォリエーションとも言い、結晶片岩などによくみられる薄く剥げやすい構造のことです。
結晶片岩には雲母や緑泥石などのように、片状や鱗状の鉱物がある一定の方向に並び、片理をつくっているのですが、これに沿って岩石が剥げやすいことになります。
また、片理面と一致しない葉状構造ができることもあります。

アメイジア大陸について

超大陸について調べていますが、今回は、未来の超大陸であると考えられているアメイジア大陸について調べてみました。

アメイジア大陸(Amasia)もしくはノヴォパンゲア大陸(Novopangea)は、プレートテクトニクスにおいて、現在より約2億年後に地球に出現する可能性があると考えられている超大陸の一つです。
アメイジアは「アメリカ」と「アジア」を繋げたもので、ノヴォパンゲアは「新しいパンゲア」の意味です。
パンゲア大陸は、当ブログでも紹介しましたが、2億年以上前に存在したとされる超大陸で、現在の大陸に分裂したとされています。
アメイジア大陸は、地球内部のマントルが長年をかけて対流することでプレートが移動し、アフリカ大陸、ユーラシア大陸、アメリカ大陸、オーストラリア大陸の合体によって形成されると推定されています。
その際には太平洋は消滅し、そこに大山脈が出現するそうです。
その後、太平洋の跡からの大規模なプルーム現象が起こると予測されています。
なお、東ユーラシアと北アメリカが直接衝突し、その南にオーストラリアが衝突する形になるか、オーストラリアが両者の間に割り込むところまで北上するか、南極大陸がオーストラリアの南側に衝突するか単独の大陸のままで残るかなどについては予想が分かれています。
一方で、イェール大学のミッチェル博士らは、北極を中心に形成されると推定しています。
アメイジア大陸とは逆に、大西洋が消滅するような形で超大陸が形成されるという説もあり、この超大陸はパンゲア・ウルティマ大陸またはパンゲア・プロクシマ大陸と呼ばれています。
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