古城のような観音寺市の豊稔池堰堤

香川県観音寺市の豊稔池堰堤を紹介します。

豊稔池堰堤(ほうねんいけえんてい)つまり、豊稔池ダム(ほうねんいけダム)は、現存する日本最古の石積式マルチプルアーチダムです。
2006年(平成18年)、国の重要文化財(建造物)に指定されています。
指定名称は「豊稔池堰堤」で、命名は、香川県出身で大蔵大臣などを歴任した三土忠造さんだそうです。
豊稔池堰堤の規模は、
・堤高 - 32.3m
・堤頂長 - 158.4m
・堤体積 - 21,000m3
・総貯水容量 - 1,590,000m3
・有効貯水容量 - 1,590,000m3
・流域面積 - 9.9km2
・湛水面積 - 16ha
・利用目的 - 灌漑
豊稔池堰堤は、讃岐山脈から流れ出る柞田川を上流で堰き止め、柞田川の左岸に広がる水田を潤しています。
度重なる大旱魃への対策として1926年(大正15年)に着工され、1930年(昭和5年)に完成しました。
施工業者は、豊稔池土地改良区で、このとき、地元住民による組合が部分請負をして工事にあたり、延べ15万人による人海戦術により、たった3年8カ月の短期完成を実現するという地元一体となって成遂げられた公共事業だったそうです。
築堤材料と建設労力のほとんどが地元で、石材は付近の谷で採取し、砂は豊浜、観音寺から馬車で運んだそうです。
県営工事なのですが、実質的には地元民が施工し、数名の技師の指導で、夜講習会を開いて技能者を養成したそうです。
後に、清水建設とフジタによるダム補修工事によって上流部はコンクリート補強されていますが、下流部には当時の古い石積みが現存しています。
多連式アーチダムとしては、宮城県仙台市の大倉ダム(二連式)を含め、全国に二つしかなく、当時アメリカで最新技術であったマルチプルアーチが適用されるなど土木史、ダム技術史を語る上においても貴重な建造物だそうです。
この堰堤によって形成された人造湖は豊稔池として2010年(平成22年)3月25日に農林水産省により「ため池百選」に選定され、湖畔には「豊稔池遊水公園」が整備されています。
現在も、豊稔池からは約530haの灌漑を行っており、「大野原は月夜に焼ける」と詠われり、旧大野原町の大野原音頭では「……里をうるおす豊稔池の、石積堤は城のよ~う、城のよう……」と歌われて、豊かな大野原平野を潤している水源です。

豊稔池堰堤
山あいに凛とそびえる豊稔池堰堤は、まるで中世ヨーロッパの古城のような絶景です。
水不足を解消するために作られたこの堰堤は、延べ15万人による人海戦術で、昭和初期に3年8カ月の期間をかけて造られた当時の姿を今に保ったままです。
これだけ古風だと、特に周囲の山並みと調和していました。

豊稔池堰堤
午後は逆光になるので、撮影は午前中がいいそうです。
満水時には自然放水されています。

豊稔池ゆる抜き
田植えの時期には、地上30mの堤からの放水や、「ゆる抜き」行事(毎年7月中旬から下旬)の際には、そのヨーロッパの古城を思わせる概観と勢いよく流れ出る放水の絶景に多くの観光客が訪れています。
豊稔池の「ゆる抜き」(いわゆる放流のことです)は、下流にある井関池の貯水量が3割を切ったころを目安に行われるそうです。
上の写真はこの「ゆる抜き」の写真ですが、この行事は季節の風物詩として知られ、轟音とともに堰堤の中樋(なかび)とよばれる樋門から毎秒約4トンの水が放水される景色は壮観だそうです。
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満濃池が「世界かんがい施設遺産」に

今年も、「世界かんがい施設遺産」についての認定がありました。

平成28年11月8日、タイ王国チェンマイで開催された国際かんがい排水委員会(ICID)理事会において、「世界かんがい施設遺産」への認定審査が行われ、四国からは満濃池土地改良区が申請していた満濃池が「世界かんがい施設遺産」に認定・登録されました。
「世界かんがい施設遺産」とは、国際かんがい排水委員会(ICID)が、かんがいの歴史・発展を明らかにし、理解醸成を図るとともに、かんがい施設の適切な保全に資することを目的として、平成26年度より登録・表彰されています。
登録・表彰の条件としては、建設から100年以上経過し、かんがい農業の発展に貢献したもの、卓越した技術により建設されたもの等、歴史的・技術的・社会的価値のあるかんがい施設を選ぶことになります。
登録により、かんがい施設の持続的な活用・保全方法の蓄積、研究者・一般市民への教育機会の提供、かんがい施設の維持管理に関する意識向上に寄与するとともに、かんがい施設を核とした地域づくりに活用されることが期待されているそうです。
今回新たに登録された施設は5カ国25施設で、日本からは満濃池を含めて下記の14施設が登録されています。

(1)平成28年度世界かんがい施設遺産登録施設
1. 照井堰用水(てるいぜきようすい)【岩手県一関市、平泉町】
2. 内川(うちかわ)【宮城県大崎市】
3. 安積疏水(あさかそすい)【福島県郡山市、猪苗代町】
4. 長野堰用水(ながのせきようすい)【群馬県高崎市】
5. 村山六ヶ村堰疏水(むらやまろっかむらせぎそすい)【山梨県北杜市】
6. 滝之湯堰・大河原堰(たきのゆせぎ・おおかわらせぎ)【長野県茅野市】
7. 拾ヶ堰(じっかせぎ)【長野県安曇野市、松本市】
8. 源兵衛川(げんべえがわ)【静岡県三島市】
9. 足羽川用水(あすわがわようすい)【福井県福井市】
10. 明治用水(めいじようすい)【愛知県安城市、岡崎市、豊田市、知立市、刈谷市、高浜市、碧南市、西尾市】
11. 南家城川口井水(みなみいえきかわぐちゆすい)【三重県津市】
12. 常盤湖(ときわこ)【山口県宇部市】
13. 満濃池(まんのういけ)【香川県まんのう町】
14. 幸野溝・百太郎溝水路群(こうのみぞ・ひゃくたろうみぞすいろぐん)【熊本県湯前町、多良木町、あさぎり町、錦町】

なお、過去に登録された施設は以下の通りです。
(2)平成26年度世界かんがい施設遺産登録施設
平成26年9月16日(火曜日)に大韓民国光州広域市で開催された第65回国際執行理事会において、下記の施設がかんがい施設遺産に登録されました。
1. 稲生川(いなおいがわ)(青森県十和田市他)
2. 雄川堰(おがわぜき)(群馬県甘楽町)
3. 深良用水(ふからようすい)(静岡県裾野市他)
4. 七ヶ用水(しちかようすい)(石川県白山市他)
5. 立梅用水(たちばいようすい)(三重県多気町他)
6. 狭山池(さやまいけ)(大阪府大阪狭山市)
7. 淡山疏水(たんざんそすい)(兵庫県神戸市他)
8. 山田堰、堀川用水、水車群(やまだぜき、ほりかわようすい、すいしゃぐん)(福岡県朝倉市)
9. 通潤用水(つうじゅんようすい)(熊本県山都町)

(3)平成27年度世界かんがい施設遺産登録施設
平成27年10月12日(月曜日)にフランス共和国モンペリエ市で開催された第66回国際執行理事会において、下記の施設が世界かんがい施設遺産に登録されました。
1. 上江用水路(うわえようすいろ)(新潟県上越市、妙高市)
2. 曽代用水(そだいようすい)(岐阜県関市、美濃市)
3. 入鹿池(いるかいけ)(愛知県犬山市)
4. 久米田池(くめだいけ)(大阪府岸和田市)

「世界かんがい施設遺産」は、今年を含めて全部で50施設あるみたいですが、そのうち日本は27施設もあります。
他の国は、中国、韓国、タイ、スリランカ、パキスタンで、すべてアジアの国々です。
かんがい施設は、米作地域が主になるので、おのずとアジアの国々になるのでしょうが、「世界かんがい施設遺産」イコール「アジアかんがい施設遺産」となってしまっています。
国際かんがい排水委員会(International Commission on Irrigationand Drainage, ICID)は、かんがい・排水・治水等の分野で、科学技術の研究・開発、経験知見等の交流の奨励及び促進を図ることを目的に、1950年(昭和25年)にインドで設立されたそうです。
日本は、翌年の1951年(昭和26年)に、ICID日本国内委員会が組織され、ICIDへ加盟しています。
ICID日本国内委員会は、主にアジア・アフリカの稲作の生産性向上のための各種技術的課題を中心に研究・支援活動を行っていまるそうで、近年においては、世界の水使用量の増加や気候変動による降水量の変動等、持続的なかんがいの実現に向けた新たな課題への支援にも取り組んでいるそうです。
こんな中で、「世界かんがい施設遺産」の認定・登録を始めたと思いますが、建設から100年以上経過した施設に限定すると、アフリカのかんがい施設はあるのでしょうか?
調べれば調べるほど、日本寄りの「世界かんがい施設遺産」と思えてきます。

早明浦ダムと大川村

早明浦ダムの話をします。

早明浦ダム(さめうらダム)は、高知県長岡郡本山町と土佐郡土佐町にまたがる、一級河川・吉野川本流上流部に建設された多目的の重力式コンクリートダムです。
本川村瓶ヶ森を源とする吉野川は、その支流の水を集めながら、早明浦ダム湖へと注ぎ、­徳島県へと流れています。
四国一の大河で流路194kmあります。
早明浦ダムは、­吉野川総合開発計画に基づくもので、昭和42年(1971年)に着工し、昭和48年(1977年)に完成しました。­
・堤高・・・・106.0 m
・堤頂長・・・・400.0 m
・堤体積・・・・1,200,000 m³
・流域面積・・・・472.0 km²
・湛水面積・・・・750.0 ha
・総貯水容量・・・・316,000,000 m³ (3億1,600万トン)
・有効貯水容量・・・・289,000,000 m³ (2億8,900万トン)
早明浦ダムは、多目的ダムとして西日本一の規模を誇り、貯水量は全国第4位です。
四国4県に分水され、「­四国の水がめ」として、多くの人々の暮らしや産業を支えるとともに、流域の洪水被害も­軽減しました。

こうして、ダムが完成すると渇水対策や洪水対策には効果があるのですが、ダムが完成することによって沈んだ集落があるのも現実です。
大川村(おおかわむら)は、早明浦ダムの完政により、村役場を含め村の大部分が水没したことで有名です。
ピーク時に約4,000人いた人口は白滝鉱山の閉鎖、そして、早明浦ダムの完成による集落の水没などがあり、約500人まで落ち込みました。
2005年(平成17年)11月27日に、日本の離島以外の市町村の中で最も人口が少ない村となりました。
2016年2月1日における推計人口は、402人だそうです。

早明浦ダムは、経済安定本部が示した当初の計画では、堤高72.0m、総貯水容量1億4,700万トンであり、現在の規模の半分でした。
その当時は、下流に小歩危ダムが建設される予定であり、この小歩危ダムの方が大規模でした。
しかし小歩危ダムは、計画の度重なる縮小があり、そして中止になりました。
また当初一緒に建設される予定であった、早明浦ダムより上流に計画されていた桃ヶ谷ダムは1950年の段階で計画が中止されました。
このような状況になると、早明浦ダムの規模は徐々に拡大することになり、もしダムが建設されると奈良県の池原ダム(北山川)に次ぐ西日本最大級の人造湖が誕生することになります。
そして、これにより本山町、土佐町及び大川村の2町1村で385戸・387世帯が水没の対象となりました。
この水没世帯数は当時としては大規模な部類であり、1960年(昭和35年)に建設省がダム計画の構想を発表すると同時に猛烈な建設反対運動が巻き起こりました。
特に大川村の場合は村役場を始めとする村内の主要公共施設を含め、主要集落の大部分が水没することになります。
加えてダムが完成した後の固定資産税はダム所在地である本山町と土佐町に配分され、大川村には入りません。
こうしたことからダム建設に全くメリットがない大川村は官民一体となった反対運動を繰り広げることとなりました。
このパターンは、現在でも反対運動が繰り広げられている、群馬県の八ッ場ダム(吾妻川)での吾妻郡長野原町、熊本県の川辺川ダム(川辺川)での球磨郡五木村と全く同様のケースでした。
大川村には「ダム建設反対」の立看板が至るところに設置され、中切地区に立てられた「ダム建設絶対反対」の大看板を筆頭にその数は600箇所にも上ったとされています。
さらに1968年(昭和43年)には大川村民大会が開かれ全村民が参加し全会一致で「ダム建設絶対阻止」を議決しています。
大川村当局は新たに村役場庁舎を新設し、ダム事業への抵抗をあらわにしました。
現在でも、渇水時になると現れるこの庁舎はダム建設に反対する村役場当局が抗議意思の強さを示すものとして、ダム建設計画後にあえて想定水没地に建てたものだそうです。
この庁舎が建っている所は、ダム建設前には、洪水になっても絶対に浸水しない高台でした。
また、高知県側の犠牲が大きいにも拘わらず、高知県が得られる高知分水への利水率はわずか4%しかなく、地元民に対しての分水率はゼロであったため、このことも公団側と激しく対立する要因となりました。
こうした激しい反対運動によって住民との補償交渉はダムの試験湛水中にまでもつれ、1963年の調査開始から10年余に及ぶ長期の交渉となりました。
最終的には、補償総額125億5,000万円(当時の推定額です)で妥結し、これとは別に電源開発による早明浦発電所建設補償費が2億9,200万円(当時の推定額です)が支払われたそうです。
しかしこれら主要集落が水没したことで大川村の過疎化はより加速することになり、住民は四国四県の新たな水資源開発のために住み慣れた故郷を永久に失うという犠牲を払いました。

この早明浦ダムですが、利水目的では吉野川北岸用水・香川用水・愛媛分水・高知分水を利用し四国四県へ供給しています。
灌漑用水は高知県を除く三県に対し平均で通年毎秒3トン、農繁期に毎秒11.96トンを供給し、上水道・工業用水道は四国四県にそれぞれ一日量で440,000トン、1,420,000トンを供給しています。
①徳島県への利水配分率は48%と最も大きく、吉野川北岸用水の水源として利用されるほか、慣行水利権分の不特定利水補給が行われています。
②香川県への利水配分率は29%で、池田ダムより取水した吉野川の水を香川県に送水しています。
ただし、吉野川の異常渇水で、下流の水利権者に影響が出ると予想されるときには香川県は水利用の制限、または停止されるそうです。
③愛媛県への利水配分率は19%で、早明浦ダム完成によって徳島県への慣行水利権分の不特定利水が補給されることから、柳瀬ダム完成時に愛媛・徳島両県で合意していた柳瀬ダムの責任放流が廃止され、間接的にではありますが、四国中央市への利水が強化されました。
④高知県への利水配分率は4%と最も少なく、ダムの水は瀬戸川から地蔵寺川へ2つの取水堰を通じて四国山地を縦断し、鏡川に建設された高知県営ダムである鏡ダムに流路変更され、高知市の上水道に供給されるています。

早明浦ダムによる各新規用水の総合開発量は年間8億6,300万トンです。
とりわけ、香川県には大きな河川がなく、同県の水利用は、水道使用量の50%を占める香川用水へ依存している所が大きく、香川用水は、この早明浦ダムを中心として開発された新規用水であり、香川県の水利用において早明浦ダムの果たしている役割は非常に大きいものです。
それと同時に早明浦ダムの渇水は、まず香川県の水事情に大きく影響します。
また、ダムが高知県長岡郡本山町にあるため、渇水になると高知県内も生活用水に影響があるのではないかと思われがちですが、高知県側への利水配分は前述の通りわずか4%に過ぎず、状況によっては高知分水への放流を完全にカットすることもあります。
このことより高知県側は早明浦ダムの渇水による影響は少ないと言えますが、高知県は四万十川や仁淀川などの大きい河川があるので早明浦ダムよりの取水にはあまり期待していないのも当然でしょう。
愛媛県は、早明浦ダムの渇水では、四国中央市が影響しますが、富郷ダム、新宮ダム、柳瀬ダムもあるので香川県ほどではありません。

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早明浦ダムの渇水中の底には、旧・大川村役場が、貯水率が30%ぐらいになると顔を出します。

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ここ2~3年くらいはまだ顔を出していませんが、顔を出すと香川県は一番ピンチです。

地下ダムについて

地下ダムについて調べてみました。

地下ダは、透水性の地層から不透水性の地層に向けて連続的な地中壁(止水壁)を造成することによりできるダムです。
地中壁という工法は、福島原発での、汚染水を海に流す前に遮断する工事で有名になりましたが、地表面から不透水層に向けてグラウト注入(セメントミルクや合成樹脂)を、数m間隔で連続的に施工し、方形、馬蹄形の形に囲い込む工事のことです。
このことにより、囲まれた透水性の地層の地下水が逃げ場を失い、地下水位が上昇することでダムの機能を有します。
地下水の方向による地下ダムの種類としては、
①堰上げ地下ダム・・・・地下水の流れを遮水する地中ダムです。
②塩水阻止型地下ダム・・・・過剰な地下水のくみ上げに伴い海岸部からの塩水くさびが進入してくることを防ぐ地下ダムです。
機能的にはこの2種類とも重複している要素もあるので、海岸付近では厳格な区分はしづらいようです。
このように、地下ダムは地下水を溜めるために造られますが、塩水の侵入を防ぐためにも造られます。
地下水ダムが作られる場所は水源の水が少ない島とか、砂漠などです。
北東部アフリカ、ブラジルの乾燥地帯、アメリカ合衆国南西部、メキシコ、インド、ドイツ、イタリア、フランスなどで造られていますが、日本にもあります。
構造よる地下ダムの種類としては、
①サブサーフェイスダム(sub-surface dam) ・・・・帯水層に水不浸透層(煉瓦や石、コンクリート、鋼鉄 PVCなどがある)を地下直下に設置し、構築します。
一旦ダムを設置すると水が貯まり井戸でくみ上げる事が可能となります。
②サンドストレージダム(sand-storage dam)・・・・水位を上げるダムで、砂漠の川やオアシスなどの水の流れに対して貯水を目的として構築します。
ダム本体の強度が十分強固でないと決壊の可能性があるため、十分強固な構造が必要となります。
貯水によって溜まった砂が蒸発を妨げるのが重要な点で、溜まった水は、ダム本体やパイプにより井戸を通して地上に出されます。

地下ダムの特徴としては、
①土地の水没がなく、地表部は今までどおり使えます。
②決壊災害がなく、ダムが壊れて家屋が流出することもありません。
③地下水の流動が比較的遅いために長期間安定取水が可能となります。
④地下水のため年中水温が安定しています。
地下ダムの立地条件としては、
①必要な地下水を貯留することのできる空隙を持ち、かつ貯留した地下水を効率よく摂取するだけの透水性を持った地層(貯留層)が存在すること。
②その地層の下位及び周囲に、地下水を逃がさない、水を通しにくい地層(不透水性基盤)が存在すること。
③貯水量に見合う地下水の補給(涵養)があること。(ただし、涵養量が少ない場合は、人工的に補うことができます)
このような条件が必要になります。
日本で建設されたのでは宮古島の地下ダムが有名です。
美しい自然に囲まれる宮古島ですが、干ばつ・台風等の天災が常に生活と同居し、それらから生活をいかに守るかという戦いの歴史がありました。
昭和46年には、180日間で降雨量162mmという大干ばつに見舞われ、宮古島の農業は壊滅的な打撃を受けました。
その被害は、平均反収約7トンのサトウキビが1.25トンにまで激減するなど、悲惨なものでした。
宮古島はサンゴ礁が隆起して出来た非常に透水性の高い琉球石灰岩からなり、降水は直ちに土壌面から浸透して地下水となり、海へ流れ出ていました。
それを地下で堰き止めて利用できるようにしました。
昭和62年に国営灌漑事業が着工となり、事業は、地下ダムにより約2,400万トンの水源を確保し、8,400ヘクタールに畑地灌漑を行うという大規模なものです。
川のない宮古島に、世界に先駆けてこれほど大規模な地下ダムが完成したということは、常識では考えられない奇跡的な出来事と捉えていました。
また、干ばつに苦しめられない「水利用農業の展開」が可能になるということは、農業の歴史から見ると「宮古の農業改革」といえるほどの大偉業だったそうです。



地下ダムが立地しやすい地域の具体例








愛媛県松山市も、雨が非常に少ないところです。
地下ダムについても検討していた頃はあったそうです。
松山市は扇状地ではありますが、いざ施工するとなるといろいろな弊害もあるそうです。
宮古島みたいにはいかないですね。

内子町五十崎のヒョウタン池の中の人工の家

愛媛県内子町五十崎にヒョウタン池があります。

JR五十崎駅近くの国道56号を南に曲がり、高速道路下のカルバートトンネルを過ぎてまっすぐ3分ほど走ると左側にヒョウタン池があります。
この池の下流には水田がたくさんあるので、この池は灌漑用の農業ため池だと推察できます。
ここに、何故か人が暮していたと思われる人工の島?人工の家?がありました。

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岸からは近いのですが、今では船がないと渡れません。
基礎杭はコンクリートパイルを6本施工し、その上に5角形の屋根を葺いています。
しっかりした造りですが、今はぼろぼろになっています。
手前には、昔は橋が架かっていたと思われるような残骸ものこっています。

02-.jpg
窓ガラスがあったと思われますが、今はありません。
家の中はハンガーとか傘が見えます。
手前には、H型鋼が2本あるので、ここを支えに橋が架かっていたと思われます。
コンクリートパイルだけはまだまだしっかりしています。
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