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雲仙普賢岳の火砕流とその後の様子

もう30年ちかく前になりますが、雲仙普賢岳が噴火したのをテレビで観ていました。
普賢岳は、平成2年11月17日 198年ぶりに噴火、まもなく活動は低下したのですが、平成3年2月12日再び噴火が始まり、5月15日には水無川で最初の土石流が発生しました。
溶岩ドームは5月20に出現し、5月26日、6月3日には火砕流が発生しました。
6月3日午後4時過ぎの大火砕流は、猛烈なスピードでふもとの集落を襲いました。
この火砕流で警戒中の消防団員と警察官、報道関係者、火山学者ら43人が亡くなるという大惨事となりました。
火砕流はこの後も頻発し、住宅の炎上、土石流の発生など島原市一帯に甚大な被害をもたらしました。

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これは、普賢岳に向かう有料道路の展望台から撮った写真です。
向こう側の斜面は、まだ茶色になっており、今でも火砕流の痕跡が伺えます。

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道の駅みずなし本陣ふかえには、土石流被災家屋保存公園がありました。
この公園では、土石流により被災した家屋を保存展示してあります。
大型テント内に3棟、屋外に8棟の合計11棟の家屋を見ることができます。
写真中央は大型テントです。

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大型テント内の被災家屋です。
すさまじい量の土砂でした。

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一階部分は埋まったままになっています。

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屋外の家屋の状況です。
もう、長い年月が経っているので、家屋は崩壊寸前のところもあり、通行止めにもなっていました。
実際に見れたのは5棟でした。
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河川水位計の設置

河川に自記水位計を設置しました。

IMGP3462_L4k400_24_設置完了
水位計の保護管です。
コンクリートに設置しました。

IMGP3542_L5k200_205_設置完了
ここでは石積工に設置しています。

中村哲さんへの感謝

PMS(アフガニスタンで人道支援を行う国際NGO「ペシャワール会」の現地事業体 - ピース・ジャパン・メディカル・サービス)の代表である中村哲さんが、彼の警備にあたっていた5人と共に、ジャララバードで殺害されるという信じがたいニュースが飛び込んできました。
ナンガルハル州で、とても優れた灌漑システムによる#Afghan Green Ground Project(アフガニスタン緑化プロジェクト)を開始し、それによりかつて砂漠だった土地は緑豊かな土地に、数千ヘクタールもの肥沃な農地に変わったそうです。
それが無数のアフガニスタン人の生活をどんなに変えたことでしょう。

中村さんはアフガニスタンの人々の支援に35年を捧げ、アフガンの各地、特に地方の町に井戸と灌漑用水路を建設しました。
先に述べたように、ナンガルハル州などでは、不毛の土地を緑化させる事にも成功しています。
このような支援により、現地で深く敬愛されていた中村さん。
事件後には中村さんの追悼集会が各地で行われ、ネット上でも、中村さんの死を悼む声や、これまでの功績に対する感謝の声が殺到しています。
一人の日本人として、絶対にまねの出来ないことなので、尊敬の一言です。
そして、こんな偉大な人でも、鉄砲で撃たれれば亡くなってしまうほど、命ははかないものです。
よく35年もアフガニスタンで人助けができたものです。
その精神力は人間業ではありません。
亡くなってやっと安堵ができたのかなとは思います。
安らかにおやすみください。

北海道にある昭和新山

北海道にある「奇跡の山」と言われている昭和新山を紹介します。

昭和新山(しょうわしんざん)は、北海道有珠郡壮瞥町にある火山です。
支笏洞爺国立公園内にあり、国の「特別天然記念物」に指定されています。
また、有珠山とともに「日本の地質百選」に選定され、周辺地域が洞爺湖有珠山ジオパークとして「日本ジオパーク」「世界ジオパーク」に認定されています。
昭和18年に、それまでは、平坦な麦畑だった壮瞥町のフカバ地域が、地震とともに突然隆起し、そのまま隆起が続き、2年ほどで今の昭和新山が誕生したそうです。
20世紀で最も新しい火山の1つで、現在も噴気活動が見られ、温度低下と浸食などによって年々縮んでいるそうです。

「昭和新山」の画像検索結果
有珠山の側火山で、デイサイト質の粘性の高い溶岩により溶岩円頂丘が形成されています。
標高398mですが、先に述べたように、温度低下や浸食などによって少しずつ縮んでいます。
山肌が赤色に見えるのは、かつての土壌が溶岩の熱で焼かれて煉瓦のように固まったからだそうです。
そして、川に運ばれ平地の地下に埋まるなどしていた石が溶岩によって持ち上げられたため、昭和新山の中腹には河原にあるような丸い石が場違いに転がっているのも見ることができます。

【昭和新山誕生までの噴火活動】
1943年(昭和18年)
 12月28日、午後7時頃に壮瞥町周辺で最初の有感地震。以降地震が頻発する。
1944年(昭和19年)
 1月4日、フカバ集落の湧水の温度が上昇し、20℃だったものが43℃に達する。
 1月5日、洞爺湖に巨大な渦巻きが発生。同日、レールの隆起により胆振線が不通となる。
 2月 - 5月、フカバ集落・柳原集落・東九万坪・西九万坪一帯で隆起活動が続く。
        中でも柳原集落は前年比で31mも隆起した。
 6月21日、壮瞥川が川底の隆起によって氾濫。
 6月23日、午前8時15分、東九万坪台地より第1次大噴火。第1火口形成。
 6月27日、午前6時、第2次大噴火。第2火口形成。   
 7月2日、午前0時頃に第3次大噴火。第3火口形成。苫小牧、千歳方面に降灰。
 7月3日、午前8時30分に第4次大噴火。室蘭、登別方面に降灰。
 7月11日、午前10時40分に第5次大噴火。噴煙が強風に倒され、洞爺湖畔を襲う。
 7月13日、午後6時10分に第6次大噴火。第4火口形成。
 7月15日、午後9時に第7次大噴火。
 7月24日、午前5時に第8次大噴火。
 7月25日、午前5時10分に第9次大噴火。
 7月29日、午後2時20分に第10次大噴火。
       登別、白老方面に降灰。亜硫酸ガス噴出で山林が荒廃。
 8月1日、午後11時55分に第11次大噴火。室蘭方面に降灰。
 8月4日、午後10時に第12次大噴火。    
 8月20日、午前6時に中噴火。第5火口形成。
 8月26日、午後2時20分に第13次大噴火。
       壮瞥町滝之上地区で、睡眠中の幼児1名が火山灰により窒息死。
 9月8日、午後4時15分に第14次大噴火。フカバ集落で火山弾による火災。5戸が全半焼。
 9月16日、中爆発。第6火口形成。
 10月1日、午前0時30分に第15次大噴火。第7火口形成。
 10月16日、午後7時50分に第16次大噴火。
 10月30日、午後9時30分に第17次大噴火。これを最後に降灰を伴う噴火は収束。
 12月、溶岩ドームの推上が始まる。
1945年(昭和20年)
 1月10日、溶岩ドームの高さ、地表より10 - 20m。
 2月11日、溶岩ドームは高さ40 - 50mに成長。
 2月26日、溶岩ドーム主塔の脇に副塔が確認される。
 5月、主塔の高さ85mに達する。
 9月20日、全活動停止。溶岩ドーム主塔の高さ175m。

首都圏外郭放水路について

埼玉県春日部市にある首都圏外郭放水路は、当ブログでも紹介しましたが、今回の台風では役立ったようです。

10月12日から13日にかけ日本列島を襲った台風19号は、全国各地の河川で氾濫、堤防の決壊が起こり、住宅街に甚大な被害をもたらしました。
国土交通省によると、台風19号により決壊した堤防の数は全国55の河川、79カ所にのぼったそうです。
そんな中、首都圏外郭放路が洪水を防ぐ大きな役割を果たしていました。
首都圏外郭放水路は地底50メートル、長さは春日部市上金崎から小渕までの約6.3キロを流れる、世界最大級の地下放水路だそうです。
中川、倉松川、大落古利根川、18号水路、幸松川といった中小河川が洪水となった時、洪水の一部をゆとりのある江戸川へと流すことができます。
中川・綾瀬川の流域は、利根川や江戸川、荒川といった大きな川に囲まれていますが、この地域は土地が低く水がたまりやすい地形となっているため、これまで何度も洪水被害を受けてきた過去があります。
また、川の勾配が緩やかで、水が海まで流れにくいという特徴があり、大雨が降ると水位がなかなか下がりません。
さらに近年では、都市化が急速に進み、降った雨が地中にしみこみにくく、雨水が一気に川に流れ込んで洪水が発生しやすくなっています。
それが首都圏外郭放水路の完成によって、周辺地域で浸水する家屋の戸数や面積は大幅に減り、長年洪水に悩まされてきた流域の被害を大きく軽減しました。


首都圏外郭放水路の断面図です。
提供:国土交通省江戸川河川事務所


台風19号が去った13日の首都圏外郭放水路の調圧水槽の様子がこちらの写真です。
これを見る限り、まだまだ余裕がありそうです。
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