ニュージーランドの「モエラキ・ボルダー」

ニュージーランドの「モエラキ・ボルダー」を紹介します。

ニュージーランド、オアマルの南40kmの場所にあるモエラキ海岸には、丸くて大きな岩がゴロゴロしています。
このあたりは、地名(moeraki)と丸石(boulders)を組み合わせて「モエラキ・ボルダー」(moeraki boulders)と呼ばれています。
丸石ひとつの重さは、重いものだと3トン、大きさも半径2mになるものもあるそうです。
この地帯を調査した、科学者の話によると、これらの丸石は約6500万年前に形成された亀甲石凝固だそうです。
真珠ができる過程に似て、核となる荷電した微粒子の周囲に水晶化したカルシウムと炭素物質が徐々に集積し、(つまり、魚の骨や貝の死骸などが粉状に固まった物が固まって)約400万年の歳月を経てこの丸石が形成されたそうです。
したがって、中心部は炭酸カルシウムから成る硬い砂岩に覆われていて、牡蠣(カキ)の構造に似ています。
そして、これら丸石を含む軟らかい泥石地層は約1500万年前に海底から隆起し、その後、風や雨、海の浸食作用によって泥石が洗い流され、浸食されない丸石だけが後に残されたとのことです。

ニュージーランドの先住民、マオリ(ポリネシア人の一派)の伝説によれば、これらの巨石は、1000年ほど前にニュージーランド沿岸で座礁した大カヌー船アライテウル号から岸に打ち寄せられたヒョウタン型をした、うなぎを入れる篭が流れついたものだと言われています。
マオリの伝説では、大カヌー船アライテウル号は、海岸線をテ・ワイ・ポウナム(グリーンストーン)を探している時に難破し、シャグ・ポイントの近くに伸びる岩礁は、伝説のカヌーの船体を現しているそうです。
カヌーに乗っていた何人かは、無事に上陸したのですが、夜明けとともに丘に姿を変えられてしまったという伝説です。
そして現在、それらの丘には彼らの名前が付けられています。

モエラキボルダー
「モエラキ・ボルダー」という丸い巨石は、巨神兵の卵のようにも見えるし、亀の甲羅のようにも見えます。
「モエラキ」というのは海岸の名前で「ボルダー」というのが大きな岩という意味だそうです。

亀の甲羅のような岩石
なんとまあ、不思議な石ですが、この巨石は、約6500万年前から形成され始めているそうです。
魚の骨や貝の死骸などが粉状に固まった物が核となり、長い年月をかけて徐々にカルシウムや炭素物質が集積していった物だそうです。
でも、それは海底での出来事で、今から約1500万年程前にこの地域の海底が隆起し、その後、雨や風などの影響で泥石地層が洗い流され、その結果、丸い巨石だけが残ったというわけだそうです。

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スイスの異常な雪不足

異常気象は、今回もヨーロッパを紹介します。

先日、ロシアの首都モスクワで 1月7日に、最低気温が -33℃にまで冷え、過去 120年間で最も低い気温となったことを紹介しました。
ヨーロッパは寒いものだと思ってしまいますが、スイスは1864年の観測開始以来、過去153年間で最も雪の降らない12月になったそうです。
異常な少雨・少雪は、スイス全域に及んでいて、現在もその状態が続いているそうです。
特に、スイス西部では 12月の降雪量がほぼ「0」だったようです。
また、スキーリゾートで有名なアルプス南部などでもほとんど雪が降っていない状態の模様です。
1月8日に、スイス全土で気温も下がり、ようやく初雪が観測されたそうです。
ただし、有名なスキー場の一つである、グラウビュンデン州アローザ(Arosa,Graubünden)にある標高1891mの高地でも、積雪が2cmみだそうです。
幸いなことに、昨年の残り雪(7cm)で地面は見えていないものの、深刻な雪不足に陥っています。
その他の人気スキーリゾート、ヴァレー州サス・フェー ( Saas-Fee,Valis) やグラウビュンデン州ダヴォス(Davos)などでも、雪だまりをおがくずなどで守るなどの工夫がされているのが現状です。
そのため、現在のスイスのスキーリゾートでは、ほんの少しの雪の上で、スキーやスノーボードを「敢行」するというような形となっているようです。
この雪不足は、当然のことですが、スキー場の売り上げにも悪影響を与えています。
今後も雪乞いは続きそうですが、スキーに充分な積雪がなかった場合の苦肉の策として、雪を人工的に作る方法を画策しているそうです。
四国などでは、スキー場に人工雪を降らす設備は当たり前ですが、そんな設備が必要ないだけの大雪が、今まではスイスに降ったのだと思います。
スイスでは2月に入ると学校が「スキー休暇」と呼ばれる休暇に入る州もあるそうです。
学校関係者たちや子供たちも積雪を待っていることでしょう。

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雪・雪崩研究所(SLF) の調べによると、スイス全土で1891年以来の12月の積雪量の少なさを記録し、有名なスキー場の一つである、グラウビュンデン州アローザ(Arosa,Graubünden)にある標高1891mの高地でも、積雪が2cmのみだそうです。
この写真だけ見るとアルプスらしい冬の景色ですが、確かに雪は少ない気がします。


このグラフでもわかるように、2016年12月の降雪量は、たった 2mmで、過去 153年間の 12月の平均積雪量の 90mmと比べると、45分の 1の積雪量となり、場所によっては、それ以上に降っていないそうです。

北朝鮮の夜

最近の北朝鮮関連のニュースでは、金正男の暗殺のニュースばかりです。
でも、北朝鮮の生活を映している写真が下の写真です。
これは、NASAの国際宇宙ステーションから、今年1月30日に撮影されたという朝鮮半島の夜景の写真です。
この写真をみるかぎり、中国と韓国の明るさとは対照的に、北朝鮮は、首都平壌を除くほとんどの地域が真っ暗となっています。
北朝鮮は、夜はほとんど電気もないのですね。
国民の生活が苦しいのがこの写真からもわかります。

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モスクワでの異常寒波

今年の入っての、地球全体での異常気象の一つとして、アフリカのサハラ砂漠に、「メートル単位となる史上最大の積雪」を紹介しましたが、世界の各地ではまだまだ異常気象があります。
今回は、モスクワでの異常寒波を紹介します。

ロシアの首都モスクワで 1月7日の夜、最低気温が -33℃にまで冷え、過去 120年間で最も低い気温となったそうです。
21世紀に入ってからのモスクワで、氷点下 20℃を下回ったのは3回で、
・2002年12月25日 -20℃
・2003年12月25日 -26℃
・2015年12月25日 -20.4℃
となっています。
いずれもクリスマスの日の記録となっているのが印象的ですが、今回の -33℃というのは、それらの記録を大幅に下回っています。
せいぜい-10℃くらいしか経験したことのない私にとっては、-33℃は想像もできない寒さです。
バナナで釘を打つのに最適な温度は-20℃から-40℃程度とのことなので、まさにそれにぴったりの温度です。
また、その温度ではバラの花も砕けてしまうそうなので、今年のモスクワでは、冬に咲く花があれば全滅のようです。
モスクワでの異常寒波は、ロシアだけでなく、ヨーロッパの広い範囲にも及んでいて、この数日、多くの国で記録的な寒さが続いています。
そして、各地で寒さによる死者が増大し続けています。
この寒波は、北極からの冷たい大気の流れによるもので、「極渦」と呼ばれるものと関係する現象といっていいのだと思います。
この寒気にさらされているそれぞれの地域がどのような気温となっているかといいますと、1月5日から 1月7日の間くらいに記録された各国の最低気温は、
・フィンランド -41.7℃
・スウェーデン -41.3℃
・ポーランド東部 -25℃
・スロバキア -42℃
・ドイツ南部 -20℃
・ロシア北部 -54℃
などと、ちょっと考えられないほどの気温となっています。
そして、この寒波で、ポーランド、イタリア、ロシアなどで、低体温などのために多くの人が亡くなっていると報じられています。
また、ギリシャやスペインなどふだんは温暖な地域も大変な寒さに見舞われているそうです。
ヨーロッパのかなり広い範囲で、ちょっとしたミニ氷河期の状態に入っていますが、問題は、この寒気が「一過性ではないかもしれない」ことです。
昨年あたりから、ヨーロッパや北米大陸などには北極からの異常な寒気がたびたびおとずれていますが、今はまだ冬の始まりともいえ、今後も同じような状況が何度もあらわれるようですと、いよいよ氷河期じみた冬の光景となっていく可能性があります。
アジアや他の地域にも、これは多少は影響するとは思います。
さすがに、この寒気が日本列島にまで同じような氷点下 20℃とか 30℃とかの気温をもたらすとはないと思いますが、日本も複数回の寒波に見舞われる可能性はあるそうです。


2017年1月7日のモスクワの様子です。
雪が少ないので、写真で見るかぎり寒そうではないのですがここで-33℃とはびっくりです。


さすがにこの写真は寒そうです。
ただし、四国でもこんなかっこうして歩いている人は見かけますが。

バイカル湖の世界一と悲しい過去

ロシアにバイカル湖があります。

バイカル湖(ozero Baykal)は、ロシア中東部,東シベリア南部にある大きな湖です。
ブリヤート共和国とイルクーツク州にまたがって北東-南西方向に延びる細長い湖で、長さ 636km、幅は平均 48km、最大 79.4km、周囲 2100km、面積 3万1500km2の三日月状の湖です。
面積 3万1500km2は琵琶湖の約47倍あります。
このバイカル湖ですが、
①世界最古の湖
②世界一の透明度の湖
③世界一深い湖
と3つの世界一を持つ巨大な湖です。

まず、世界で最も古い古代湖です。
古代湖とは、多くの湖が数千年から数万年で堆積物によって埋められていき消滅してしまう中、10万年以上存続し続ける特殊な湖のことを言っています。
そして、世界で古代湖として認められている湖は20か所だそうです。
バイカル湖は、この古代湖の中でも最古であり、3000万年に海から離れて孤立して徐々に淡水化を進めていったと考えられています。
そして、バイカル湖の湖底は、今もプレートの活動の影響で、その幅も深さも広がり続けているそうです。
まさに、バイカル湖は生きた湖と言えると思います。
また、バイカル湖は世界最古の古代湖であるため、ここにしか存在しない生物があふれています。
3000万年前には海だったのですが、約2500万年前に海溝が陸封されて淡水化したと考えられています。
徐々に淡水化したからか、本来海の生き物だった生物が、多く淡水化しているのが特徴の一つです。
チョウザメ、オームリ(サケ科の一種)などが生息するほか、バイカルアザラシという世界で唯一の淡水性アザラシをはじめ固有種が多く見られます。
現在でも、まだ未発見となっている生物が多く存在しているだろうと考えられていて、調査が続けられているそうです。
その一方で、周辺の都市化、工業化などの影響から、有害排水流入などの環境破壊が起こり、固有種の一部は絶滅の危機にあるともいわれています。
実際に、魚やアザラシの集団死などが起きていることから、生態系の乱れが指摘されているそうです。
また温暖化の影響もあり、湖に張る氷の厚さも年々薄くなってきています。

次に透明度ですが、水深40mと言われています。
世界の淡水全体の20%がこのバイカル湖に集まっており、場所によりますが、そのまま湖の水を飲める場所もあるそうです。
清澄な水を豊富にたたえる理由は、地質も関係しています。
湖底では、地殻変動が活発なため、振動により化学物質や鉱物が流れ出し、それにより浄化が行われています。
冬のバイカル湖では、透明度の高さから、数十cmから数mという厚さの氷はそのまま湖底を覗くレンズとなるそうです。
数mから数十mの深さの湖底がすぐそこにあるかのようにはっきりと見ることができる場所もあるそうです。
湖では凍結が進むと膨張し、氷と氷が押し合って盛り上がる「御上渡り(おみわたり)」状態も起きるそうです。
氷同士が軋むその音と激しく盛り上がった氷から、日本では神が湖上を渡っている音として知られる現象ですが、バイカル湖のそれは桁外れだそうで、数mもの氷柱が数百mに渡って立ち並ぶ様子はまさに絶景だそうです。
バイカル湖に棲息する1334種もの動物のうち、おおよそ70%が固有種(=特産種)で、先述したバイカルアザラシは世界で唯一淡水に棲むことで知られています。
しかも、バイカル湖特有の甲殻類で、プランクトンの98%を占めるエピシュラによるところが大きいです。
エピシュラは、湖の泥やごみを食べものとして体内に取り込み、消化すると同時にカルシウムを放出して水をろ過しているそうです。

最大水深は1714mでこれも世界一です。
面積は世界最大のスペリオル湖には及ばないものの、貯水量(23×104 km³)も世界最大です。
1996年に世界遺産(自然遺産)に登録されています。

バイカル湖は多くの命も育んできました。
バイカル湖周辺には、人類は、2万年以上前から定住していたと考えられています。
またその中には、北アジア人となってアジア各地へと移動していく北方モンゴロイドとなったと考えられています。
モンドロイドというと、お尻に蒙古斑を持つのが特徴の一つであり、日本人のDNAにも同じモンゴロイドの遺伝子が刻まれているそうです。
遠く縄文・弥生時代に日本へと渡来し、現在の日本人を作りだしたモンゴロイドの故郷、ひいては日本人の故郷が、実はバイカル湖だと考える説もあります。
事実バイカル湖は、ロシアの中でも南に位置し、モンゴルとも近い距離です。
バイカル湖周辺には、モンゴル系ブリヤート族が先住民として暮らしてきました。
11~12世紀頃には、かなりモンゴル化が進んでいたことが、出土品などからも分かってきています。
また、バイカル湖のシャーマン岩は、チンジス・ハーンの迫害から逃れて辿りついたシャーマンが隠れ住んだといわれる場所です。
バイカル湖岸には、今もシャーマン信仰が残されていて、聖地とされる岩や岬、洞窟などではシャーマニズムと仏教の儀式が行われています。
一部は先住民ブリヤートの聖地として観光客の立ち入りが制限されている場所もあります。

このように、美しく、また日本人の先祖が住んでいたかも知れないバイカル湖ですが、実は悲劇が起こった湖としても有名です。
その伝説は次のように語り継がれています。  
1917年2月、帝政ロシアに、革命が起きロマノフ王朝は崩壊しました。
新政権を握ったソビエト政府の革命軍(赤軍))と、ロシア国内で帝政ロシアの復活を目指す白軍との激しい戦いが始まりました。
ドイツをも味方につけた赤軍が有利となり、1919年11月、白軍の拠点であった東ウラルのオムスクが陥落しました。
再起をはかるために、白軍は赤軍の追手のかからぬシベリアの奥地へと移動していったそうです。
白軍50万人と、帝政時代の貴族、僧侶などの女性や子どもを含む亡命者75万人が加わり、軍民合わせて総勢125万人が、東へ東へと大移動し、8000kmもある広大なシベリア横断が始まりました。
その年の季節は冬でした。
気温は毎日氷点下20度を下回り、激しい吹雪などで凍死者が続出しました。
20万の人間が一晩で凍死した日もあったそうです。
それでも、「死の行進」は休むことなく続けられ、3ヵ月後には125万人がたった25万人となってしまいました。
燃料、食料も底をつき、運搬用の馬も次々と倒れたそうです。
残った25万の人々は、それでもなんとか2000km離れたイルクーツクまでたどり着いたそうです。
しかし、人々の前には凍った巨大なバイカル湖がありました。
湖の向こう側にいけば、赤軍の手から完全に逃れられると、最後の力を振り絞って人々は厚い氷に覆われた、巨大なバイカル湖を横断しはじめたそうです。
ところが、前代稀に見る激しい寒波が彼らを襲ったそうです。
猛吹雪により気温は氷点下70度まで下がり、一瞬にして意識を失うほどの強烈な寒さで、人々は歩きながら次々と凍っていき、そして死んでいき、もはや湖面上に生きているものは存在しなくなったそうです。
そうです、バイカル湖の湖面にて、白軍は全滅したそうです。
春が来て雪解けの季節となり、バイカル湖の湖面の氷が溶け出すと、25万の凍死者の屍は、ゆっくりとバイカル湖の水底深くに飲み込まれていったそうです。

このような悲しい過去により、バイカル湖の不思議な「悪魔のクレーター」伝説もあります。
バイカル湖の中央部分には、バミューダのトライアングル地点のように特殊な力が働いているため、そこを通りがかった船は方向感覚や携帯の電波までも失い、船ごとグルグルと渦巻く湖水の中へと引きずり込まれてしまうのだという言い伝えがあります。
先住民たちは、バイカル湖の底には「悪魔のクレーター」があり、そこへと引きずり込まれていると信じ、また、ある者は「行列」や「古代の城」・「古代の船」の姿を目撃すると船が進行方向を見失うそうです。
蜃気楼が発生しそうな霧が出てきたら要注意だそうです。

LakeBaikal
美しいバイカル湖です。
ただし、この写真を見る限りでは、そんなには大きくは見えません。

Beach
冬のバイカル湖です。
美しい風景ですがとても寒そうです。

0502-27
これがバイカル湖の御上渡りです。
凍結が進むと膨張し、氷と氷が押し合って盛り上がる現象ですが、日本の諏訪湖の御神渡りと比べても桁外れです。
数mもの氷柱が数百mに渡って立ち並んでいるそうです。
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