日光国立公園にある「龍王峡」

栃木県の、日光国立公園にある「龍王峡」を紹介します。

「龍王峡」は川治温泉と鬼怒川温泉の中間にあり、鬼怒川の美しい渓谷を散策することのできる公園です。
昭和25年に「龍王峡」と名付けられたこの渓谷は、今から2200万年もの昔、海底火山の活動によって噴出した火山岩が、鬼怒川の流れによって侵食され、現在のような景観になったと言われています。
その名の通りまるで龍がのたうつ姿を思わせるような迫力のある大景観は、山間のいで湯、川治温泉と鬼怒川温泉の間、約3kmに渡ります。
ことに「むささび橋」からの眺めは、この渓谷でのハイライトです。
巨岩と清流とがおりなす自然の芸術と言われています。
「龍王峡」は、大きく3つの区画に分けられています。
上流の紫龍ヶ渕は、2,200万年前の海底火山の爆発で安山岩が流れ出して形成されました。
そして、紫龍ヶ渕の上に火山灰が体積して出来たのが青龍峡です。
さらに、その上に白っぽい流紋岩が流出したのが白龍峡です。

(1)青龍峡
むささび橋を過ぎるあたりから、岩の色は青っぽく変わっていきます。
火山灰が堆積してできた緑色凝灰岩が両岸を多種多様な奇岩で彩っています。
①岩の原
むささび橋から茶屋の対岸を望めば、そこだけ樹木が生えていない岩の広場が広がっています。
立ち入る事は出来るそうですが、足元には、まむしなどの動植物に注意とのことです。
②柱状節理
散策路沿いに進んで行くと、突然材木を立てかけたような岩肌に出会います。
地下のマグマが地表近くで冷却されて収縮してできたもので、六角形となっているのが特徴です。
③大観
ここに立つと視界いっぱいに、さまざまな表情の岩々が広がり、渓谷の美しさを感じられます。
④兎はね
緑色凝灰岩の分布する青龍峡の最上流にて、川幅4mくらいの狭い廊下状になっているため兎でも渡れるほどだそうです。
⑤五光岩
川床にある直径10mほどの岩塊が五光岩です。
火山灰が堆積してつくられる凝灰岩ででき、岩質が硬軟不均一のため流水による侵食によって、今の奇岩になったそうです。

(2)白龍峡
虹見橋を過ぎると、両岸の岩々が白っぽい流紋岩から形成されています。
白い渓谷には、かめ穴、流紋岩の割目などの景観を楽しめます。
①虹見の滝
野沢からの清流が、晴れた日には陽光に輝き美しい虹を架け、虹見の滝となって鬼怒川に流れ落ちて行きます。
②竪琴の滝
竪琴の弦のように清らかな水が幾筋にも分かれて流れていきます。
③かめ穴
まだ川底だった頃、穴になっている部分の岩質が、流されてきた石より柔らかかったため、渦巻きの流れの中で石が臼の働きをして造られたものです。
④流紋岩の割れ目
海底火山から流出した鉱物を含む流紋岩を観察すると、白っぽく淡い色合いの石基に光沢のある長石や石英などが点在しています。
⑤龍王神社
断崖の上に立つ龍王神社。鬼怒川・川治のふたつの温泉の守護神、御神体龍神像がまつられています

(3)紫龍峡
海底火山 活動の初期に流出した紫がかった安山岩が、兎はねのあたりから少しずつ濃くなりながら、白岩付近まで続きます。
①白岩半島
白岩半島から、白岩展望台に向かって坂道を登っていけば、白岩バス亭があります。
あと残り3km程度進めば、渓谷の絶景を眺めながら入れる川原の露天岩風呂のある川治温泉に出ます。

虹見橋より
虹見橋より眺めるくねくねとした鬼怒川です。

虹見橋
ハイキングコース入り口から階段を下り徒歩約10分の場所にある「虹見の滝」を虹見橋より眺めています。
落差約20m、水量も豊富で迫力のある滝で、晴天時には美しい虹を架けるそうです。
遊歩道は滝を囲むように整備されており、様々な角度から滝が真近で見えます。

竪琴の滝
虹見の滝近くにある「竪琴の滝」です。
優雅な名前のとおり、まるで竪琴の弦のように、清らかな水が幾すじにも別れて流れ落ちています。
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インドの「階段井戸」

以前には、「世界一美しい井戸」で紹介したことがありますが、インドの「階段井戸」を紹介します。

この井戸は、日本にある井戸とは全く違って、幾重にも分岐しながら地下奥深くまで続いていく階段があります。
写真を見ると、奥底には水が溜まっていることがわかります。
この建築物は、数百年以上前につくられたインドの「階段井戸」です。
降雨量の少ないインドでは、安定して水を得るために地下水をくみ上げてくる必要がありました。
しかし、地下水にたどり着くのには、かなりの深さまで掘り進まねばならず、結果として井戸の底まで延々と続いていく階段ができあがったのだと言われています。
この井戸のある場所は、西インド・グジャラト州都アフマダバード郊外だそうです。
今から514年も前の1499年に、王妃ルダバイによって建造されたものだそうで、地下5層の壮大な砂岩だけによる建造物で、その大きさは長さは70m以上、幅25m、深さは30m以上あるそうで、一番下の地下には空から光が差し込み、神聖な空気を醸し出しているそうです。
5階建てのビルがそっくり地下に潜った大きさだそうです。
三方からの進入が可能なそうで、構造物の階段を下って降りていくと各階層に踊り場があり、それらの壁に無数の美しい浮き彫りと彫像を見ることができます。
また、13階層にもなっていて、階段は3500段もあるそうです。
幾何学模様が美しく、緻密に計算された構造です。
インド国内では、現在でも数百以上もの「階段井戸」が現存し、一部はいまでも灌漑や洗濯のために使われているそうです。
そして、「階段井戸」のいくつかは寺院としても機能しており、なかでも11世紀につくられた「ラニ・キ・ヴァヴ グジャラート・パタンの女王の階段井戸」は、2014年に世界遺産に登録されています。

階段井戸(c)MITSUO ANBE/SEBUN PHOTO
気温が47度を超すことも珍しくない真夏インドで、王妃ルダバイだけでなく、王族たちがこの井戸の中に潜ってひとときの涼を求めたそうです。
井戸の水を、各層の張り巡らされた石樋を通して流し、石にしませることで水の蒸発熱を利用して天然のクーラーにになります。
エアコンの普及した今日ではまず必要はないのですが、当時はこれほど豪華な涼み方はなかったと思います。
また、中央がコンサートの舞台のようにも思えます。
こんな豪華で広い井戸の中でコンサートでもすれば涼しいと思います。
手摺りでもないと危険ですが。

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どれくらいの費用をかけて掘ったのでしょうか?
今みたいに便利な建設機械もない頃の古代の人は、いろいろな工夫をして、たくさんの人と長い年月をかけて完成させたのだろうと想像します。
ビラミッドのように、地上に積み上げていくのも大変ですが、このように、地下に掘り下げていくほうがもっと大変だと思います。
地下水が、どの深さにあるのかわからないのですから。

新居浜の「清滝」

別子ラインの景勝地に「清滝」があります。

新居浜市のマイントピアから別子ラインをあがり、ループ橋を通って約20分で到着します。
清姫伝説が残る赤色の吊り橋「清姫橋」を渡り、少し歩くと、落差約60mを誇る「清滝」に着きます。
えひめ自然百選のひとつで、冬には滝のしぶきがつららとなり、氷の芸術を眺めることもできるそうです。
この「清滝」は、心霊スポットとしても有名なところだそうです。
「清姫橋」を渡ると、 野球のユニフォームを着た下半身だけの霊が出たり、夜に「清姫橋」を渡るとどこからか女性の声が聞こえるなどの噂があります。
昔は自殺の名所だったせいか地元民、特に一定以上の年齢の方はまず行かないそうです。
昔はお堂がありたまに護摩をしていたそうですが、今はやっていないと思われます。

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旧道を歩いていると、看板と「清姫橋」という赤い吊り橋があって、そこが入口です。
吊り橋は、けっこう揺れます。

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遊歩道は、最近では整備が行き届いてはないようです。
このような巨石の落石も見られます。

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大雨の影響で近くまで車で行けなくなり、さらに道路が整備されて駐車スペースも狭くなったので、ちょっと行きづらくなったそうです。
「清滝」は、豪快で水量の多い滝ではなく、周囲の雰囲気をふくめて楽しめる滝だそうですが、これではどこが滝かわかりません。

イメージ 18
上のほうに少しだけ流れているのが見えます。
この写真だと、とても名勝とは言えないようです。

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大雨の後には、このような迫力がある滝になります。

10月になっても真夏日の連続

10月になってからもまだまだ暑い日が続いています。

昨日の真夏日は、全国で63箇所もあったそうです。
今日の10日(火)も、四国に限らず、九州から関東は晴れて、夏日・真夏日続出となりそうな予報です。
そして、12日(木)頃までは九州から関東は気温は平年より高い状態が続く見込みだそうです。
今日のニュースだと、東京・足立区の4歳の男の子が、7日から静岡県伊東市の天城高原別荘地に家族などと一緒に訪れていましたが、昼ごろに行方がわからなくなり警察などが捜索し、およそ45時間後の9日午前9時前、行方がわからなくなった場所からおよそ700メートル離れた雑木林の斜面で、警察官が見つけたそうです。
今年は異常に暑い日が続いていたので、夜の気温も4歳児でも凌げる温度だったのがよかったのだと思います。
13日(金)からは一転、グッと冷えるとの事です。
九州から東北南部まで曇りや雨で、日中も気温は上がらないそうです。
東京での最高気温は、13日(金)は20度の予想で、12日よりも8度以上低くなる予想だそうです。
4歳の男の子の家族にとっては、まさに不幸中の幸いだったと思います。

松山市の堀之内の昔と今

松山市に、堀之内という地名があります。

堀之内(ほりのうち)は、全国にもいっぱいあるようですが、中世日本における武士・在地領主の館(たち・たて)を指す歴史用語で、土居(どい)とも言うそうです。
これは、館の周囲には通常、堀や盛り土による垣がめぐらされていたため呼ばれたそうです。
地名としての堀之内は、中世期のこの堀之内に由来しているそうです。

松山城は、別名として金亀城(きんきじょう)、または勝山城(かつやまじょう)とも呼ばれていますが、この城を含めた周辺を城山公園(しろやまこうえん)と呼んでいます。
城山公園は、松山城の本丸、二之丸、三之丸を包括しています。
このうち、堀之内は松山城の三之丸に当たります。
堀之内には、NHK松山放送局、愛媛県美術館、愛媛県立図書館、松山市民会館があります。
従来あった松山市営球場や競輪場は松山中央公園に移転されました。
他にも、愛媛県民館、ラグビー場、松山市立城東中学校(1983年御幸中と統合し松山市立東中学校になっています)、四国がんセンター、テニスコートが移転やなくなったりしています。
終戦後には、進駐軍により三之丸を囲む堀を埋め立てる指示が出されましたが、市民の運動により堀は現在もその姿を残しています。
現在は、景観を活かした公園として整備中です。
各種催し物が開かれ、市民の憩いの場となっています。

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平成16年地形図にあてはめると、松山城や堀之内の外周には、武家屋敷が立ち並んでいたそうです。
また、その外側には古町や中の川、それに勝山通りに町屋があったようです。
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