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イスラエルとハマスの過去について

イスラエルとパレスチナ人の中の「ハマス」との戦争が始まりました。
唐突に「ハマス」がイスラエルへ攻撃したようにも見えますが、この攻撃はロシアとウクライナとの戦争と違って(ロシアとウクライナとの戦争はロシアが悪いのは明らかです)簡単なものではありません。
この問題を考えるにあたり、何故イスラエルはこの土地で建国されたのかを振り返ることだと思います。
そして、それを振り返るには、2000年前に歴史を遡る必要があります。

パレスチナの地には、ユダヤ教を信じるユダヤ人の王国がありました。
しかし、この国は2000年ほど前にローマ帝国に滅ぼされてしまいます。
この時には、ユダヤ人は、パレスチナを追い出されて世界に散り散りになってしまいます。
これを「ディアスポラ」と言います。
その後パレスチナの土地の支配者は、歴史に応じて変わっていきますが、アラブ人、今で言うパレスチナ人が住み続けることになりました。
散り散りになってしまったユダヤ人はヨーロッパや中東、アフリカで暮らすことになります。
ただ、特にヨーロッパでは差別や迫害に苦しむことになりました。
ユダヤ教の国で新しい教えを広めたのがイエス・キリストです。
彼はユダヤ教の聖職者たちと対立し、十字架にかけられてしまいました。
このため、のちにヨーロッパでキリスト教が広がると、ユダヤ人はキリストを処刑した人たちとみなされ、差別や迫害の対象になってしまいます。
ユダヤ人はそれぞれの土地で、普通の人がなかなか就かないような仕事に就かざるを得ませんでした。
その代表例が金融業です。
やがて金融業の需要が増すにつれ、その土地土地で富を握るようになります。
また、昔から自分たちの宗教を守るのに熱心で、子どもの教育にも力を入れてきました。
識字率が高く、知識階級の中でも影響力を持つようになります。
いろいろなことが重なって、疫病などの災難が起きるとユダヤ人を迫害する、という歴史が繰り返されてきました。
迫害が続く中、19世紀にユダヤ人たちの中で、かつて王国があったパレスチナの地に戻ろう、国をつくろうという運動が起こります。これを「シオニズム運動」と言います。
それが現実化してくるのが第1次世界大戦の時です。
イギリスが「ユダヤ人の国家建設を支持します」と約束したそうです。
ユダヤ系の財閥、ロスチャイルドから資金援助を引き出そうという狙いだったと言われています。
一方イギリスは、当時パレスチナを含むアラブ地域を支配していたオスマン帝国を切り崩すため、アラブ人にも「オスマン帝国と戦えば、独立国家をつくる」と約束しています。
さらに盟友のフランスとは、この地域を山分けする密約も結んでいたそうです。
歴史上、これが悪名高い「三枚舌外交」と呼ばれるものです。

結局、オスマン帝国の領土は、イギリスとフランスが山分けすることになりました。
ユダヤ人は「だまされた」と思いつつ、パレスチナの地に移り住む動きを強めていきます。
そして、最後の決め手となったのが、ナチス・ドイツによるホロコーストです。
ホロコーストとは、第二次世界大戦中の国民社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)支配下のドイツ国(ナチス・ドイツ)やその占領地においてユダヤ人などに対して組織的に行った絶滅政策・大量虐殺のことです。
これにより600万人のユダヤ人が殺害されました。
もう二度とユダヤ人が迫害されることはあってはならないと、悲願の国をつくる思いを強めていったのです。
ナチスの犠牲者になったユダヤ人への同情もあり、1947年には「パレスチナの地に国をつくらせよう」という国連決議が採択されました。
そして翌年には、ユダヤ人がイスラエルの建国を宣言します。
パレスチナ側からすると広大な土地を取られてしまうため、「勝手に国をつくられるのはおかしい」と反発しました。
建国の翌日(1948年5月15日)には周辺のアラブ諸国がイスラエルに攻め込みました。
これが第1次中東戦争です。
イスラエルは最初は苦戦しましたが、国連の分割決議で認められた土地は死守しました。
その状態で国を少しずつ造っていきますが、パレスチナは相変わらず国にならない状態でした。
周辺のアラブ諸国は、イスラエルに対する憎しみを募らせながら緊張状態が続きました。
中でも決定的だったのが、1967年の第3次中東戦争です。
イスラエルは、戦争前まで認められていた休戦ラインを越えて、国際法上、認められていないところまで占領したのです。
この時イスラエルは事実上「パレスチナ」と呼ばれていた土地のすべてを、統治下に置くことになったのです。
入植地の建設も、これ以降加速します。
占領地での入植活動は、国際法に違反する行為です。
こうしたことから、それまで国際的には「被害者」とみられていたイスラエルは占領者となり、ある意味「加害者」としてみられるようになります。
結局25年間で4回も戦争が繰り返されるのですが、毎度イスラエルが軍事的に圧倒しました。

戦争に負け続けたアラブ側、パレスチナ側は、このままでは耐えられないと「インティファーダ」と呼ばれる住民の抵抗運動が広がっていきます。
住民がイスラエル軍に石を投げて抵抗するのです。
一方、パレスチナの外では、アラファト議長率いるPLO=パレスチナ解放機構という組織が各地でイスラエルに対する武装闘争を展開します。
そしてもう1つ、大きな動きがありました。
1991年にイラクで起きた湾岸戦争で、イラクがクウェートに侵攻したことがきっかけで起きた戦争です。
当時のイラクのサダム・フセイン大統領は旗色が悪くなる中で「アラブの正義のためにパレスチナを解放する」と言い出して、はるか遠くのイスラエルにミサイルを数十発も発射しました。
アラブ世界の同情を集めようとしたのです。
これをきっかけに国際社会から「パレスチナ問題を解決しないと何が起きるかわからない」と事態打開を求める声が高まります。
そして、その後の歴史的な合意=オスロ合意へと向かっていくことになります。
1993年、アメリカとノルウェーの仲介で、イスラエル・パレスチナ双方のトップにより交わされたのが、パレスチナ暫定自治合意、いわゆるオスロ合意です。
パレスチナに暫定自治区を設置して、いずれはイスラエル、パレスチナの双方が共存することを目指しましょうという内容です。
和平交渉の期限とされていた2000年までは楽観論が広がっていました。
双方の人たちの多くが、共存できる夢のような時代がくるのではないかと思っていたのです。

ところが、2000年9月、当時右派の政治家でのちに首相になるシャロン氏が、エルサレムのイスラム教の聖地に足を踏み入れてしまいます。
エルサレムの旧市街には「嘆きの壁」というユダヤ教の聖地がありますが、その上側に「岩のドーム」というイスラム教の聖地があります。
同じ構造物の壁と天井が、ユダヤ教の聖地とイスラム教の聖地としてくっついているのです。
シャロン氏は大勢の警察官に守られながら「嘆きの壁」の上側にある階段を上り「岩のドーム」を一回りして、「私は平和の使者だ」と言って帰ってきました。
礼拝中だったイスラム教徒は、それを見て暴徒化しました。
そして今度はイスラエルの警察がそれを力ずくで鎮圧し、死傷者が出たのです。
これをきっかけに、各地で激しい衝突が始まってしまいます。
約7年もの歳月をかけて築き上げてきた和平への希望が、わずか数日で崩れていきました。
これが導火線になって、暴力の応酬が始まりました。
イスラエルの街中では、バスが吹き飛ばされるような爆弾テロが起きるようになりました。
これに対してイスラエルは、パレスチナの過激派の拠点を空爆します。
衝突が長期化していく中、イスラエルの世論が右傾化し、選挙であのシャロン氏が首相になります。
シャロン氏は、ヨルダン川西岸の境界に食い込むように分離壁をつくりました。
テロリストがイスラエル側に入ってこないようにするためのものです。
高さは、最も高いところで8メートル、全長は700キロ以上にもなりました。
この壁ができて、テロが減ったことをきっかけに、危害がないなら交渉はもういいじゃないか、という考え方がイスラエル側で広がっていきます。
持続的な国を作るためには和平しか手段がない、という考え方が次第に失われていったのです。
パレスチナ側では、オスロ合意後、暫定自治政府のトップとしてパレスチナをまとめていたアラファト議長が2004年に亡くなります。
後を継いだのはアラファト議長と同じ、穏健派の政治勢力「ファタハ」に属していたアッバス議長でした。
和平派の指導者として期待されたのですが、過激派を抑えるだけの力がなかったというのが大半の評価です。
それで、イスラム組織の「ハマス」に2006年の議会選挙で負けてしまいます。
「ハマス」とは、イスラム教の教えを厳格に守ろうという人たちで、ガザ地区を中心にパレスチナの解放を訴えています。
「過激派」と呼ぶ人も多いのですが、軍事部門でイスラエルと武装闘争を続ける一方、慈善活動や教育支援で貧しい人の生活を支えたりもしています。
その「ハマス」は選挙に勝ったあと、2007年からガザ地区を独自に支配するようになってしまいます。

一方、ヨルダン川西岸はイスラエルと和平交渉を続けるという立場をとっている「ファタハ」が統治を続けています。
パレスチナが一体ではなくなってしまったのです。このため、パレスチナ内での和平への足並みがそろわなくなってしまいます。
その結果、和平交渉そのものが、ほとんど行われなくなりました。
イスラエル側も、パレスチナ側にやる気がないのなら別に急がない、という態度でした。
「ファタハ」がやる気でも、「ハマス」がテロを繰り返すのであれば、そんな連中とは話ができないというような感じです。
結局、今のまま現状維持でいこうという力のほうが強く働いてきたのです。
その後は今に至るまで、事あるごとに衝突が起きてきました。
「ハマス」がガザ地区からイスラエルに向けてロケット弾を撃ち、イスラエルが報復として空爆することの繰り返しです。

20世紀に入って、アメリカには、ヨーロッパで迫害されていた、たくさんのユダヤ人が逃れ移り住んできました。
アメリカの全人口3億人余りのうちユダヤ系は約500万人ほどですが、政財界・学会、様々なところに影響力を持つ優秀な人物を輩出しています。
さらにアメリカには、政界にイスラエルの利益をなるべく反映させるように働きかける大きなユダヤ系のロビー団体があります。
大統領選挙では民主党も共和党も選挙資金を目当てに、ユダヤ系ロビーに気をつかうところがあります。
このため、民主党・共和党ともに影響を受けるのです。

こうした背景もあって、アメリカは中東戦争以来、イスラエルに巨額の軍事援助を続けています。
イスラエルの立場や治安を守り、国家として存続できるようにする、というのが民主党政権・共和党政権を問わず、共通しているのです。

歴代政権の中でイスラエル寄りの姿勢が突出していたのが、トランプ政権です。
一番極端だったのはアメリカ大使館をエルサレムに移設したことです。
イスラエルはエルサレムが首都だと主張していますが、国際法上、占領は認められていません。
ところが、トランプ政権は大使館をエルサレムに移設しました。
一方でパレスチナへの支援を打ち切るなど、露骨にイスラエル寄りの政策をとりました。
このため、ただでさえ止まっていた和平交渉は、ますます進まなくなってしまいました。

バイデン大統領は、パレスチナ問題に取り組む姿勢を見せ、中東和平に取り組むだろうという多くの人の期待のもとに就任しました。
ただ、現実問題では、アメリカの外交政策はなんといっても対中国が最優先です。
中東では、トランプ政権がご破算にしたイランとの核合意をいま一度結び直すという課題の方が優先順位としては上なので、パレスチナ問題は後回しになっているのが実情です。

一方で、パレスチナを支援してきたアラブ諸国にも変化が生まれます。
エジプトとヨルダン以外のアラブ諸国はみな「パレスチナ問題が解決するまではイスラエルは認められない」という立場でした。
ところが、トランプ政権時代に和平交渉再開が絶望的になった中、UAE=アラブ首長国連邦やバーレーンが立て続けにイスラエルと国交を結んだのです。

今では、アラブの盟主を名乗るサウジアラビアも、イスラエルとの国交正常化を模索していると言われています。
パレスチナ問題が全く動かない中、イスラエルとしてはパレスチナを飛び越えてアラブの一部と和解できれば国際社会の中での活路が開けると考えました。
そこをうまい具合に当時のトランプ大統領が取り持ったのです。
このあと、スーダンやモロッコといった、アフリカのイスラム教の国も続きます。
パレスチナ問題が解決するまではイスラエルを認めないと言っていた「アラブの大義」の鉄則が崩れていったわけです。
こうしたことに対して、パレスチナ人は裏切りだと怒りました。

イスラエルとアラブ諸国の一部が和解した、対立関係に風穴を開けたという点では評価できる面もあります。
一方、パレスチナ問題が解決しないまま置き去りにされてよいのかと思っている人たちもいて、プラスの面とマイナスの面があります。
物事がより複雑になってしまったのです。
国際機関はどう対応してきたのかと言うと、国連の機関が懸命に、人道支援などの努力をしても、実際に物事が決まる安全保障理事会ではアメリカがイスラエルを擁護するわけです。
イスラエルがガザ地区に侵攻するたびに、国連の安全保障理事会ではアラブ諸国が非難決議を採択しようとしますが、アメリカが拒否権を発動して、それをつぶしてきました。
ガザでは、イスラエルが軍事攻撃を続け、大勢の人が亡くなるのを目撃した人もたいさんいます。
現状の国連のシステムでは現地の悲惨な状況を救うことは難しいようです。
パレスチナ問題は、世界が置き去りにしているのが現状ですが、はっきりしているのは、ガザ地区には、今も必要最低限の生活さえできない人たちがいるということです。
希望すらなくなり、イスラエルに占領され抑圧された状態で暮らすのが正常かといえば決してそんなことはありません。
また、ヨルダン川西岸では、入植地がまだら状に広がっていて、40万人のユダヤ人入植者がこの土地に住み続けています。
本来パレスチナ人が望んでいた土地を取り戻す見通しは到底たたない、将来像が描けなくなっているのです。

今回の「ハマス」による大規模な攻撃がイスラエル側に多くの死傷者を出し人質が取られていることは、決して許されるものではありません。
一方で、イスラエルによる占領やガザ地区の封鎖が続いてきたことが、今回のような悲劇を招いたというのも事実です。

パレスチナ問題の解決がいかに困難だとしても、それを放置し続ける限り、将来にわたって混乱や対立の火種が残り続けています。
国際社会はいまその現実と改めて向き合わなければならないのだと思います。
私も、いろいろな文献を調べていくうちに、非常に複雑で難しい問題だと感じました。
だけど、たった一つしかない命の取り合いである戦争だけは一刻も早くやめさせなければなりません。

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ロシアが国連安保理の議長とは

ウクライナに対して、一方的に戦争を仕掛けたロシアが、4月1日からの1カ月間、国連安全保障理事会の議長国を務めるとのニュースが入ってきました。
ロシアの侵攻を受けるウクライナは加盟国に対し、ロシアの議長国就任を阻止するよう求めていたそうです。
ロシアの安保理議長就任について、ウクライナのドミトロ・クレバ外相は、「エイプリルフール史上最悪のジョーク」だと強い怒りを示しています。

国連安保理の議長は輪番制で、ロシアを含む15理事国が毎月交代で務めています。
まず、国連安保理の常任理事国5カ国はイギリス、アメリカ、フランス、中国、ロシアです。
そして、2022年1月1日 ~ 2023年12月31日の期間は、非常任理事国として、
東ヨーロッパグループ・・・・・・ アルバニア
ラテンアメリカ・カリブ海グループ・・・・・・ブラジル
ラテンアメリカ・カリブ海グループ・・・・・・エクアドル
アフリカグループ・・・・・・ガボン
アフリカグループ・・・・・・ガーナ
アジア太平洋グループ・・・・・・日本
西ヨーロッパ・その他グループ・・・・・・マルタ
アフリカグループ・・・・・・モザンビーク
東ヨーロッパグループスイス
アジア太平洋グループ・・・・・・アラブ首長国連邦
です。
ロシアが前回、議長国を務めたのは、ウクライナへの全面的侵攻を開始した昨年2月です。

ウクライナ侵攻をめぐっては、国際刑事裁判所(ICC)が先月、戦争犯罪容疑でウラジーミル・プーチン大統領らに逮捕状を出しています。
したがって、逮捕状が出ている人物が率いる国が今後1カ月間、安保理を主導することになります。
アメリカは、常任理事国ロシアの議長国就任を阻止することはできないとしていましたが、こんな国連って存在価値があるのでしょうか?
議長国の役割はほとんど手続き的なものですが、ロシアのヴァシリー・ネベンジア国連大使はロシア国営タス通信に対し、軍備管理などいくつかの討論を差配する予定だと語っていました。
そして、同大使は「一極支配に取って代わる」、「新しい世界秩序」について議論するつもりだとも言っていました。

以前にもこのブログで書いたことがあるのですが、こんな国連ってものすごく憤りを感じます。
いますぐ解体して、ロシアの侵略戦争をすぐに終わらせることができるような組織の新設を望みたいと思います。

南スーダンの人々の理不尽な思い

みなさんは、今南スーダンで何が起きているかご存じでしょうか?

東アフリカに位置する南スーダン共和国は現在、国の3分の2が洪水に見舞われ、北部ユニティ州の州都ベンティウの街は、海に浮かぶ島のようになっています。
屋根だけを残し、完全に水没した家ばっかりです。
被害を受けた人々が詰め掛ける避難民キャンプも、地面が水面より低く、国連などの協力で築かれた堤防でかろうじて守られている状態だそうです。
4年連続で、記録的な大雨と洪水に見舞われている南スーダンでは、今回の洪水で90万人以上が影響を受け、深刻な食糧危機に瀕しています。
また、井戸やトイレが水没して水源が汚染され、感染症などの発生も心配されています。
国連難民高等弁務官事務所は、「気候変動が加速するにつれ、状況はさらに悪化する恐れがある」として国際的な支援を求めています。

これが、現実に起こっている自然災害ですが、南スーダンはここ10年間にも及ぶ辛い歴史があります。
南スーダンは2011年に長い内戦の末に独立を果たした「世界で一番新しい国」です。
南スーダンは半世紀に及ぶ内戦を経て2011年7月、分離独立を果たしました。
いわゆる「世界で一番新しい国」ですが、しかしその後たった2年で再び内戦に陥り、2019年からは全国的に7つの州にまたがるような洪水被害、そして直近では武装勢力による襲撃と多くの人々が命を失い、逃れてきた人々も生きる希望を奪われるような状態へ追い詰められています。
これは独立当初から脆弱な政府には到底対処できない惨事(もしくは政治的理由で意図的に画策されたもの)であり、国連機関も必死の支援を続けますが、それでも増え続ける避難民を支えきれません。
南スーダン・ユニティ州レール郡(Leer County, Unity State)において、2022年4月上旬に軍の訓練施設で武力衝突が発生しました。
それを契機に、郡内の村々が広範囲にわたり武装グループに襲撃され、4月中旬に事態が鎮静化するまでに、現地のNGOによれば8万人以上が国内避難民となりました。
軍施設での衝突と武装グループによる村落襲撃の背景には、南スーダン政治・軍事における敵対的な二大勢力の緊張関係や駆け引きがあると言われており、聞き取りをした避難民リーダーは「自分たちは政治の道具として殺されている」と私たちに訴えました。
ユニティ州はもともと洪水により甚大な被害を被っていました。
2019年から3年続き、2021年は「60年に一度」といわれるほどで、22万人以上が被災しています。
その中でも州都ベンティウには相当数の国連機関、国際NGOの事務所があり人道支援が行われている一方、南のレール郡は活動する団体が限られることもあり、支援が十分に行き届いていません。
そのような状況のなか、武力衝突によりさらに多くの人々が避難民となり、状況は悪化の一途を辿っています。
この延々と続く非常事態に人々は為す術もなく翻弄されれ、何度も何度も避難を繰返す生活の実態は、私たちの想像を絶する残酷極まりないものです。
理由も分からないまま誰かが殺しに来るので、子どもたちを連れて逃げるだけで精一杯だそうです。
着の身着のままでナイル川に飛び込み、夜があけるまで川の中に身をひそめ、日が昇ってから中洲の小島にやっと上がるそうです。
日中に移動すると見つかって殺されるので、夜な夜な川の中を移動するそうです。
国連平和維持部隊が避難民を保護する地域を目指して逃げたが、そのさなかで大勢の人が沼に溺れ、木の上から襲ってきた猛獣に子どもを食われ、毒蛇に噛まれ、ワニの餌食となり、死んでいったこともあるそうです。
命からがら避難民地区にたどりつき殺される心配がなくなったとしても、凄惨な体験に精神を病んで病気となり父親が亡くなったという人もいます。
また、支援の行き届かない中での生活環境はかなり厳しく、トイレがないために数千人が連日野外排泄をし、味気ない植物の根っこを1日1回食べるのがやっと、汚い水もそのまま飲みながら命をつないでいるそうです。
更に避難民の多くは屋根すらもない地べたで寝て夜を過ごしているために、雨季が本格的になれば、大人も子どもも豪雨に打たれながら寝られない夜を過ごすことになります。
これはもはや人間の最も基本的な尊厳に対する侵害です。
JVCインターン生の阿見さんの話では、避難民地区を訪れた私たちに過酷な体験を話してくれた避難民の人々からは、「このことを日本に伝えてほしい」「今までもいろんな団体が話を聞きに来たが何も起こらなかった」という声もあったそうです。
南スーダン出張で、JVCインターン生の阿見さんは想像を遥かに上まわる惨状に何度も圧倒されたそうです。
南スーダンの洪水は目を疑うほどに広大な面積を水没させる、まさに天変地異と呼ぶに相応しいものだそうです。
また、避難民キャンプの衛生環境の劣悪さに、阿見さんはすぐに病気に罹り病院で治療を受けることになったそうです。
避難民の人たちには南スーダンしか居場所がありません。
同じ地球なのに、同じ人間なのに、なぜこの人たちばかりが何年も何年も理不尽な思いを強いられ続けるのでしょうか。
このJVCの阿見さんの言葉からも、南スーダンで起きている差し迫った状況が伝わってきます。
日本にいると、荷物を持たず、命からがら逃げること、雨風を凌げず夜を明かすこと、毎日野外での排泄を強いられることのどれもが想像絶するものです。

本当に潮目が変わったのかウクライナへの侵略戦争

ロシア・ウクライナ戦争(露宇戦争)の戦況は明らかに変化し、ロシアはこれからは苦境に立たされると分析されてもいます。

そのきっかけは米国のウクライナへの高機動ロケット砲システムHIMARS(ハイマース)供与であり、これによりウクライナ軍の反攻は近いと思われています。
ウクライナ軍は5月中旬から7月中旬にかけて、ウクライナ東部ドンバス地方の戦闘において苦戦していました。
理由は、ロシア軍のロケット砲や榴弾砲の圧倒的な火力により大きな被害(1日100人から200人の死者)が出たからです。
しかし、ウクライナ軍はHIMARSを入手してから、ロシア軍の重要な燃料庫・弾薬庫などを数十箇所破壊する作戦を開始し、ロシアの兵站施設とくに弾薬集積所、司令部、砲兵戦力などを破壊しています。
その後、ウクライナ軍はロシア軍が支配する飛行場、橋、輸送拠点に対してHIMARSを使用するようになりました。
さらに、ロシアの防空網を直接攻撃し、前線のはるか後方にある高価な高性能レーダーを破壊し、ロシア軍の航空優勢を拒否しています。
これは画期的なことだそうです。
ロシア軍の直近1カ月間のHIMARSへの対策を観察すると、これへの有効な対抗手段を見出せていないそうです。
HIMARSは今後ともロシア軍にとって最大の脅威となると言われています。
そしてウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、次のように述べてHIMARSの登場により戦況が大きく変化しつつあることを明らかにしました。
「HIMARSなどのお陰で、ウクライナ側の死傷者数が減少している」
「戦闘が最も激しかった5月と6月の時期には、1日当たり100~200人の兵士が死亡していたものの、今は30人ほどに減り、負傷者は250人前後だ」
また、7月24日付のワシントンポスト紙*1によると、ウクライナ第2の都市ハルキウの南東に位置するイジウムの敵弾薬庫を最近HIMARSで攻撃して以来、ロシアの砲撃は以前の10の1に激減し、死傷者の数も劇的に減少しているそうです。
一方、ロシア軍ですが、米国防省高官の7月22日の発言によると、ロシア軍が毎日数百人の死傷者を出しており、これまでに数千人の将校を失っているために指揮系統が混乱しているそうです。
ウイリアム・バーンズ米中央情報局(CIA)長官は7月20日、露宇戦争でこれまでにロシア側の死者が約1万5000人、負傷者は4万5000人に達し、人員不足の原因になっているという見方を示しています。
ゼレンスキー大統領は7月22日、次のように述べてこの戦争の継続を明らかにしました。
「ロシアが2月の侵攻後に占領したウクライナ領土を支配し続ける形での停戦はさらなる紛争拡大を招き、ロシアに次の作戦に向けて軍の立て直しを図る絶好の機会を与えることになる」
「ロシアとの戦闘をやめることは、ロシアに一息つくための休止を与えるということだ」
「2つの地域を飲み込んだマッコウクジラ(ロシア)が、今になって戦闘をやめろと言っている」
「クジラは一休みして、2年後か3年後にさらに2つの地域を占領し、またこう言う、戦闘をやめろと。それが何度も何度も繰り返されることになる」
以上のことでも明らかなように、ウクライナ軍がHIMARSを供与されたことにより、戦況が明らかに好転し、ゼレンスキー大統領の戦争継続意思も固く、ウクライナ軍の反攻は近いと思われています。
ドニプロ川を抜きにしてウクライナの歴史・政治・経済・文化などを語ることはできませんが、軍事についても同じことが言えます。

ドニプロ川はウクライナを北から南に流れ黒海に至り、ウクライナを東西に分断しています。
ロシア軍がドニプロ川を越えて東から西に攻撃しようとすると川が大きな障害となり、既存の橋は非常に価値の高い作戦上の要点になります。
現在、ウクライナが作戦上の焦点にしているのがヘルソン州の州都であるヘルソン市です。
ヘルソン市は、ドニプロ川の西岸に位置し、黒海近くの戦略的に重要な都市です。
ヘルソン市は、戦争の初期に抵抗らしい抵抗をすることなくロシア軍に占領され、露宇戦争でロシアが占領した最初の主要都市となってしまいました。
英国の秘密情報部(MI6)のリチャード・ムーア長官は7月21日、米コロラド州で開かれたアスペン安全保障フォーラムで講演を行いました。
その際に、ウクライナに侵攻を続けるロシア軍について次のように発言しました。
「そろそろ力が尽きようとしている」
「我々の評価では、ロシアは今後数週間、ますます人員と物資の確保が困難になるだろう」
「彼らは何らかの方法で一時停止しなければならず、それがウクライナ人に反撃の機会を与えることになる」

また、次のようにも述べて引き続き西側諸国によるウクライナ支援の必要性を強調しました。
「戦場で何らかの成功を収めれば、欧州の他の国々に、これは勝てる作戦だということを思い出させる重要なものとなる。特に、ガスの供給が逼迫する冬を前にしてだ」
「ウクライナ側が勝利するため、少なくとも相当な強さをもって交渉するためにウクライナへの支援を維持しなければいけない」
「もう一つの理由は、中国の習近平が鷹のように見張っているからだ」
ドンバス地方での戦いはまだ終わっていませんが、ゼレンスキー大統領は、ヘルソン市のようなロシアに占領されている都市を包囲・封鎖し、ロシアの守備隊への物資や援軍を遮断し、ロシアが降伏するまで封鎖を続ける意向だと思われます。
ウクライナがロシアに大勝利を収め、戦局を好転させるためには、ヘルソン奪還が最も現実的な方法だというのが政府の立場です。
そして、ヘルソン市民に対して、ウクライナ軍の反攻が開始される前に一刻も早く避難するよう促しています。
ドニプロ川の地形障害やロシア軍の配備が薄い弱点もあり、ウクライナの計画は実際、現実的かもしれません。
ゼレンスキー大統領はすでに軍に、ウクライナ南部の海辺の地域は国家経済にとって不可欠であるとして、奪還作戦を行う計画を確立するよう命令しています。
ゼレンスキー大統領は、ヘルソン市に向けて軍が「一歩一歩」前進していると述べています。
ウクライナ軍の前進は、ドニプロ川の西に存在するロシアの補給線の道路が「ますます危険にさらされる」ことを意味します。
ウクライナ軍は、ロシアの補給線に打撃を与えるために、この地域の河川に架かる橋を標的にしています。
7月19日には、ロシア軍が支配する2つの橋のうちの1つであるインヒュレット(Inhulets)川に架かるダリブスキー(Darivka)橋をHIMARSで攻撃し、大型車両が通過できないほどの大きな損害を与えました。
ここでもHIMARSが活躍しています。
橋が完全に破壊されてしまいますと、ドニプロ川西岸に存在するロシア軍が完全に孤立することを意味します。
反対に、ウクライナ軍がドニプロ川の東側に攻撃する際には障害となります。
ウクライナはすでにヘルソン州で作戦の一部を開始しています。
その結果、ウクライナのヘルソン州地方軍民管理局によれば、合計44の村や町を解放したと言われています。

驚くべきニュースが入っています。
ゼレンスキー大統領の国防上級顧問は、ヘルソン市北東部のヴィソコピリヤ(Vysokopillya)に駐屯する約1000人のロシア軍がウクライナ軍に包囲されたと主張していますし、それを裏付ける報道もあります。
1000人ということは規模的には1個大隊戦術群(BTG)が増強されたレベルです。
現時点での情報では、1000人のロシア軍が包囲されたというのは「完全に包囲された」という状況ではなく、ウクライナ軍が包囲の体制を作ったという段階だそうです。
今後、その包囲網を狭くし圧力を強化して、ロシア軍の投降を強いることになると思われています。
ロシアは現在、ヘルソン州全体で10個以上のBTGを配備している可能性があります。
ちなみに、ロシアはドンバス地方での作戦を最優先しており、イジウムとバフムートの間の最も重要な地帯に約50個のBTGを配備しているため、ヘルソンがロシアにとって最も手薄な正面になっています。
ロシア占領下のドンバスで動員されヘルソンに配備された訓練不足の部隊が増加していることも指摘されていて、人手不足が続いていることを示唆しています。
彼らは塹壕の完全なラインを構築することができません。
せいぜい人口密集地や道路の交差点を守備するくらいでしょう。
多くの場合、彼らは行動を調整することができません。
そしてウクライナは、彼らを一人ずつ掃討することになります。
また、ロシアはドンバスでの攻勢を大幅に減らすか放棄しなければならないため、南部地域に迅速な援軍を送ることはできない状態です。
キーウ・インディペンデントの有名な記者イリア・ポノマレンコは、ヘルソン奪還作戦図を提示しています。
その作戦図では、ウクライナがヘルソンでロシア軍を包囲し、降伏させるために満たすべき重要な留意事項を3つ示しています。
①ウクライナ南部ヘルソン州にあるロシアの重要拠点の一つで、最近新たに納入された西側兵器によってロシアの弾薬庫が攻撃されたノーバ・カホフカとヘルソンの東を走る高速道路をウクライナがしっかりコントロールすること。
②ヘルソン郊外のアントニフカという町の近くにある、ドニプロ川にかかる2つのアントニフスキー橋(車両用と鉄道用)を破壊する必要があり、この2つの橋は現在、ロシアが対岸の占領地からヘルソンの守備隊を強化するために使われています。
③ヘルソンの東55キロにあるノーバ・カホフカのカホフスカ水力発電所も確保すること。このダムは、高速道路が通る橋の役割も果たしています。
ウクライナによって高速道路が遮断されれば、ロシア軍はドニプロ川を渡ることができなくなります。
アントニフスキー橋が破壊されると、ドニプロ川東岸に渡るには、ヘルソンから200キロ以上離れたウクライナ支配下のザポリージャーに行くしかありません。
ロシア軍が包囲され、補給と援軍から遮断されて初めて成功といえます。
もし成功すれば、ヘルソンのロシア軍は巨大な自然の障害物(ドニプロ川)に移動を拒否されることになります。
ウクライナがロシア軍をヘルソンにおいて包囲した場合、ウクライナは迅速かつ確実に領土を確保する必要があります。
現地の地形は、ウクライナにとって好都合となります。
州内に道路がなく、ドニプロ川を渡る橋もほとんどないため、ヘルソンではロシアの兵站が滞っています。
また、輸送のボトルネックにより、ロシア軍は物資を鉄道駅周辺の数カ所に集中させなければいけません。

このような飽和状態の地域は、最近米国がウクライナに供与したHIMARSの格好のターゲットとなります。
7月11日にノーバ・カホフカの巨大な軍需品貯蔵所が攻撃されたのはその一例です。
ヘルソン州は、ここ数週間、ロシア軍の50近い重要施設を破壊する攻撃作戦の焦点となっています。
また、ロシアがヘルソンに軍事力を展開すればするほど、現地の地形から必然的にその兵站に問題が生じます。
ロシアがヘルソ州に設ける兵站線は、ウクライナ戦争における他のどの兵站線よりも長くなります。
ウクライナがHIMARSなどでロシアの防空網にできるだけ大きなダメージを与え、同時にウクライナ自身の強固で多層的な防空網を構築することが極めて重要です。
ロシアの「S-300」「S-400」「Tor-Ms」「Buk-Ms」の各種防空システムを破壊できれば、現在は使用制限をしているウクライナのバイラクタルTB2無人機に攻撃のゴーサインが出ることになるでしょう。
なお、HIMARSの威力については、7月13日にルハンスク州でロシア軍のS-400を破壊してその能力を証明しています。
ウクライナの無人機は、HIMARSとMLRSシステムの標的となる高価値目標(ロシア軍の兵站拠点とくに弾薬集積所、指揮所、飛行場、終結しているロシア軍など)の情報を収集し、ターゲッティングに貢献し、射撃効果の確認のために不可欠になっています。
また、クリミアに大量に駐留するロシア軍機に対する強力な防空も必要です。
一般に、大規模な攻勢作戦を成功させるには、完全装備で強力な歩兵旅団を数個編成し、強力な航空支援とロシアの榴弾砲・ロケット砲を圧倒する強力な砲兵火力が必要ですが、ウクライナ軍はそれを十分に保有していません。
その意味ではウクライナ軍の攻勢作戦が簡単に成功すると考えるのは楽観的過ぎます。
しかし、勝ち目はあります。
まずはHIMARSなどの長射程精密誘導兵器を活用して、ロシア軍の高価値目標を徹底的に破壊することで、相対戦闘力を有利な状況に持っていくことです。
繰り返しになりますが、高価値目標とは兵站施設とくに弾薬集積所、司令部、砲兵戦力、対空組織、レーダー、飛行場、橋、輸送拠点などです。
第2に、ロシア軍の兵力が枯渇状態にあることは注目すべき点です。
今後、HIMARSなどの火力が威力を発揮し、戦況がウクライナ軍に有利になると、もともと士気が低いロシア軍の士気がさらに低下し、戦闘拒否や脱走などが増加する可能性はあります。
第3に、ウクライナ軍が南部で攻勢をかけることは、ロシア軍に戦略的なジレンマを与えます。
徹底的に戦闘力を集中した東部ドンバス2州における作戦をどうするのか。その一部を削減して南部に転用すると、東部の作戦は進捗しなくなるでしょう。
いずれにしても、この戦争は長期間継続すると思います。
プーチンに勝利を提供しないためには、西側諸国の迅速かつ継続的支援が不可欠となります。

いろいろなニュースを読んでの素人の分析です。
ウクライナの攻撃でロシアが撤退してくれればいいのですが、こんな戦争がこれから何年も続くとなると、ウクライナやロシアだけでなく、平和な日本にいる私たちにとっても憂鬱な日々が続くことになります。
早く終わってほしいと思うのは、プーチンをはじめロシアの一握りの人たち以外の世界中の人たちだと思います。

飛び地のカリーニングラード

ロシア連邦を構成する89の行政単位の一つであるカリーニングラードは、ヨーロッパの飛び地です。

ここは、ロシア連邦西部にあるカリーニングラード州の州都です。
バルト海に接する港湾都市で、カリーニングラード州はポーランドとリトアニアに挟まれたロシアの飛地領で、人口はおよそ95万人、世界有数の琥珀の産地です。
カリーニングラードはもともと1255年にドイツ人の東方植民によって建設された都市で、1946年まで使われていた旧名はケーニヒスベルク(ドイツ語で「王の山」の意)だそうです。
20世紀前半まではドイツの東北辺境の重要都市でした。
ハンザ同盟に属して、海上貿易で繁栄しました。

第一次世界大戦の結果、ドイツは敗北し、ポーランドが再独立を果たしました。
ケーニヒスベルクの地域は、ドイツ領のまま残されたのですが、この際にドイツ本土から離れた飛び地になりました。
北はリトアニアと国境を接し、それ以外はポーランドに囲まれました。
第二次世界大戦では、ナチス・ドイツがポーランドを占領し、「飛び地」は解消されました。
1945年にソ連がナチス・ドイツを破りこの地域を征服、ソ連領となり、この時に名前がロシア語名になりました。
そして、冷戦が終了した1991年に、ソ連からバルト三国が独立しました。
この土地はもともとリトアニアには含まれていなかったので、同国は飛び地は含まずに独立し、飛び地はそのままロシア領となって残されたのでした。
その後、ポーランドやバルト3国は、NATOに警備の強化を要請して受け入れられました。
そのようなNATO軍増派に対応するため、ロシアは2016年に戦術弾道ミサイル「トーチカ」に代わる核搭載ミサイル「イスカンデル」を配備しました。
射程距離400〜500キロの新兵器は、近隣諸国を全て脅かすことになりました。

リトアニアがソ連から独立した結果、カリーニングラードは今度はソ連・ロシア連邦の飛び地となりましたが、冷戦後の造船需要の悪化で造船業が衰退して失業率が増加し、市民の4割が貧困層といわれるほど経済状況が悪化し、琥珀も密売者の間で高騰したそうです。
ソ連崩壊後の一時期は東欧各国の中心にある地理的特性を活かして「バルト海の香港」としようという夢が語られたのですが、それとは程遠い状態になりつつあります。
ソ連崩壊直後にロシアはここをポーランド領とする案を用意(代わりにドイツはシュチェチンを得るという話であったそうです)したものの頓挫し、結局そのまま放置されたそうです。
そして、カリーニングラードの経済は崩壊し、この町が東ヨーロッパの中心に位置するということもあって、麻薬取引、人身売買、盗難車の取引中継地など、東欧・旧ソ連全域を舞台にしたさまざまな犯罪の拠点に使われるほど治安が悪化、エイズなどの感染症も蔓延し始めました。
さらに、軍事都市時代の有害な廃棄物が放置されており、住めない土地が各地に広がりました。

独立後10年を経て、ロシア政府は、カリーニングラードの復興をてこ入れすることにし、経済対策として経済特区を設け、輸入関税を免除するなど外貨獲得を目指しました。
しかし、当初はロシア国内向けの家電組立工場が多数成立した他は、特区の効果はあまり出ず、さらに2004年に周囲を取り囲むリトアニアとポーランドが共にEUに加盟したため、カリーニングラードとロシア本土との通行にリトアニアがビザを課すようになったなど、周囲との通行に障害が生じ、先の見通しが立たないとまで言われたそうです。
その後、ロシア本土との通行にリトアニアのビザ取得が簡素化され、物流も整備された結果、カリーニングラードの経済は成長しているそうです。
カリーニングラードの今後のさらなる発展は、東方拡大を進めてきたEUとロシアの関係の重要な課題となっている。現在では、ソ連時代に破壊された大聖堂などの歴史的建造物の再建が進められていると言われています。

今年になってロシアはウクライナを攻撃しました。
こんなことはあってはいけない事ですが、これによって当たり前の日常がそうではなくなって来ています。
ロシア本土と飛び地カリーニングラードの間には、列車が走っています。
ベラルーシとリトアニアを通るものですが、旅客も貨物もあります。
欧州連合(EU)がロシアに対して制裁をしています。
第4次制裁では、石炭、金属、建設資材、化学物質、コンピューター、携帯電話などが適用されています。
7月にはセメントとアルコールにも拡大される予定ですが、これらの物資は、列車でカリーニングラードに運ばれています。
リトアニアは、制裁によって前述の物資は、同国を通過させないと6月21日に発表しました。
これはカリーニングラードにとって輸入品の4割から5割に影響を及ぼすと言われています。
今年の、ロシアのウクライナ侵攻時には強襲揚陸艦3隻が寄港し、対岸のスウェーデンが軍事的な警戒態勢を強化しました。
陸だけではなく、カリーニングラードの港は、ロシアのバルト艦隊の要衝です。
戦争が始まってからロシアのバルト艦隊の活動が活発になったことは、フィンランドやスウェーデンがNATO加盟を要請することを決めた大きな要因の一つでもあります。

また、カリーニングラードは、日本人にとって無視しえない地域でもあります。
先に述べたように、ソ連邦崩壊後リトアニアが独立国となったために、カリーニングラードは、ロシア本土から地理的に切り離された陸の孤島となったのですが、モスクワの中央政府は、そのような境遇となった同地方に「経済特区」の地位を認めました。
経済特区とは、関税・査証・為替通貨などにかんし優遇措置を与えることを通じて内外からの投資を惹きつけ、よって当該地域の経済活動を活性化しようとする工夫のことです。
ソ連邦解体後の1991~1992年にかけて、ロシア連邦内には約14ヶ所の「経済特区」が設立されました。
また、ロシア政府は、1996年11月以来、日本から領土返還を要求されている北方領土で日ロ両国が「共同経済開発」を行うことを提案しています。
「共同経済開発」とは、ロシア側の解釈によれば、一種の「経済特区」のことのようです。
ロシアによる「共同経済開発」提案の諾否を決定するにあたり、日本側は、類似の「経済特区」構想が現実にはどのような運命を辿っているのか、研究する必要があります。
そのような観点からカリーニングラードの経済特区研究を行った研究は、皆無だそうです。
結局、ロシアの「経済特区」構想は、現在スローガン倒れに終わったそうです。
そのアイディアはロシア連邦の13ヶ所で失敗し、わずかにカリーニングラードで「自由関税地区」としてのささやかな形をとり生き長らえているにすぎません。

近い将来、リトアニアとポーランドのEU加盟が確実視されています。
これが実現すると、両国に囲まれたカリーニングラードとEUとの間の壁が現在以上に高くなり、同地方は数々の分野で甚大なる被害をこうむるだろうと言われています。
そのような事態に直面し、モスクワは一体どのようなカリーニングラード政策をとるのでしょうか。

いずれにせよ、戦争を平気でする国とは仲間には入れないと思います。
カリーニングラード国民は、もともとロシア国民なのである程度は耐えれるとは思いますが、攻め込まれているウクライナや、領土を勝手にとられた日本にとっては不条理そのものです。
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